第44話

 

「それよりも……」


 殺戮をもたらす者達は粗方、片がついた。ただ、地獄と形容すべき光景に変わりはない。先ほどから鳴り響くサイレンはこの場に駆けつけようとする警察車両と、救急車両の二種類。それは、戦いの終息を告げるけたたましいデュエットの様に思える。

 気にするべきは、だ。


「まだ生きてる人を見つけて……」


 エマの元に駆け寄ってくるアリエルには傷のようなものは見られない。見た目においては寧ろエマの方が痛ましい。

 と言っても、エマの体を染めたのは彼女の内から溢れた血ではなく、敵対者が溢した血だ。証拠にパワードスーツが斬られたような後は見えない。


「うん」


 アリエルが言われた通りに怪我人の保護をしようと駆け出そうとすると、もう一言。


「慎重に」


 注意の声が掛けられた。


「分かった!」


 エマも落ち着いて対処を始める。

 怪我をした少年を見つける。皮膚が焼け爛れているが、生きている。この傷は少年の人生を歪めてしまうものかも知れないが、それでも生きている。


「おねえ、ちゃん……」


 少年の無事な左手を優しく、エマは左手で握りしめる。どうすれば良いのか、どう振る舞えば良いのか、エマにはわからない。

 妹も弟もいた事はないから。

 もし、ミアであったのなら分かったのだろうかと迷いながらも。


「おねえちゃん……」


 どこか安らかな顔になって、次の瞬間に背後から肩を叩かれる。


「すみません、その子を運びたいのですが」

「はい」


 手を離せば、少年がどこか寂しそうな顔をしたように見えて、また一つだけ姉のように振る舞う。


「大丈夫、貴方は強いから……」


 きっと彼は助かるだろう。

 少年が救急車に運び込まれたのを確認してエマはまだ終わっていないと意識を戻す。

 

「ほら、エマ。アタシの助けはいるかい?」

 

 聞き覚えのある声に振り向けば『牙』に身を包んだ女性が立っている。

 おそらくベルだろう。

 ただ、何故こちらに来たのか。


「ベル。貴女はオスカー副団長の所に行くと思ってた」


 そう思われても仕方がないだろう。

 常に彼女の行動の念頭にはオスカーという男がいたのだから。


「……フィリップが居るからね」


 どうにもフィリップと会うのは気不味いらしい。あんな事があった後だ。

 だとしても暴走機関車だとも思えるベルの振る舞いとしては考えられないものだ。


「変な物でも食べた?」


 エマの発言は、何とも失礼な物だった。

 言われたベルは顔は見えないが、声の荒げようで何となくどのような顔をしているかは分かった。


「何でも良いでしょ! ほら、アリエルが必死にやってるんだ!」


 よく分からない。

 エマの知っているベルという人物と差異がある。少しずつ、彼女も変わってきている。アリエルという存在によって。

 凝り固まった環境を、アリエルという未知は変える事ができた。


「手伝いに来たよ!」


 被害者を助けようと奔走するアリエルにも声を掛ければ、出会ったばかりの時からは想像もできないように話をしている。


「ありがとうございます、ベルさん!」


 分担をして、彼女達は最善を尽くす。

 エマも黙って見ているだけではならないと彼女達の方へと歩み寄った。

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