第42話

 

「フィリップ」

「…………っ」


 背後に立った男の気配を感じ取り銃口を真後ろに向けた。フィリップの握る銃は例え、『牙』を装備していたとしても貫通させることのできる殺傷能力を持つ。

 だが、向けられた男、オスカーは一切の動揺を見せない。


「終わりだ」


 倒れた人々に真っ赤に染まった光景。


「──救え、なかった」


 後悔が湧き上がる。

 また、力が足りなかった。手が届かなかった。血だらけの世界で、また嘆くだけなのか。


「……何のためにボクはっ」

「前を向け、フィリップ。オレ達にも救えた命がある」


 血を流しながらも、未だ活動を続ける者が居た。小さな少年が、大きな男が、若い女が。


「救えなかったなんて言うなよ。今、生きてる人間はお前が助けたんだ」


 フィリップに言い聞かせ、オスカーはゆっくりと近くにいたアダーラ教徒の格好をした男の元に近づいて布を取り去ろうとして手首を握られる。

 押しのけようと思えば出来たはずだ。

 ただ、お互いの正義をぶつけ合う必要はない。どちらもアスタゴという国を守ろうとしているのだから。

 大人しくオスカーは右手を下げた。


「…………はあ」

「すみません。これ以上は警察の領分です」


 警察以上の実力を持つ『牙』という組織は警察と軍の狭間に立つ、何とも言い難い立場の役職であった。

 ただ、彼らに求められたのは実力。危険性の高い任務に就くことも少なくない。


「貴方達のお陰で救われた命があります。お疲れ様です」


 警察官の男性から敬礼が送られた。

 何もかもが終わり、消火が始まり焦熱の地獄は少しずつ消えていく。

 血に染まっていく両手の平をフィリップは幻視していた。


「ごめん……母さん、父さんっ」


 救いたかった。

 今度こそは守りたかった。奪っていく人間を許したくないのに。


「おじさん……泣いてるの?」


 腕に包帯を巻いた少女がフィリップに話しかける。怪我は軽い物だったからだろうか。顔色は悪いが死は見えない。


「キミは?」

「私は大丈夫。きっと、お母さんも助かるから」

「……ごめん、ボクのせいで」

「……皆んな泣いてるの。沢山の人が泣いてるの。子供も、大人も」

「…………」


 少女は何処か壊れたように笑って、自嘲するかのように見えて痛々しい。


「ねえ、私はさ。家族が助かって、自分の大事な人が誰も死ななくて良かったって思ってるんだ。それって、もしかして薄情なのかな?」

「……ボクには分からないよ」

「そっか」

「でも、キミは間違ってない。キミはそれだけ家族を大事だと思えたんだ……」


 だから、喜んで良い。


「キミは家族に愛されていると、そう思ってたんだ」


 彼女の感情は、誤りなどではない。

 フィリップは肯定する。彼女は家族を愛している、家族に愛されているのだと。


「フィリップ、行くぞ」

「はい」

「負の面だけに目を向けるなよ」

「……はい」


 フィリップの背中を右手で軽く叩くと、オスカーは歩き始める。

 確かに救えたモノは小さくとも、そこにあった。

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