第28話

 アスタゴ合衆国、イルメア州セアノの街の中に聳えるエクス社のビルの一室、社長室の椅子に代表取締役社長エイデン・ヘイズは微笑みを湛え腰掛けていた。

 彼の正面には一つのノートPCが置かれている。


「アリエル……アガター、か」


 先日訪れた金髪青目の少女の名前を呼びエイデンは懐かしむ様な表情を見せた。

 エイデンは奇跡を感じていたのだ。まるで無くしてしまった大切な物が偶然にして手元に戻ってきたかのような奇跡だ。


「ふふ、ふはは……っ!」


 込み上げてくる歓喜をエイデンには完全に押し殺すことができない。


「素晴らしいっ……」


 これ程の奇跡に喜びを見せない方がどうかしている。

 コンコン。

 扉が叩かれた。


「エイデン社長」

「ふむ……」


 喜悦を隠して彼は考える素振りを見せる。


「入室の許可を」

「少し待て」


 ノートPCの電源を落とす直前、そこに表示されていたのは培養液の中に眠る全裸の幼い少女の写真。

 

 ファイル名、『Project:A経過報告』。

 

 ファイルを閉じて、エイデンはPCの電源を落としてから入室を許可する。


「失礼します」


 入室が許可され、静かに扉を開き部屋の中に入ってきた女性は社長先の前まで歩み寄り脇に抱えていたファイルを開き話を始める。


「エイデン社長、フェスティバルの日程ですが……」

「ああ、そうだったね。そういえば陽の国からミスター九郎くろうが来るんだったか」


 目前に迫ったフェスティバルの開催。忘れていたわけではないのだが、少しばかり抜け落ちていた。

 思い出したのはフェティバル当日に陽の国の企業の代表取締役社長である九郎義実よしざねがアスタゴに訪ねるという事だ。


「はい」

「では、存分にもてなしてあげなさい」


 エイデンがニヤリと笑いながら部屋を訪ねてきた黒髪の女性に言ってやると彼女も「了解しました」と返答する。

 満足気な表情のエイデンを見て女性は不思議に思ったのだろう。


「何か良いことでもあったのですか?」


 質問を投げかけた。


「──ああ、素晴らしい奇跡だ。私の努力が報われたと思うほどのね」


 相変わらずの満たされたかのような笑みを浮かべて、彼は柔らかな調子で応える。


「喜ばしいことです」

「君も祝ってくれるかね?」


 彼女にはエイデンがどのような事で喜んでいるかは分からない。


「はい、当然です」


 それでも、自らの働く企業の社長が喜んでいるのだ。共になって喜んでこそ社員というもの。


「パーティーを開く事はないがね。さて、まずは目下のことからだ」


 目の前に迫るフェティバルにエイデンは思考を向ける。

 全ては彼の計画した通りに。

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