第14話

「さあ、改めて。ようこそ『牙』へ。アリエル・アガター、私たちは歓迎しよう」


 基地へ戻ると同時にそんな言葉をマルコからかけられ、二人の大男が手に持っていたクラッカーを鳴らした。

 この光景を見て、アリエルの隣に立っていたオスカーは小さく笑う。


「おかえり、アリエル」

「……あ、ただいまエマ」


 呆気に取られていたアリエルはエマの声によって意識を引き戻される。


「歓迎するぜ」

「お嬢ちゃん」


 クラッカーを鳴らしていた二人の大男、黒人と白人の男性だ。どちらも筋骨隆々としており、目の前に立たれると視界が狭くなる。


「あ、どうもアリエルです」


 一般的な女性であれば物怖じしそうな光景ではあるが、仮にも『牙』の入隊を認められた彼女だ。こんなもので臆することもない。


「私はクリストファー・ムーア。で、こっちが──」

「──アーノルド・ジョーンズだ!」


 紫髪、薄い桃色の目をしたの白人のクリストファーと、赤髪、鈍い黄色の瞳の黒人のアーノルド。彼らはどうにも仲が良さそうで、白人と黒人であるのだが人種による差別意識などと言ったものをカケラも感じない。


「お二人が!」

「おっ、俺ってば有名人なのか?」


 ポリポリとアーノルドは指で頬を掻く。


「待て待て、アーノルド。お前だけではない。お二人と言ったのだから、当然私も入ってるに決まってるだろ?」


 などと、二人は陽気に話し始めるが、そこにアリエルは疑問を差し込んだことで、二人の会話が中断される。


「元警官なんですよね?」

「ああ!」

「そうだとも。私が頭脳に優れたクリストファー」

「そして、俺が肉体派のアーノルド!」


 アリエルの目には二人とも肉体派にしか見えないのだが、少なくともクリストファーは自称ではあるが頭脳に自信があるようだ。


「二人ともバカだろう?」


 クリストファーとアーノルドの背後から見知った顔が現れる。


「フィリップ!」


 深緑色の髪を揺らし現れた彼は溜息を吐きながら、自分よりも年上のはずの彼らに敬いを見せる事もなくそう告げた。


「お前! アーノルドは確かにそうかもしれんが、私は違うからな!」

「そうだぞ! 俺は馬鹿だがクリストファーは天才だからな!」

「……取り敢えず、歓迎パーティだからアリエルは好きに振る舞うといいさ。ピザもある、好きに食べると良い」


 フィリップは二人の言い分を無視してアリエルに話しかけ、チラリとエマを見る。


「ほら、エマが寂しそうにしてる」


 フィリップが指を指した先にはエマが立っている。


「あ……。エマ!」


 エマが一人でテーブルに向かっているのを見て、彼女の方へと駆け寄りながら、アリエルは声をかけた。


「うん?」


 エマが振り向けばリスのようにピザを頬張っているのが見える。


「ど、どうしたの?」

「オリバーには負けてられないから……」


 エマの視線の先には、茶色の肌の比較的年齢の近そうな、空のような色をした髪の青年がピザを大量に食べているのが見える。


「食べないと無くなるよ?」


 エマは首を傾げながらアリエルにピザを一切れ差し出してくる。


「まだたくさん残ってるから、そんなに慌てなくても大丈夫よ」

「ん、……ミア」

「口元に付いてる」


 今しがた来た黒髪の白肌の女性はハンカチをポケットから取り出して汚れたエマの口元を拭っていく。


「あら? ……私はミア・ミッチェルよ。宜しくね」

「よろしくお願いします」


 差し出された右手に、対応するためにアリエルは右手を伸ばして握り込む。


「ミアさん」

「ふふっ、エマと同じくらいだから、私の妹とも同じくらいかしらね」


 茶色の目が細められる。


「妹が居るんですか?」

「ええ。一人だけどね」

「羨ましいです。私は一人っ子なので……」

「なら、お姉ちゃんと思っても良いのよ?」

「姉、ですか……?」

「ふふ、冗談よ」


 笑って彼女は誤魔化した。

 ミアはふんわりとした雰囲気を醸しており、話しているとどこか和やかな感覚がする。


「楽しそうだねー」


 ミアと会話をしているとまた、白人の女性がやってくる。髪は肩のあたりで切り、その色は明るい茶色。瞳の色は鮮やかな青色をしており、妖艶さを感じさせる女性が立っていた。


「あ、シャーロットさん」

「うん。よろしくねー、アリエルさん。私はシャーロット・ロバーツだよ」

「は、はい」


 握手を返すと、シャーロットはニコリと笑う。


「綺麗な顔だねー」

「い、いえ、シャーロットさんも」

「貴女みたいな娘に言われるとちょっと複雑だけどもさ」

「いえ、本当に綺麗だと思います!」

「そうですよ! シャーロットさん!」

「ちょ、ミアさんまで……」


 照れくさいのか、シャーロットは頬を僅かに赤く染めて視線を逸らした。その所作がとても絵になる。

 この歓迎パーティの中で、一人、ベルだけは彼女達の輪の中に入る事はしなかった。彼女は新入りであるアリエルの事を認めていなかったからだ。


「フン……」


 ベルは鼻を鳴らして彼女達の団欒から視線を背けた。


「混ざらなくて良いんですかね?」


 青年は手に持っているピザを口に運びながらベルに声をかける。


「オリバー……。ならアンタが混ざってきたら、どうだい?」

「あの中に男が混じる方が空気を読めてないでしょ。だから馬鹿なクリストファーさん達も今は声をかけてないんですよ」


 オリバーの言った通りだ。

 もしあの中に入っていくことが出来る男がいるのだとしたらよっぽど、空気の読めない男だ。クリストファーとアーノルドも流石に空気を読んでか、フィリップと一緒にピザを突いている。


「ベルさんは女性でしょ。混ざってきても文句は言われませんよ」


 茶色の双眸がベルを捉えていた。


「……良いよ、アタシは。あの女のことは歓迎してないんだ」

「やっぱり、女が増えると不安ですか、副団長のこと」


 オリバーの言葉が図星をついたのか、ベルの手がオリバーの頭を覆った。


「アタシを揶揄うんじゃないよ!」

「いだだだだだだっ!」


 そして、こめかみを力強く指で押し込むとオリバーは悶絶する。ストレス発散も行われたのか、十秒程してからベルは右手を離した。


「と、取り敢えず、く、食えるうちに食っておかないと……」


 立ち上がったオリバーは再び、執着があるのかピザを口に運ぶ。

 『牙』で衣食住に困ると言ったことは大してないのだが、過去故か、食べ物は食べられるうちに食べておかなければならないという強迫観念めいたものが彼の、オリバー・ブラウンの心の内には存在していた。

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