第104話
勝敗は決したように思える。
火を見るよりも明らかな、阿賀野の敗北。タイタンの握るハルバードが止めを刺そうとリーゼに、阿賀野に迫る。
そんな光景の横の位置にリーゼがいる。このリーゼは、既に打倒されたもので有ると考えられていたためか、ミカエルの意識の外にいた。
損傷の激しいリーゼの握る中距離砲が、タイタンに向けられている。
偶然、銃口の先にタイタンが居たのか。
『……はぁっ、……ふぅっ』
違う。明確な意思があって、その中距離砲は向けられているのだ。
中距離砲を構える黒の巨神の中で、九郎は浅い息を漏らす。
先程、微かに響いた呼吸音は、阿賀野のものではなかった。あの音は、確かに通信機の向こうから聞こえたものだったのだ。
生きていた。
潜んでいた。
完全に死んでいたと思っていた。
そう思われていた。
そして尚も、ミカエルは死んでいるものだと思い込んでいる。
リーゼの構える巨大な中距離砲の口が覗く。そこから弾丸が発射されるのだ。
トリガープルにリーゼの指がかかる。乗り込んでいる九郎は既に、死にかけ。致命傷を負いながらも未だギリギリを生きている状態だ。
下半身を欠損、出血過多。今にでも死んでしまいそうだと言うのに。震える手を無理矢理に押さえ込み、ガッチリとグリップを握り込んでいる。赤と謎の透明な液体が混ざり、異様な臭いを放つコックピット内で彼は極めて冷静であった。
流れていくのは時と、体液。一秒が経過するごとに体温は奪われていく。
方向確認。
タイタンが視認範囲にいる。
ただ、タイタンには当たらなくてもいい。
注意を引きつける。
一瞬の気を引くだけでいい。
これを果たせば、後は阿賀野が全てを終わらせる。そして、九郎の全ては終わる。
九郎は任せる事にした。信じてはいない。だが、この
『後は、……好きに、して……くれ』
特別などいないのだと。九郎は頑なに特別を認めるつもりはない。まさに、今、この瞬間であっても。
だから、頼むとは言わない。
一方的な言葉が阿賀野の装着しているヘッドギアから聞こえた。
そして、九郎は重たく、引き金を弾く。
──バァンッ!
そんな大きな音が響き、ゆっくりとも思える様な速度で一つの弾丸が射出される。死角からの一撃、如何なミカエルと言えど、それに完全に対応が出来るわけが無い。
慢心、隙が生まれた。
音への反応、隙ができる。
物体の認識からの反応、隙が大きくなる。
ハルバードの横面を弾丸が弾く。
それを確認して、九郎の意識が途切れた。
『な……!』
スピーカーによって拡大された驚愕の色彩を持つ声が戦場に広がった。ミカエルの視線が一瞬、弾丸の飛来する方向へと向けられる。
これが最大、最高、最後の
「──全く……」
ギシリとリーゼの右腕が力強く握られる。巨大な五指が持ち手を固く包む。大剣が持ち上げられる。
「よくやったよ、テメェは……」
早く、速く、疾く。
リーゼは勢いよく立ち上がった。
そして、地面を舐める様に大剣をタイタンの左足の外側、斜め下から振り上げる。
「ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
それはミカエルの乗るタイタンの左太腿から大剣の刃が入っていき、金属音を響かせながら右斜め上に向けて切り進んでいく。
機械の右腕が軋む音を無視して。
──ギャリリリリィイイイイイイイ!!!
コックピット内部に重大な損害を負わせて、突き進む。
「うぉおおらあぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
──ブゥンッ!!
天高く大剣の
切り裂かれたタイタンはゆっくりと倒れていく。阿賀野の乗るリーゼも数多くの限界を超えた運動が祟ったのか、タイタンが倒れた直後に地に膝をつき倒れ込んでしまう。
二つの巨神が倒れたことにより、戦場となった街に地鳴りが響く。
もう既にこの二つの巨神は動くことは不可能であった。この戦場ではタイタンもリーゼも最早、人型の巨大な箱にしかなることはできない。
「はぁ」
阿賀野は機能が停止した
『勝ったのか……?』
戦いが終わったと認識したのか阿賀野のヘッドギアに通信が入った。
「……岩松さんじゃないんすか?」
聞こえてきたのは彼らの司令官である岩松とは別の男の声、佐藤のものであった。
『色々あったんだよ。本当に、色々とな……』
リーゼから降りた阿賀野は倒れたタイタンを見る。接続部のほぼ全てを切り裂いた。起動は不可能だろう。
『それで、終わったのか……?』
「
阿賀野はミカエルの生存を予感したのだ。阿賀野がリーゼから降りたのは、その為というのも一つの理由であった。
鋭い視線を一点に向ける。
注意を向けた先、破壊されたタイタンの中から、阿賀野の言葉を肯定する様に一人の男が現れた。
「……俺はお前に、こう聞いてやるべきか」
男は肉食獣の様な獰猛な笑みを浮かべていた。左腕を欠いた、阿賀野と瓜二つの金髪青目の男。
着込んだパイロットスーツは赤黒い液体がべったりと染みこんでいる。
どの様な挙動をとれば、あの中で左腕一本という被害で済むと言うのか。
流石、アスタゴ最強とでも言うべきだろうか。
阿賀野は頭を覆っていたヘッドギアを外し、一つの質問と共に投げた。
「──そんなボロボロの身体で俺に勝てると思ってんのか? ってな」
この言葉は皮肉にも、ミカエルが阿賀野に向けて吐いた言葉であった。
「まあ、俺は降伏しろなんて言わねぇ」
無表情で阿賀野は、笑みをたたえる獣を見遣り、
「殺してやるよ。俺が、お前を……」
宣言して、ゆったりと構えを取る。
彼らの認識する世界に生きているモノは、お互い以外に存在していない。
機械も、武器も、仲間も何もない。生身の闘争心が、暴力がぶつかり合おうとしている。
今から最後の戦いを始めようとする彼らの上に広がる夜空は微かに白んでいく。
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