第91話

「チッ」


 アスタゴの軍司令部、総本部にて舌打ちが一つ。

 それはプラチナブロンドの髪色のやや、痩せ型にも見える軍服を着た男の口元から放たれた。


「やはりか……」


 予想はできていた。

 街の中に大量の戦車と歩兵。十全な装備を整えた者たちだ。更にタイタンを二機。

 それ以前の戦いから、距離を詰められれば終わる。予想して、出来る限り距離を詰められないようにしていた。

 とは言え、予想通り。いや、予想以上の速度で落とされてしまった。


「…………」


 強すぎる。

 まさに、最強を思い浮かべるほどに。彼の脳裏に過るのはミカエルの姿。


「──大丈夫か?」


 年老いた男性の声が聞こえて、男、アダムは振り返った。


「誰ですか! ……えっ、あ、アイザック整備士?!」


 憧れた男がいた。

 悪魔と呼ばれ、恐れられた老人がいた。


「よう」

「な、何故、此処に?」

「整備を終えてな」


 確かに汚れた作業着姿の彼は今、整備を終えてきたというのが見てわかる。


「で、出すのか?」

「はい……」

「儂が口を出すのもおかしいが、お前さんはその命の重さを背負えるのか?」


 『悪魔』と恐れられた英雄の問いにアダムは閉口した。

 憧れの人からの質問に緊張を覚えた。それも確かにあった。だが、何かを答えることはできたはずだ。


「……背負うことは、できません」


 やがて、口を開いたかと思うとアダムは拳を握りしめ、震える声で答えていた。

 英雄の問いかけは凡人には重く感じてしまう。嘘はつきたくなかった。

 背負うことなど出来るわけがない。


「ですが、今はそれが、こうすることが私にできる最適解です。戦争の勝利こそが彼らへのせめてもの手向たむけです」


 アダムの答えにアイザックは溜息を吐いた。


「……そうか」

「はい」


 これ以上の問答はない。

 アダムも再び、戦場に意識を向ける。

 打たねばならない。これは盤上の話ではない。敵は待たない。熟考は付け入る隙を与える。ならば、同じ手でも打ち続ける。

 戦場は常に変化する。


「我々の目的はあくまでも時間稼ぎだ!」


 最強の戦力の為の時間稼ぎ。

 少しでも敵を足止め出来れば良い。消耗させることができたら良い。

 その為の作戦だ。


「シャドウの進行ルートを確認し、戦力を投入する! タイタン二機の起動を要請する」


 リーゼは真っ直ぐに彼らのいる場所へと向かってきている。迷いなく。

 ならば、進行ルートを複数考えるまでもない。その為のルートは既に理解している。

 アダムの指示が通る。

 アイザックは間を取って、アダムに一声かける。


「儂も儂にできる事をするつもりだ。既に整備は終えているがな」

「ありがとうございます」

「礼を言われるのもおかしな話だな。儂は儂の仕事をしただけだ。寧ろ、儂が謝るべきだろう。変な質問をして悪かったな」


 アイザックは後頭部を右手で掻いてから、アダムに向けて敬礼をして部屋を後にした。

 彼の去り行く背中に、アダムもまた敬礼を返した。

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