第92話

 快進撃。

 これは指揮官である岩松にも予想できないものであった。四島がいたところで、此処までの結果になるか。

 戦況はどうだ。

 二機に比べて、スペックの劣るリーゼすらもほぼ無傷で勝利を重ねているではないか。


「アレには誰が乗っているのかね?」


 岩松が尋ねると、佐藤が少し悩む時間をとってから答える。


「あー、多分、四島でしょうね」


 馬鹿のように正直に阿賀野が乗っている。などと答えるわけがない。それは、それで美空の願いを叶える形にはなるだろうが、岩松がどのような行動に出るかが佐藤には予想ができないのだ。


「そうか。四島にはアレも過小評価であったというわけか。私の眼に狂いはなかったか」


 岩松の満足気な言葉を聞いていた佐藤は必死に笑いを噛み殺した。

 きっとこの場に美空が居たのなら、内心、全力で岩松を嘲笑したことだろう。嘲笑に値する程に今の言葉は愚かにも思えたのだ。

 岩松には人を見る目がないというよりは、人を見てこなかったと言うべきだろう。


「しかし、四島がそれに乗っては戦力が減退すると思うが?」

「それは自分の判断ではありませんので」


 向かった戦場。

 どの機体に乗るかは佐藤にも、坂平にも、岩松にすらも決められない。


「……四島は、優しいやつです。きっと、仲間を殺したくなかったのでしょう……」


 そんな言葉が佐藤の隣から聞こえた。

 全くもって勘違いだ。訂正はしない。正す事は許されていないから。


「甘いな……。あの不完全なリーゼでは役に立たんと……」


 坂平が答えた後に、岩松が何を呟いたのかは分からなかった。だが、岩松は僅かに視線を手元に向けた。机の影になって見えないが、そこには何かが隠されているはずだ。

 モニターに映る、戦場。

 そこには何者かの悪意が渦巻いている。

 怖気の走るような邪悪。

 その一端を目の前に座す、岩松から佐藤は感じ取っていた。

 佐藤は不意に横に座る坂平を見遣る。

 モニターに熱心に視線を送る、彼の姿のみが佐藤の瞳に映った。


「…………」


 だから、佐藤もまた視線をモニターに移した。自分の信じた最強を見届けようと。

 きっと坂平は、目を逸らす事は許されない、と自らに言い聞かせているのだろう。


「…………」


 坂平はギリギリと拳を握りしめる。その力は今にも血が溢れそうなほどに。

 子供が死ぬことを求める大人。

 彼らを見ろ。

 必死に戦っているのは大人ではなく、子供達なのだ。


 大人の自分たちが情けない。

 そんなものではない。そんなもので済まされてはならない。

 坂平は自らの罪を問い続ける。

 佐藤は岩松を警戒していた。

 岩松は愛国心のもとにある。

 この場にいる誰もが、それぞれの感情を抱いていたことは確かだった。

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