第71話
「どういう事だ……?」
四島の質問は話の主である九郎に向いた。
「聞き取れなかったのかな?」
「いや」
「そうか。なら早く答えてくれ」
「…………」
「時間がないんだ」
「そんな事をする理由がない。それに……」
「得があるのか、だろ?」
阿賀野が会話に割り込んでくる。
九郎は若干、面倒だと言いたげな顔を浮かべて見ていた。
「得ならあるだろ。お前は生きていられる」
「俺が生きていても……」
「四島沙奈の治療費は稼げない。だから意味がない」
四島は九郎の方へと視線を向けた。
「聞いたよ。僕たちが利用する君の弱みは妹が病気な事じゃない。君は妹が好きなんだ。愛している。だから、ここにいる。命をかけてでも助けたいほどに愛している、そんな妹に会いたいと思わないわけがない」
その通りだ。
その通りだが、答えられない。
「もし君が戦争に行けば、高い確率で死ぬだろうね」
「あのロッソと戦っても生き残れねぇだろうな」
阿賀野の分析では自分以外の者が行ったところで勝てる要素が見つからない。
「取引に関して、もっと詳しく言うと阿賀野武幸が代わりに行くから四島雅臣は降りろと言う事だ」
勿論。
つなげて、話す。
「君の妹の治療費は何とかする。そうしなければ意味がないからね」
不安はこれで解消できるはずだ。
妹も死なず、四島自身も死なず。
「見捨てろ、って言うのか……?」
今までとこれからを。
戦争の犠牲になった彼らを、これから死んでいく彼らを。
全てから逃げて、自分だけは目的を果たす。罪悪感に押しつぶされそうな生活を送れと言うのか。
「ああ。お前の最優先は妹のため。そして、会いたいなら見捨てろ」
阿賀野がキッパリと言い切る。
「誰がお前にとって大事だ。お前がしたいことは何だ」
「っ」
「俺もコイツも、今までの奴もどうでもいいだろ」
冷たく突き放すように響くその声は、いつも通りのものだ。変わっていない。そのはずだ。
「お前は生きて、妹に会えたらそれ以上に幸せなことはないはずだ」
否定ができない。
核心ばかりをついてくる。逃げるのは怖い。だが、妹に会いたいと言う気持ちがあるのも本当だ。
「俺は戦場に行ければそれでいい。そんで、あのロッソをぶっ壊せたら、最高だ」
だから、お互いに損はない話だ。
どちらも理想を手にできる。可能性が手に入る。
ただ、どうしてか安易に目の前に差し出された希望に縋る事が許されないような気がした。
「お前は死なないのか……」
今回こそ本当に。四島の選択のせいで誰かが死ぬかもしれない。
嫌だ。
屑な思考だ。
四島はその言葉を吐いた瞬間に、自分の最低さに気がついた。
「見捨てられねえのか」
溜息とともに阿賀野の言葉は吐き出された。
「──俺は死なない。死ぬわけがない。俺は誰よりも強い、お前よりも」
阿賀野が聞かせた言葉は落ち着かせるための諭すようなものではない。彼は淡々と事実を告げただけだ。
「どうする、四島雅臣」
答えを求める声に、四島は答えた。
「…………死ぬなよ」
答えてしまった。
取り返しがつかない事を理解する。自分のした事がどんな結果をもたらすのかはわからなかった。
それでも生きていたいと、四島は思ってしまったから。
「誰に言ってる、俺は最強だ」
自信に満ち溢れた言葉だけを残して阿賀野は教室を出て行ってしまう。
こうして、偽者の戦士が誕生した。
彼は傲慢な戦士であった。
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