第70話

 教室の外は、雲一つない快晴の青空だ。窓を開けば爽やかな風が頬を撫でるだろう。

 過ごしやすい一日になりそうだ。

 戦争のない平和な世界であればどれほど良かっただろうか。


「四島雅臣。岩松美空。九郎……」


 教壇に立つ坂平に、名前を呼ばれた三人は椅子に座ったまま、言葉を待つ。


「お前らの出兵が決まった」

「あの、坂平さん」


 静寂を裂き、四島が質問を投げかけた。


「彼らは……」


 尋ねるまでも無いことだ。

 彼らが出兵することとなった時点で、予想がつく。


「竹崎真衣、川中詩水、飯島剛。三名が戦死した」

「そうですか……」


 死を感じる。

 行けば助かる可能性はゼロに近い。今までで戦場に向かって生き残った人間はいない。彼らは悪人ではなかった。


 目的があったから。

 理由があるから。

 必要があるから。


 戦わねばならない。逃げてはならない。生命を賭けてでも戦う。

 それだけの価値が彼らの戦争にはあった。


「松野、間磯、山本、竹崎、川中、飯島……」


 四島は名前を呼ぶ。

 優しさからだったのか。

 ただ、自らは忘れていないと刻むためだったのか。確かに生きて、足掻いて、必死だった。


「出発まで時間は少ない。やっておくべき事、やり忘れないようにしておけ」


 言われたところで、彼らには何かを残す時間も残されていない。


「十五分後、お前達にはこの施設から出てもらう」


 坂平は足早に教室を出て行ってしまう。


「沙奈……」


 大切な者の名前を噛み締める様に呼ぶ四島を九郎は見つめていた。

 名前を呼び、僅かに震える身体を押さえつけている四島を、九郎は観察するように見ていた。


 全てをわかっていたから。

 全てを理解したから。

 付け込む隙があった。

 これ以上の理由はない。


 阿賀野に九郎はアイコンタクトを送る。今から行われるのは、取引で、そして脅迫だ。

 岩松と同じ弱みにつけ込む方法。

 阿賀野はゆっくりと立ち上がり、四島のもとに向かう。


「なあ、四島」


 ぶっきらぼう、いや、いつも通りに阿賀野は四島に声をかける。


「何だ、阿賀野?」


 対して、僅かな緊張を覚えた四島が応対する。


「話があるんだが」


 前置きをする。

 四島が阿賀野を椅子に座ったまま見上げていると、彼の近くに九郎がやってくる。

 四島の目線の延長線、扉の近くでは美空が出ていくのが見えたが、気にする必要はないだろう。

 先に施設の外に向かっただけだ。


「すぐに終わる話か?」

「ああ、君の返答ですぐに終わる。これは君と阿賀野にとっての大事な話だ。損はしないはずだけど」


 四島の質問には九郎が答えた。


「──兵士の役割を降りろ、四島雅臣」


 切れ味鋭く、九郎は告げる。

 提案でもお願いでもなく、命令口調。

 九郎の言葉が放たれた瞬間に世界が停止したような感覚が、四島を支配した。

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