第64話
竹崎は守られてばかりだった。
暗いどん底の世界で、それでも生きていられたのは今は亡き彼女の姉のお陰であっただろう。
『真衣は絶対にお姉ちゃんが守るから。ごほっ、げほっ……』
弱り切っていた姉は無理に笑って、最後まで妹を守って、そして死んでしまった。
地獄のような生活を超えて、きっと少しでも良い生活が。苦しみに満ちた世界から、この世界に来ることで彼女は救われる。
彼女は救われた気になっていたのだ。
岩松に呼びかけられ、彼女の少しでもマシな生活が始まった。軍の人間として教育され、それでも今は幸せなのだと言い聞かせていた。
訓練に励む中で、竹崎は松野と出会った。
一緒にいる時間は楽しかった。他愛のない話ができた。仲の良かった彼女は戦争に行って、呆気なく死んでしまった。
初めて友達になれたのに。
漸く、友達ができたと言うのに。
『これで、独りじゃないでしょ?』
孤独から逃れられたと思っていたのに。
尋ねるような、この言葉は自分に語り聞かせていたものだった。姉のいない孤独を、頼れる人間を探して埋めたかった。
けれど、結局、また一人だ。
皆んなは竹崎を残して死んでしまうのだ。彼女をたった一人を残して。
松野が死んだという絶望の中で再び、彼女は光を見る。
この光こそが川中詩水という少女だった。
何よりも優しい少女だった。誰よりも優しい人だった。三つ目の光だった。
彼女に救われた。
まだ、生きてみよう。
そう思った。
彼女は死んではいけない人だ。
そう考えた。
守られてばかりだった。
失ってばかりだった。
喪ってばかりだった。
だから、今度は自分が守るのだと心に誓った。今度は自分が誰かを助ける番だと。守られてばかりでは嫌なのだと。何もかもを失うのは、耐えられないから。
最後に見える光景は血溜まりと、どんな顔をしているかもわからない黒い鉄ばかり。隠してしまうことが少しばかり憎く感じる。
──これで、私の命には価値があったって言えるのかな……。
そんな彼女の疑問に答える声はなく、何処か遠くで呼びかける声が聞こえた。
悲痛の声だった。
呼ぶ声に竹崎は振り向くことができない。瞳を開ける力すらも残っていない。
だというのに、彼女の心は誰かの命を救えたという満足で一杯だった。こんな自分でも誰かを救うことはできた。守られているだけではないのだと。
誰に言うでもなく、彼女は心の中で自慢をする。
ゆっくりと目蓋を閉じて、竹崎真衣は冷たい鉄の中で深い眠りについた。
──ありがとう、……詩水。
鉄の体を、彼女の体を無残に破壊した巨大な剣は、黒い巨人の手により、ゆっくりと引き抜かれた。
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