第53話
『下がれ!』
テオの声がヘッドギアから響くが、飯島の耳には届かない。
中距離砲を乱射して、大剣を振り回して、目の前の強敵に立ち向かおうとする。
『お前まで死ぬぞ!』
目の前を走っていく飯島を追いかけてテオが前に出る。
すぐにテオが追いつき大剣を握っていた右腕を掴む。
「離せ! 離せよ!」
山本の分も戦わねばならない。そんな使命感を覚えたからではない。これは怒りだ。奪われてしまったことに対する憎しみを、殺意を目の前のタイタンに覚えたのだ。
睨みつけても、そこにいるのは冷たい鋼の体の巨人。その巨人はゆっくりと銃口を向ける。大剣に展開したままの飯島ではそれを防ぐ事はできない。
『くそっ!』
テオが前に立ち、展開した盾で銃弾を防ぐ。ズガガガと被弾するたびに巨体が後ろに押される。
『ぐぅおおっ!』
テオは盾をしっかりと握り、どっしりと構える。
時折、盾から逸れる銃弾はリーゼの体を削っていく。
──不味い、これ以上は……!
弾かれる。
そう思ったがリーゼを襲う銃弾が止む。
『間に合ったか!』
ディートヘルムの声が響いた。
どうやら、グランツ帝国のリーゼ三機がこの戦場に来たようだ。
『一機やられました……』
クラウディアがそう叫ぶと、ディートヘルムが乗っているであろう機体がタイタンを見る。
『ロッソめ……』
赤の巨人は倒れ伏しているリーゼからハルバードを抜き取り、構えた。
『来るぞ……』
緊張が戦場を支配する。
どう見たってこの状況、リーゼが六機もいるのだから数的優位を誇っている。だというのに、テオも、クラウディアも目の前のたった一機に全てを覆されることを予想している。
ハルバードが投げ込まれた。
『な……!?』
信じられない速度。そして、そのハルバードを追いかけるようにタイタンも走り始めていた。
投げ込まれた方向にいたリーゼが既に展開していた盾を間に挟み込もうとするが間に合わない。
破壊音が響き、リーゼが膝から崩れ落ちる。ハルバードが支えとなって倒れることなく項垂れたような状態になっている。
近づいたタイタンはリーゼを蹴り飛ばして後ろに倒してから、槍を抜き取る。
この間もタイタンは銃撃により牽制を行っていた。
残り五機。
『オイゲン……!』
仲間の死に僅かばかりの動揺を覚える。
『バルドゥル!』
『隊長?』
『防ぐんだ!』
彼の指示はあまりにも遅すぎた。
構えられた盾の隙間を狙う精密射撃。それはリーゼの膝関節、銃を持つ右腕の関節、脇腹を撃ち抜く。
グラリ。
バランスを崩したリーゼが膝をつき、その瞬間に胸を撃ち抜かれる。
『な、何だ、コレは……。何だコレは!』
ディートヘルムは目の前で繰り広げられる蹂躙に思わず叫んでいた。本能的に理解した。この敵には今いる自分たちではどんな手を使っても勝つことができないと。
『撤退だ!』
既に仲間を三人もやられてしまっている。これ以上の被害は抑えるべきだ。
ディートヘルムが指示を下し、全員が撤退に向けて動き出す。盾を構えて中距離砲による牽制をしながら下がっていく。
「撤退だと……? ふざけるな! 俺は、俺はそこにいるロッソをブッ壊してやる!」
そう叫んで飯島が前に出ようとしたところで、タイタンの放った銃弾がリーゼの顔の真横を掠めていく。
「……っあ」
恐怖を覚えた。
死ぬのは分かっていた。戦場だったから。それでもここまで呆気なく死ぬとは思ってもいなかった。
「あ、ああ……」
怒りで塗りつぶされていたはずの他の感情が湧き上がってくる。
恐怖、絶望、哀しみ。
『盾を構えろ! 死にたいのか!』
テオの声が響く。
「嫌だ、死にたくない……。俺は、俺は…………」
慌てて彼は盾を構える。脳内には松野と山本の顔が浮かぶ。
鮮明に浮かぶ死のイメージ。
ゆっくりと飯島からテオが離れていく。
『もう少しだ……。あと少しで』
海が見える。
そんな思考を切り裂くようにシュン、と風を切る音が響いた。
『クレア!』
ハルバードが投げ込まれたのだ。その方向にいたのはクラウディアである。
クラウディアが居る方向へハルバードが投げ込まれたことを理解した瞬間に、テオは走り出していた。
通信機を通して金属音が響く。
『づぁっ……、ゴフッ……』
重たい盾も銃も全てを投げ捨てて、テオはクラウディアの前に立っていた。ハルバードの一撃からクラウディアを守るように。
『──早く撤退だ、総員撤退!』
深々と胸から背中までハルバードが突き刺さったテオを見て、ディートヘルムはそう指示をした。
『待って! テオが!』
クラウディアはテオを助けようとするが、叫び声が響く。
『早く……行け!』
声はテオのものだ。咳き込むような音が後から聞こえる。無理をして叫んだのだろう。
既にクラウディアにも分かっているはずだ。彼の命がもう保たないことくらい。
『早く行け……。俺の死が、無駄死にになる』
いや、これは戦果としては何の意味もない。議論の余地もなく、ただの無駄死にだ。けれど、彼にして見れば死んだ価値は確かにあったのだ。
下らない個人の感情だ。
下らない一人の男の思いだ。
たった一人、好きな女を守りたかった。
彼は愚かな人間だと自嘲する。撤退するリーゼの背中を見ながら彼はゆっくりと目を閉じる。
リーゼの胸を貫いていたハルバードが引き抜かれた。
「逃しちゃったよ、アダムさん」
既に遠くなったリーゼの背中を見ながらミカエルがそう言った。
『何機だ?』
「三機。七機いたんだけどね」
『まあ、半分以上倒しているんだ。気にする必要はないだろう』
「いや、それで良いなら良いけど」
全部倒せたかもしれないが、油断していたのだろうか。ミカエルはそう思って、倒れたリーゼの集団を眺める。
『そうだ、それよりタイタンに不具合はないか?』
「……ないよ」
呆れたような顔をして吐き捨てるように告げた。どうせまた、アイザックに会いたいから理由をつけようとしていたのだろう。
『そ、そうか。それは良かった』
うんうんと態とらしくアダムは頷く。
それに対してミカエルは溜息しか出ない。
「で、俺の役目は一先ず終わったのかな」
『状況にもよるがね』
それもそうだ。いつ攻め込んでくるかもわからないのだから。
「ま、じゃあねアダムさん」
そう言って通信を切る。
「戦争も、それなりに退屈だなぁ。次は全滅を目的にでもしよっかなぁ……」
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