第52話
『おい、どういう事だ……』
先ほどまでは会話に入ってきていなかった男性の声が聞こえた。
アスタゴ東海岸に上陸をして目に飛び込んできたのは一機のタイタン。その赤色は暗い世界の中でも目立つ。
いや、これはリーゼに搭載された暗視装置の為か。
『何で一機しかいないんだよ……!』
舐められているのか。
テオはそう思った。しかし、テオの動きは油断している者の動きではなかった。クラウディアの乗るリーゼの前に立ち、守るように位置取る。
『皆さん、警戒してください!』
彼女の声に従ってか、全員が目の前のたった一機を警戒する。
「…………」
飯島は低く構えて、どのような動きにも対応できるように構える。
敵方に動きはない。
緊張からかじんわりと額に汗が浮かぶ。
ジリジリと時は流れていく。その間、どちらにも動きはない。
しかし、待つのが耐えられなくなったのか飯島が前に出ようとした瞬間に、彼の乗るリーゼを超える速度で目の前のタイタンが動き出した。
「なっ……!」
その巨体からは信じられない速度だった。
明らかに、機動力ではタイタンが勝っている。速度だってそのはずだ。
「山本!」
ハルバードの矛先が向いたのは山本だった。
飯島には名前を叫ぶことしかできなかった。
山本も咄嗟に後ろに飛び退いた。それでも間に合わずハルバードが胸元を掠めて胸部装甲が剥がれる。
後ろに飛び退く事でバランスを崩してしまった山本は、地面に背中から倒れる。
慌てて、山本は大剣を盾に変形させて、迫り来る次の一撃を防ぐ。
『不味い、不味過ぎる!』
テオの焦りの声が響く。
『こちら、ディートヘルム。状況は?』
『こちらクラウディア! ロッソ一機を確認!』
『一機に何を手間取っている』
呆れたような言い草だった。
「撤退だ! 敵が強すぎる!」
飯島が叫ぶが、ディートヘルムはそれを否定する。
『認めん。道を開け! グランツ帝国の、同盟の勝利のために!』
ディートヘルムが指示を出すが状況は悪化の一途を辿る。山本が乗り込んでいるリーゼの右腕がもがれ投げ飛ばされる。盾はあるがタイタンの攻撃力の高さに耐え切る事ができていなかったのだ。
「おい、このままじゃ壊滅するぞ!」
飯島が叫ぶ。
壊滅というのは飯島の推測であったが、間違いではなかった。現在目の前にいるタイタンは一機で東を任されたのだ。
任されるに足る強さがある。
彼らの目の前にいるタイタンのパイロット。彼の名をミカエル・ホワイト。アスタゴ最強の兵士の名だ。
『クソ! ワタシ達も向かう!』
ディートヘルムは意地でも撤退をさせないつもりだ。この東海岸から攻め入るつもりなのだ。
運の悪い話なのか。それとも攻撃する位置を既に知られていたのか。
ギギギギ。
ドスン。
「嘘だろ……」
リーゼが一機破壊された。
ハルバードに胸を盾ごと刺し貫かれた。それは山本の乗っていたはずの機体だ。無防備な胸部を貫かれた。
「おい、嘘だって……。違うだろ、何でお前が……」
飯島は受け付け難い現実に取り乱す。
破壊されたのは山本のリーゼだ。生きているかもしれない。生きていてくれ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
叫び声を上げて、中距離砲をタイタンに向けて乱射する。
「ふざけんな! ふざけんなぁああ!!」
失いたくなかった。
失われて良いわけがない。
奪われたくなかった。一人になってしまった。
絵を描きたいと願った少年は死んだ。
これが罪に対する罰だ。
彼は、この結末を受け入れて深い深い海に潜っていって、二度と覚めない世界に沈み込んだ。
──絵描きに、なりたかった。
叶わない願いを抱いて、青と黒の世界に彼は眠る。光の届かないその世界で。
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