第29話
上陸戦が終わり、リーゼのパイロットは全員が船の中に戻っていた。
「大丈夫か、お前ら」
暗い表情をする松野と飯島は、椅子の上に座っている。
中栄国が撤退し、一先ずの戦いは終わった。上陸戦の戦績としては上々と言えた。
中栄国は臆病になったのか、いや、慎重になったと言うのが正しいのか。兵士を投入しても無駄だと悟ったのだ。
しかし、それとは裏腹に搭乗者は、暗い表情を浮かべていた。
「────俺、初めて人殺したんだよ……」
飯島はわなわなと震える両手を見ながら話し始めた。
「分からないんだよ。何、感じてるかもさ……」
「…………」
その言葉には松野は何も言うことができなかった。これは、人間がどこまで殺人のストレスに耐えられるかと言う話で、松野にも殺人の体験はない。
「こんなにあっさり人は死ぬんだって……」
飯島の声には怒りは宿らずに、どこか感情の欠落した様な表情を覚える。
「ああ、ダメだ。自分が何感じてるか、うまく言えねぇ……」
思考は混乱を極める。
動転している。ここまでのことを振り返っても何を思ったかなど言葉で言い表せない。
だからと言って危険と隣り合わせの戦いをしたいかなどと問われれば、それに関しては飯島はノーと答える。
「……そうか」
山本は大して質問をするつもりもない。苦しいのなら、感情を吐き出して楽になった方が良いと考えていた。ただ、掘り下げて痛みを感じさせるつもりはない。
松野が、そんな立ちっぱなしの山本を見た。
「……ねえ、何で山本は平気なの? 人を殺してるんだよ?」
至極、単純な疑問だった。
松野と飯島ほど思い詰めてはいない様に見えたのだ。彼の考えが自分たちの苦しさを変えてくれるかもしれないなどと、ほんの少し希望を抱いただけ。
「個人の問題だ。俺がお前らより人の死に鈍感なだけだ……」
そんなものが山本が二人に示した答えだ。
それは正解でないことを山本自身が知っている。山本の人間性は僅かに狂っていたのだ。
山本は既に人殺しだった。
『何で殺したの?』
ふとした時に蘇るのは、好きだった少女の声。恋をしていた。そんな少女を守るために彼はその手を赤に染めたのだ。
『お、お前を守るために……』
好きだったから。
そんな彼女を傷つける存在が許せなかった。だから、殺した。
『殺す必要なんてあったの?』
『それは……。お前が傷つけられるのを見るのが耐えられなかった……』
不良だったとしても越えてはならない一線があった。それを山本は越えてしまった。
元々、そんな素養があったのだろう。
『頼んでない……』
『それでも、俺はお前と笑ってたか……』
理想を答えた瞬間に少女の平手が山本の左の頬を打った。
『あんたは犯罪者なんだよ……? 一緒に?』
怒りなんて消えて、虚無感だけが支配した。
『────ふざけないでよ。やめてよ。もう私に関わらないで……!』
少女は逃げる様に走り去って行く。その背中を追うこともできずに、床に転がった男の死体を眺めていた。
そうして、後悔する。
怒りに飲まれ人を殺し、罪を後悔して、もう遅い。
その気になれば、山本は人を殺すことを躊躇わない異常者だった。
罪を犯した彼はそれでも誰かの役に立てると言われて、この檻から外に出られたら今度こそ。そう思って岩松の誘いに乗った。
そして、また血の海に浸って行く。
──絵描きになりたかった……。
人殺しのその手に、洗っても落ちることのない咎の赤は見えずとも残っていた。
誰かに聞かせるつもりもない、幼い頃からの夢だった。
もし、この罪が償うことができたなら、絵描きの夢を彼は再び追いかける。
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