第26話
もう直ぐ戦争が始まる。
三人の兵士たちは最終調整を行い、中栄国との戦争に向かうのだ。
「最終確認だ。山本、飯島、松野」
坂平が三人の名前を呼ぶ。
彼らは静かに坂平に目を向けた。
「お前らは今日、この訓練施設を出る。それに伴い、岩松管理長も俺も佐藤も作戦の為に此処には基本的に来ない」
坂平は連絡すべきことは全て伝えた、そう言うように一つ息を吐いた。
「……最後に、やっておきたいことはあるか?」
この問いが、坂平の見せた優しさであった。
この日、訓練施設から三人の姿が消えた。
大人と三人の兵士が居なくなった訓練施設のいつもの教室にほぼ全員が集まっていた。
「竹崎」
四島が暗い表情をしていた竹崎に声を掛けた。
「……どうしたの?」
「大丈夫か?」
「あはは、大丈夫だって!」
そう言って、彼女は無理をして笑う。
この教室は陰鬱とした空気が支配していた。
「…………」
間磯は口を噤み、九郎は真剣な表情を浮かべる。
暗い雰囲気に飲まれ、不安が押し寄せる。それは自分のことでは無いのに、彼ら全員に漠然とした恐怖を覚えさせる。
一人の少女が立ち上がった。
本を読んでいた薄紫色の髪の影の薄い少女だった。いつも一人で居る、小さな少女だ。
「…………」
本を片手に、その少女は何も言わずに教室を後にする。
関わるつもりはないと言うような態度だ。
「僕、そろそろ戻るよ」
間磯もそれを皮切りに席を立つ。
それに続くように九郎も教室を出て行く。教室に残ったのは四島と竹崎だけだ。
「大丈夫だよね……」
うん。大丈夫。
そうやって竹崎は自身に言い聞かせる。リーゼは最新の兵器だ。死ぬわけがない。
「竹崎……」
「私も戻るね」
竹崎は不安を押し殺そうとしながら教室を出て行った。
「あ? 四島?」
教室の開かれっぱなしの扉の方から阿賀野が姿を見せた。Tシャツ姿で、首の後ろからタオルをかけて、額に滲んだ汗をそのタオルで拭っている姿からトレーニングルームから戻ってきたのだとわかる。
「何だよ、まだ居たのか」
誰もいないであろうと思い、教室に戻ってきたが、予想が外れて阿賀野は驚いていた。
「悪いのか?」
尋ね返せば、阿賀野は大した興味もなさげに「別に」と答える。
「……お前は悩むことがなさそうだな」
四島は少しトゲのある言い方をしたのだが、阿賀野は気にする様子はない。
「悩めるほど俺は暇じゃないんだよ」
じゃあな。
阿賀野は教室に置いてあった荷物を持って、出て行った。
それを四島は何も言うことなく見送って、しばらくしてから彼も教室を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます