第20話

「私、漸く友達できたんだよ」


 笑顔、と呼ぶには複雑な顔。けれど、竹崎が生まれて今まで生きてきて、浮かべてきた表情の中でどれよりも美しい顔。

 頬を伝う涙が、自然に上がった口角が、ほんのりと赤みのかかった顔が、儚くも美しい。


「お姉ちゃん……。独りじゃ、なくなったよ」


 それでも、姉はいない。

 当然だ。この場に姉はいない。いや、そもそもにして彼女の姉はもうこの世にはいない。

 栄養失調と、身体への傷害が原因だった。


「やっと、私にも友達が出来たんだ」


 境遇は変化した。

 欲しかった。

 頼ることのできる人が。姉のような信頼のできる人が。

 ネックレスを握りしめて、爆発してしまいそうなほどの気持ちを込める。


「その子は優しくて、こんな私の友達になってくれたんだよ。それにここに居るみんなは優しいヤツが多くてさ────」


 今まで、姉に聞かせることのできなかった友達の話。学校でも話すことができなかったこと。漸く、人と話して、仲良くなって、彼女は独りではなくなった。


「うぅっ……ああああ……!!!!」


 吐き出した言葉が実感として心を締め付けて来る。

 幼い頃の記憶。

 幼少時代は暴力に彩られた毎日だった。無視される日々だった。姉だけが頼りだった。

 目を瞑れば、記憶は鮮明に思い出される。


『真衣は絶対にお姉ちゃんが守るから。ごほっ、げほっ……』

『お姉ちゃん!』


 心配になって駆け寄れば、大丈夫だからと手で制される。


『だから、真衣は気にしないで。今は苦しくても……それでも生きて』


 思い出される記憶が恐ろしく、ガラスが割れていくかのように、パキリ、パキリと音を立てて崩れていく。

 そして暗い思い出が蘇る。


 アルコールと性臭の混じった酷い匂いの部屋の中、姉は放置されて息途絶えた。その日、彼女の母も父も姉に、自分の子供に興味を持つことなく、家でセックスを始めた。

 傷だらけの心身で、まともな愛を受け取ることも出来ずに姉は死んでしまった。小さな竹崎という命を守る為に、彼女は死んでしまった。


 処女もとっくの昔に父に散らされていた。それは竹崎真衣も同じだった。

 父は最低な男だった。

 彼の悪意を母も止める事などなかった。

 結局は両親は共に最低な親だったのだ。

 そんな最悪な環境でも、どれだけ、大切なものが傷つけられても、姉は妹を大切にした。妹だけは守ろうとした。


「お姉、ちゃん……」


 今となっては自分よりも小さな姉の背中を思い出して、それでも大きいと感じて、もう会うことはできないのだと知って涙が溢れ出る。


「私、頑張ったよ。今まで、生きてきたよ。それで、友達ができたんだ……」


 彼女が誰にいうでもなく、それでも脳内に浮かぶ少女にそういうと、その少女はフワリと笑って、竹崎に近づいき、


「おねえ、ちゃん……」


 そして、優しく抱きしめた。

 


 ──がんばったね、真衣。


 

 竹崎を抱きしめた少女は笑っているような気がした。

 竹崎は苦しむような顔をしていたはずが、柔らかな顔になっていく。小さな身体に抱きしめられる夢を見ながら、竹崎は眠る。

 小さく常夜灯の光が照らす自室の、一人用のベッドの上で。


「あり、……がと……う」


 そんなありきたりな言葉を吐いた竹崎の閉じられた目蓋から、涙が流れた。

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