第15話

 日に日に、訓練場の雰囲気は悪くなっていく。抗えないことを知った子供は口を噤む。突きつけられた事実が、酷く歪んだ物であることを三人のうち、一人だけが知っていた。いや、無理やりに向き合わされた。


「おい、飯島」


 飯島は突然にかけられた声にゆっくりと顔を上げて、反応を見せる。


「どうした? お前まで暗い顔をして」


 山本は知らない。

 飯島が岩松に突きつけられて、考えないように蓋をしていた思考が開いてしまっていることを。


「いや、別に────」


 話せば楽になるのか。それが何になるのか。より鮮烈な死が想像できるようになるだけだ。

 だから、これは飯島の中に閉まっておけばそれで平穏なのだ。今は無駄にかき乱す必要なんてどこにもない。


「良いなぁ……」


 そんな小さな呟きが、過敏になっていた飯島の耳に響く。

 間磯巧。

 パイロットになることに執念を燃やす男。どうして、そこまでしてなりたいと思っているのか。それが、飯島にはわからない。

 ただ、何も知らないその態度が、酷く気に食わない。

 ギリッ。

 そう、歯を噛み締めて飯島は怒りを押さえ込む。何も分からない。

 彼らはここにいる人間は大人に良いように使われているだけなのだと、飯島は結論づけてしまう。


「僕もパイロットになりたかったな……」


 間磯の言葉に悪意はない。

 だが、それでも怒りを覚える人間がいる。


「そんなにパイロットになりたいのかよ……!」


 飯島は湧き上がる怒りを抑えられずに、間磯に近づいて行く。間磯はよく分からないと言った様子ではあったものの、飯島が怒っていると言う事実は理解している。

 それから逃れようとするも、成績二位の飯島から逃れることができずに教室の壁に追い詰められる。


「なりたいさ……」


 仕方がないと言うように、間磯は事情を話し始める。


「死ぬかもしれないんだぞ!」


「だとしてもだ。僕はパイロットになりたい。ならなきゃならないんだよ」


 二人の声は互いの主張を譲らないと言わんばかりに大きなものになって行く。山本はそれを止めようとして、動き始める。


「僕がパイロットになれば家族は裕福な暮らしができるんだ」


 その言葉に、一瞬だけ山本の行動が止まる。気になってしまった。

 それが誰からの誘いであったのか。


「……岩松管理長から誘われたのか?」


 まるで確信を得たかのように飯島の目が鋭くなる。答えを誤魔化すつもりもないのだろう。間磯は頷く。


「…………」


 飯島は全てを理解して、力なく間磯から離れた。

 分かった。分かってしまった。いや、確信となることを知ってしまった。本当に彼らは弱みにつけ込まれ、岩松という男に利用されているのだと。


「飯島」


 山本が声をかけても、振り返る様子などつゆも見せずに教室から出て行ってしまった。

 飯島のマイナスは膨れ上がって行く。


「岩松、ふざけるなよ……」


 力の足りない子供は小さな反抗を示すようにそう呟く。般若のように顔を歪めて、飯島は廊下を歩いて行く。

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