第14話

「──実はな、俺は岩松のオッサンが嫌いなんだ……」


 その部屋には二人の男がいた。薄暗い部屋。隠れているかのようにヒソヒソと話し始めた男は、目の前に立つ男にそう言った。


「存じてます」

「まあ、だろうな。いつも同じ質問をして悪いんだが、……お前は俺を裏切らないか?」

「──当然です」


 迷うそぶりもなく答えた青年に椅子に座った男は満足気に笑った。


「迷惑ばかりかけてるな、九郎くろう

「それが僕の仕事ですので……」

「お前を連れてきて正解だった。だが、お前をこんなことに巻き込んだことは……」


 申し訳なさそうに彼は口を曲げた。


「いえ、気にしないでください。僕の目的は雇い主の貴方と同一です」


 ただ、彼に九郎は問題ないと言う。


「……そうか、悪いな」

「それでは……」

「ああ。────引き続き、阿賀野に協力してやって欲しい」

「はい」


 九郎と呼ばれた青年はそう返事をして、この部屋を静かに出ていった。


「阿賀野。お前には期待しているんだ……」


 何せ、お前は最強だからな。

 男は小さく部屋を照らしていたテーブルランプを消して、その部屋を出た。

 

 

***



「岩松管理長……」


 廊下を優雅に歩く白髪の男性、岩松を呼び止める声があった。


「どうしたかね、飯島君」


 ゆっくりと声のした方向に岩松は振り返った。その顔には嫋やかな笑みが浮かぶ。


「松野の出兵は変えられませんか?」

「何故だ?」

「松野は怯えています。戦場では使い物にならないでしょう」


 岩松は一切表情を変えることなく、優しく尋ねる。


「それで?」

「は……?」

「君には一体何の発言力があるのかね?違うだろう。君には権力など一つもありはしない」

「で、ですが……!」

「知らないとは言わないだろう? この訓練施設での最高決定権は私にある」

「…………」

「大方、君は松野君に情が湧いたのだろう」


 冷徹。冷血。

 顔はどこまでも優し気に見えるのに、その態度がひどく冷たい。


「飯島兼康かねやすの息子だったな、君は」

「それが……」

「彼の子供であるから君には期待していたのだが、期待外れだった」


 岩松は失望した様な顔で言って、優雅に廊下を歩き去ろうとして、ふと立ち止まった。


「……そういえば、何故、君が、松野君が、そして山本君が中栄国との戦争にて出兵することになったか分かるかね?」

「何故、ですか……?」

「おや、わかっているのではないかね?」


 岩松はそれ以上は何も語らずに、その場を去っていく。

 分かっている。

 否応なしに理解させられている。

 彼らは、死んでも構わない戦力と見られているのだ。だから、その先にある戦争ではなく、試験導入目的の中栄国の戦争に駆り出される。


「…………」 


 やるせなさに飯島は言葉を失って、その場に立ち尽くす事しかできなかった。

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