第7話
「おい! 松野、動きが鈍いぞ!」
その後の実機訓練では松野は思うようにリーゼを動かせずにいた。戦争に行かなければならないという事実が未だ成人していない少女に重くのしかかったのだ。
それを側から見ていた阿賀野は早く自分の番が回ってこないかと貧乏揺すりをしていた。阿賀野とは全く違うようで四島は、松野のことが心配だった。
「松野! 的を中距離砲で撃ち抜け!」
坂平の指示に従い、松野が搭乗するリーゼは左手に握る中距離砲の照準を合わせて、そのトリガーを弾いた。
ドゴォン、と爆音を上げ、着弾した場所から砂煙が巻き上がる。
だが、狙いにした的はそこに立ち続けている。外れたのだ。
「何をしている、松野! 戦争まで二ヶ月しかないんだ! 止まっている的にも当てられないのか!」
坂平が怒鳴り声を上げる。
ただ松野が当てられなかったのは精神的な問題もあるからだと四島は考えていた。
松野という少女は恐れているのだ。こんな場所に来たのだから、とうに覚悟は決まっているはずだと誰もが思っていた。
けれど、違った。
松野は孤児院の出身だった。両親は幼い頃で事故で亡くなり、たった一人になってしまった。そんな彼女を引き取ったものは彼女に与えられた遺産を搾り取って放り捨てた。
そこに温情をかけて拾ってくれたのが国営の孤児院だった。施設長は常に彼女に語りかけていた。
『君が国のために動いてくれたのなら、私達はそれで満足ですよ』
幼い少女はその裏にあるものを理解できなかった。だから、国のために動くリーゼのパイロットになることで彼らへの恩返しになると思ったのだ、とある男に話を持ちかけられた時に。
『君が、松野
『?』
松野の前に現れたとある男は岩松だった。優しそうな雰囲気で彼女に諭すように話しかけるその様は聖人と呼ばれてもおかしくはなかっただろう。
岩松は少しだけ困ったような顔をして核心を突くような言葉をかけた。
『つまり、君は国のために。彼らのために働けるということだ』
それは松野にとっては甘美な言葉だった。行く宛のない自身を拾ってくれた、施設のみんなに孝行できる。
『美祐』
施設長の先生は優しく微笑んで、
『頑張っておいで』
まるで送り出すような言葉を掛けて、背中を押してくれた。
しかし、今になって、松野の脳には不安と恐怖と吐き気がこびりつく。しかめっ面を浮かべながら、彼女はリーゼを操縦する。
こんな、こんな筈じゃ。嫌だ、戦いたくなんてない。でも、これも先生や他の子供達のために。
気がつくには遅すぎた。もう後には戻れない。もし、松野にここまでの能力がなければ、あるいは阿賀野ほどの力があれば、彼女はここまで苦悩しなかったのかもしれない。
「あ、ああああああ!!」
松野は叫びながら、中距離砲を乱射する。しかし、精神の乱れた彼女の弾幕はリーゼの補助があったところで当たることはなかった。
「──もういい、松野。リーゼから降りろ」
坂平の指示に従って、松野は生気を失ったような表情をしながらリーゼの電源を落として、手足を引き抜いて降りてきた。
その顔に四島は同情するように目を伏せて、飯島は緊張を覚えたような顔になり、山本は観察するように見ていた。
たった一人、阿賀野は四島を見ていた。今日も勝つと意気込んで。
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