第6話
「二ヶ月後、中栄国との戦争が始まる。この戦争にあたり、リーゼに乗り込む者が決まった」
坂平が教壇の上で連絡する。それはつまり、一足先の戦場デビューという奴だ。
喜ばしいことなのか、それとも悲しむべきことなのか。
「今から呼ぶ三人が二ヶ月後の戦争に向かうことになる。他の候補者より、一層鍛錬に励むことだ」
坂平の言葉に全員は頬が引き締まるような錯覚を覚える。いや、全員ではなかったか。ただ、一人阿賀野のみがどうでも良さげに彼の話を聞いていた。
阿賀野には今回の話はどうでもよかったのだ。どの道、この戦争にはそこまでの意味がないことも分かっていたのだから。
「飯島」
しかし、そんなことは関係なく兵士は決まっていく。
「は、はい!」
呼ばれ飯島は緊張したような面持ちで元気よく挨拶をする。
「山本」
「っす」
山本
茶髪のリーゼントの昔風の不良と言ったような男だ。その見た目に反して、妙に律儀な男で教官達からの評価も高い。
「最後に松野」
「…………はい」
緊張ともまた違う。松野は顔を蒼白くさせながら、小さく返事をした。
坂平は三人の名前を呼び終えて、そのまま話を続ける。
「お前ら三人はパイロットに選ばれた。誰よりも先に戦争に出られるんだ。喜んでも良いんだぞ」
などと坂平は励ますつもりなのか、声をかけて見せるが、誰一人喜びの表情など浮かべていない。
この教室に悲しげな顔をする者が一人いた程度で、他の者たちは皆が真顔だ。
「パイロットなれなかったか……」
声を漏らしたのは間磯だ。間磯の呟きは他の誰かに聞こえたわけでもない。
重苦しいようなそんな教室で、阿賀野だけがいつも通りだった。
緊張か、何かか空間に張り詰める。坂平は話は以上だ、と告げて教室を出て行った。
教官である坂平が出て行った後だというのに、重苦しい雰囲気は変わらずに漂ったままだ。
「……ねぇ、阿賀野」
阿賀野は後ろから声をかけられて、振り向いた。
「何だ、松野」
「私、大丈夫かな。訓練でもうまくリーゼを操縦できないし……」
「知らねえよ。選ばれたんだから期待されたって考えりゃいい」
大した興味もない阿賀野はさっさとこのくだらない話を打ち切りたかった。
「おい、阿賀野」
「なんだよ、飯島」
「松野は不安なんだから、もっと相談に乗ってやれよ」
「飯島」
松野は突然に話に入ってきた、飯島の一言に不安の気持ちが膨れ上がるのを感じた。
「お前も戦争に行くんだから、お前らで話し合えば良い。それに、飯島、お前が、今、話に入ってきたのはお前も不安だったからだろ」
「……ちっ」
図星だったようで、飯島は舌打ちをして顔を逸らした。
「おい、山本!」
阿賀野は山本を呼ぶと、彼はゆっくりと振り返る。
「何だ、阿賀野」
そして、席を立ち、阿賀野に近づいてくる。
「コイツら戦争に行くのが不安らしいから、三人で話して少しでも気楽になるようにしたらどうだ?」
「そうだな……。松野、飯島。親睦を深めようぜ」
そう言って山本はついてこいというように廊下に出て行く。飯島は特に何も言わずに阿賀野をチラリと見てから彼を追って、教室を出る。
「阿賀野……」
「何だよ松野。……戦争に行く奴らで話してた方が共通の話題もあるだろ」
それは虐められたことがあるだとか、現在の境遇が全く同じだからという話だ。それに阿賀野には彼らの悩みなど理解できるはずもない。
「俺に頼んなよ」
阿賀野が松野の顔も見ずにそう告げると、松野も教室を出ていく。
「おい……」
また、別のものが阿賀野に声をかけた。
「四島か。何、どうした?」
「松野のこと心配だって思わないのか?」
怪訝そうな表情を浮かべながら、四島は尋ねる。
「心配ね……。別に、俺は心配するほど松野のこと知らんし」
「──アイツは女の子なんだぞ」
「それ関係あんの? なら、同じ女の竹崎とか
「でも、少しくらいは……」
「何が言いたいのかはわかるぜ? なら、お前が言ってやれよって話だ」
言いたいことはわかるが興味も関心もない。戦争に行くもの同士で話した方が気が楽になるだろう。
阿賀野や四島は戦争に行かないのだから、そんな彼らと話していれば松野は少しだけ負の感情を持つかもしれない。
「四島、訓練始まるぞ。今日も負けねえからな」
そして、どんなことが起きようとも阿賀野には全く持ってどうでも良い話だ。
四島がチラリと教室全体を見れば、既に教室は二人しか残されていなかった。
「……お前はもっと人の気持ちを汲み取ってくれ」
四島は絶対に叶わない願いを小さく吐き出して、教室を出た阿賀野の背を追う。
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