35節 対岸の火事は飛び火する……それには延焼するまで気づかない


『兄、本当にここにいるのかな?』

「さぁ、な。……でも手掛かりがこれしかないんだ。じゃあ消去法で当たるしかないだろ」


 俺は小型インカムに手を当てながら答え、辺りを見渡す。

 関東統合都市かんとうとうごうとしの中にある商業地区。コンクリート作られた建物が多く青空さえも遮る事から、圧迫感を感じられる。

 俺たちが普段使う駅から歩いて20分ほどの場所にあるここは、まるでホームセンターで安売りされているカーテンのように人がごった返していた。年齢、性別、人種問わずに。

 そして、それらの人々が所持しているバックやポーチは全て高級ブランド特有の輝きを放っている。言ってしまえば、庶民俺らが来るような場所ではないのだが……。

 ポケットの中から携帯電話を取り出す。スリープモードから戻ったスマホはメールを映し出した。そこには俺たちが探していた人間の一人、ゆずきの名が添えられている。


「マスター……罠の可能性は無いの?僕を頼ってくれるのはうれしい。けど、マスターが傷つくのは」

「確かに……。このメールには咲が付近にいる事と、怪しげな集団が闊歩しているから家を出るなと内容だった」

『怪しげな集団はこっちでも確認できた。規模は……三個小隊三百人くらいかな。スラブ系の人種……事前に精華からきた情報とも合致する』


『咲が消える前、ロシアの部隊……スカーレットクイーンが寄生体を探しているらしいのよ』

日本ここで?』

『えぇ、裏取引がある事は確定ね。それを知って咲たちが防ごうとして潰されてらしいのよ。どうやら一般人に被害が出ても見逃すそうよ』


 ここまで手がかりが一緒なら、さきが居ると言う信憑性も高くなると言うものだろう。

 問題は今日、動き出すか……。携帯に表示されている日時に目を移す。映る数字は10:24。ちょうど店が開店し人通りが多くなる時間帯だ。流石に裏取引があるとしても、真昼間からドンパチはしないであろうと言うのが俺たちの結論であった。


「とにかく周辺を散策してみよう。精華せいかさんの援護がない今、長居は不要だ。昼にはずらかるぞ」

「わかった」

まいはスカーレットクイーンを監視しておいてくれ。何か動きがあったら報告を」

『らじゃー』


 タイムリミットは一時間半それまでに咲さんを見つけなければ、見つけても説得できなければ。

 ……そんな深刻に考えるな。自分と咲さんとはあまり関りが無い。だからもし最悪の結果になったとしても心的負傷トラウマは軽いだろう。

 求めるのは救済万人の人を救う事じゃ無い。何が出来るか、何がしたいか……そして、何が己にとってメリットになるのか。


「行くぞ」


 そうしてスマートフォンのマップを視ながら町に躍り出た。


「くそ……圧倒的に人の手が足りない」

『こっちもカメラをハックして、片手間で探してるけど……見つからないね』

「僕の目にも映らないかな」


 自動販売機に隣接されたベンチで腰掛けながら息を整える。ただでさえ歩きっぱなしだって言うのに、上からくる太陽光と地面からの反射熱にサンドイッチされた影響か、疲労が蓄積されていった。

 額から零れ落ちる玉汗をタオルで拭い、ペッドボトルに口を付ける。

 昼まで大体三十分。絶望的だ。

 いくら探っているのがバレないように部隊が展開している場所には近づかないようにはしたが、それにしたってわからなすぎる。


「けど、捜索していない場所はそこだけだ」


 あまり関わりたくないし、目を付けられたくも無い。いや、ある意味交戦した咲には消えてもらった方が得かもしれないが……。


(少なくとも精華さんに頼られたなら出来る限り返すべきだと決めている)


 ちらりとれいを視る。黒っぽい服を綺麗に着こなしたその姿からは過労は感じられず、むしろこちらを気遣う様子が見て取れた。

 とにかく、時間が無いんだ。そう思い立ち上がろうと体重を移動させ。


『待って、兄。動いたよ』

「っ!本当か」

『うん。一個小隊(100人)だけど……けど、トラックを護衛しているみたい。HMDは今は出せないから……スマホの方にデータを送るね』


 ピっとスマートフォンのアプリに情報が送られて来る。監視カメラの情報から割り出された僅かな情報だが、これだけでも頼りにはなる。

 しかし、何故このタイミングでポジションチェンジを……?

 わざわざ展開させるって事は作戦計画もあるはずだ、それを中断して動く意味は?最初から移動が計画されていた?何かを追っているのか?

 行き当たりばったりだが仕方がない。腹を括ろう。


「舞。……ナビゲートを。一か八かで後を追う」

『えぇ!?大丈夫なの?』

「少なくとも、相手が表通りを通っているなら一般人に紛れ込めるさ。情報がない以上、警察官で正義感が強いと言う性格の咲さんが追いかけていると言う、希望的観測で行くしかない。それに、礼もいるし」

「任せて。マスターは僕が守る!」

『お、おぅ。とにかく、サポートできるとこまでやるからお互い頑張ろう』

了解ヤー」「わかった」


 位置情報の光点を辿りながら足を運ぶ。しかし、段々人が密集している場所……所謂中心地向かっている気がする。商業地区に大使館とか、軍関係の施設は無かったはずだ。

 あるとすれば――ショッピングモールだけ。

 俺たちが普段利用する駅とは違う正真正銘のショッピングモールだ。お土産などが散立するのではない。

 スーパーに服屋、ゲームセンターに本屋まで、ジムや体育館など施設がある全六階建ての複合施設何でもあり

 だがな……護衛は確かについてるが、わざわざそんな所に。


「いや、ある意味好都合なのか?」


 相手の行動原理は分からんが、こっちにも利がある。言い方が悪いがもし何かあったとしても、一般人を肉盾として使用できるからだ。

 ぶっちゃけてしまえば、礼の身体能力で警察官の職務を放棄させてでも引っ張る事は可能。


「とにかく、相手が車だから機動力で落ちるこちらは先回りした方がいいだろう」

『了解。治安が良い近道をナビゲートするから』

「あぁ。礼、何時でも銃を渡せる準備をしておいてくれ」

「わかった」


 うん。これなら、隅に置かれているレンタル自転車を使えば問題ない。

 立てかけてある黄緑色の自転車に跨り、ショッピングモールに向かう。こればかりは標準装備されている電動アシストがありがたい。

 漕いで数分。ビルの隙間からカラフルな建物が見える。目的の場所だ。

 トラックは……いた。ちょうど一つ先の交差点に止まっている。あそこを曲がれば地下駐車場の入り口である。

 そして、入り口に立ち小説を視ながらも顔を上げる女性。腰まで届く三つ編みにキリッとした表情、夏なのにしっかりと服を着る彼女は、今自分たちが探していた小鳥遊咲その人であった。

 地下駐車場に降りるトラックを視界に入れ、隠れている柱から出ようとした瞬間に肩を叩く。

 と、同時に遠心力が加えられた拳が降りかかる。体の筋肉を利用した攻撃は成人男性の意識を一撃で刈り取る鎌であったが、パチンと礼によって片腕で受け止められた。

 眼球に力を籠め、睨みつける。それを視た咲も知り合いに拳を振った事を理解し、下がった。


「どういう事かな……?咲さん、だっけ?僕、場合によっては反撃する返すけど?」

「あ――。あ!?す、すまない。その、警戒してて……てっきり見つかったかと思って反射的に殴りかかってしまった」

「ふーん……。ほぉーん」


 グググググと力を籠める。

 やばいのでは?こんな美しい少女は車を持ち上げるぐらいの腕力を有しているのに、それを人に向けられたら。……けがをさせたら精華さんに怒られる。


『ねぇ。ちょっと、出しちゃいけない音出てるよ!?』

「ストップ礼。精華さんが言ったことを忘れたのか?腕を破壊しろじゃなくて、見つけてほしいって聞いたろ?」

「……わかった。でも――――――次は無いから」

「ち、力が強いんだなぁ」


 ポイっと投げ捨てるように手を放す。そのまま礼は胸を支える位置で腕を組む。

 一方、咲はメキメキと軋んだ拳を押さえながら、正面……正確には俺と向かい合った。


「あー、こら駄目じゃないか……海斗君だったかな?私は今仕事でな。手が離せないん」

「丸腰で?警棒も拳銃装備も持たないで追跡捜査ですか?」

「……」

「あぁ、誤魔化さなくて結構です。失踪してる事、ロシアの特殊部隊が居る事、上の対応にブチギレたこと。精華さんから聞きましたから」

「なら!わざわざここに来た!!わかっているのなら退避しろ!説得など無意味だ。私は出来る事じゃない、やりたいことをやるんだ」

「なら、俺も貴女を連れ戻してくることがやりたい事なので引きませんね」


 ……。

 地下駐車場の入り口で繰り広げられる公論。只、無意味に時間が過ぎ去っていく。幸いなのはこの時間には出入りする人影が無いと言う事だった。

 このままじゃ埒が明かない。双方そう思うのは当然であった。しかし、強硬手段を取れないのもまた事実。


「とにかく、中に入るぞ……。このままじゃ平行線だ。それで良いだろ、少年」

「まぁな」

「逃げようとはしないでね?とは言っても僕から逃げられるとは思わないけど」


 上目でお辞儀をするかのように前のめりになる礼。


「礼、さんだったか。その、何かこう……胸を張って出来ない事をしてないか」

「……?胸なら張ってるけど?」


 そうして、自身の胸を寄せ谷間を作る姿を視て「何でもない」と返しエレベーターに向かって歩みを進めた。

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