34節 ゆずきちゃんは視た!
「咲さんが行方不明……ですか?」
何時もは静かな朝である。毎日6時半に起きる事を習慣としている海斗には、目覚ましなど使用せずに起床することが出来る。だが、耳に届くのはセミの音と鳥の鳴き声が混合したものではなく、着メロで設定したゲームのオープニングだった。
ガバっと半身を起き上がらせ、左手で目を擦りながら右腕で携帯を起動する。着信画面には石竹精華の文字が。反射的にベットの端に腰かけ背筋を伸ばす。
普段より早く起こされた事にちょっと不機嫌になりながらも、小さくため息をしながら緑のボタンを押した。
余程慌てているのだろう、息を切らしながら「咲が行方不明なの」と問いかけてくる。
「えぇ、咲の事を先輩と慕う警察同僚(こ)から連絡があって、自宅に帰っていないみたいなの」
「自宅に……でも咲さんって警察の、特殊な立場の人間なんですよね?それなら、守秘義務とかで」
「それは無いわ。だって、同じ部隊の人だもの」
あー。咲を先輩として慕う。同じ部隊。この情報で推測できるのは二日前に邂逅したSS部隊に居た黒髪で長髪な女の人であろう。
「咲の顔は知ってるわよね?」
「まぁ、三回ほどお会いしたことがあるので」
二回目は戦場で銃を突きつけられてだけどな。と、皮肉が口から出かかるがぐっと飲み込む。この人に言っても意味ないし、交戦前に特殊部隊と情報を手に入れていたから速攻で逃げると選択肢が出てきたわけだし。
「でも、こちらに報告されても手伝えませんよ。手伝えてもたった三人で町全体をカバーするわけにはいきませんし、精華さんが動いた方が伝手もありますし宜しいのでは無いのでしょうか?」
「それがそうとは言えないのよね」
「と、言うと?」
「SS部隊知ってるわよね?機械生命体対策部隊の。で、その事なんだけど……これからしばらくSSは活動を停止するわ」
「……はぁ!?」
叫び声をあげたのち急いで口を塞ぐ。まだ、六時半行っていないから舞も寝ている時間であろう。礼は耳が良いから起きたかもしれないが二階で騒ぐのは余り得策ではない。
エアコンの電源を消し木製のドアを引いて廊下に出る。そのまま床を軋ませないようにそっとリビングに降りていく。ここならば多少話していても問題ないだろう。
「どうしたの?」
「いえ、ちょっと。何分朝早くからですので」
「あ、ごめんなさい」
「いえ、お気になさらず」
「……わかったわ、話に戻るわね。確かに海斗君の指摘はもっともよ。けれどこっちの方も容易に動けなくなってしまって」
「いやな予感し間しかしないんですが」
「SSが停止したことによって機械生命体が出た時に、私たちが出撃しなくちゃいけないんだけど……簡単に言うとSSが復活するまで町の警備はこっちもちよ」
「は?他にも警官居るでしょう」
聞いたと所によると、この件に関しては一部政治家も危機感を覚えていて警備するように依頼したと。他にも部隊はあるんだけど特殊急襲部隊(SAT)は対テロ用だし、機動隊は治安維持専門だし。
つまり、対機械生命体戦闘が出来ない。SATならば踏ん張れるかもしれないが、治安維持隊に任せるのには荷が勝ちすぎるだろう。盾と警棒で対処できる訳ないだろ。
何故、こんなひどい事になるまでほっといてたんだホントに。もっと予算回してやれよ……。
「その……お疲れ様です」
「えぇ、あ。もう一つ……これは貴方に関係がある事なのよ」
「はい……?」
「咲が消える前、ロシアの部隊……スカーレットクイーンが寄生体を探しているらしいのよ」
「日本(ここ)で?」
「えぇ、裏取引がある事は確定ね。それを知って咲たちが防ごうとして潰されてらしいのよ。どうやら一般人に被害が出ても見逃すそうよ」
「殺害許可証(マーダーライセンス)を持ってるんですか!」
日本の政治家ガバガバすぎないか。
はぁ、しかしどうしてわざわざ日本に来てこんな事を行っているのだろうか。そもそも現在のロシアは内戦一歩手前状態で他国に軍を割(さ)ける余力がないはずだ。また、名持ちの部隊が駐屯しているのも可笑しい。
万が一があったさい、朝鮮戦争時の韓国のように日本国内で臨時政府を立てるつもりなのだろうか?当時は山口県に建てる予定だったとか聞いたことがあるが、米軍の庇護下にある我が国にロシア政府が大規模に足を踏めることは出来ないと思うが……。
「そして肝心(かんじん)な事なんだけど、その舞台が明日街中でパーティを起こすみたいなの。とっびきりの花火を持参して」
「……戸締りキチンとしときますね」
「それだけが伝えたかったの。どうか、無事で居てね」
ブツと電話が切れる。携帯を机の上に置き何となく感じた気配を頼りに後ろを振り向けば、全裸の礼が佇んでいる。シミ一つない肌に大きな乳房、クビレた腹に弾力のありそうなお尻を惜しげ無く晒していた。
そう言えば礼は服を着ないで全裸で寝てるんだった。流石に一週間以上一緒に居れば目に見えて狼狽(ろうばい)しなくなるが、反応しなくなるわけではない。
マジで、他人が止まりに来た時泣くぞ俺。まぁ、家に泊まりに来るが学友なんていないが……。
……で、いい加減着替えてくれないか?何時もなら胸の宝石からラバースーツを形成するのだが……。その想像は半分正しく、クリスタルからひらひらとした一枚の布を取り出した。
エプロン?白い色の前掛けを肌の上から装備し横に並ぶ。
「え?もしかして料理の手伝いしようとしてる?」
「ん?舞から男性と料理するときはこれが正装だと聞いてな……どうだろうか?」
「どうもこうも無いし、油跳ねとかしたら焼けどするだろ」
「問題ないよ。魔力があるからね」
魔力万能説。ホント法則無視してるよなぁ、一体どんな原理なんだか。
ご飯を三合(さんごう)入れ、冷蔵庫からセールで安かった鮭(さけ)を取り出し塩を振って焼いていく。
「礼、電話の内容聴いてたか?」
「もちろん。僕は耳が良いからマスターの声も電話から聞こえてくる精華さんも声も聞こえてたよ」
「だよなぁ。ホント最近は高校生が背負うには荷が重すぎる事が多い」
「逃げてもいいんだよ?」
そうして背中に柔らかい感触。後ろから絶妙な力加減で抱き着かれていた。
「すべてを投げ出して逃げる権利がマスターにはあるはずなんだ。だから……」
「その全てに礼も入ってるんだろ?俺そんな薄情者に見えるのか」
「そんなんじゃ」
「確かに疲れた。けど、九年前にはそれよりもっと辛く悲しい事を経験した。だから、さ。せめて今残ってる家族とかお世話になった人とかに、多少なりとも恩返ししたいって思ってるのさ。それに」
「それに?」
「寂しがり屋だって言ったろ。要は自己満足さ、だから礼ももっと頼っていいんだぜ」
人間の首可動域は狭い、故に後ろから抱き着いている礼の顔色を伺うことは出来ない。けれど、こちらの背中に顔を埋め小さく「狡(ずる)い」と呟いたのが届いた。
今頃、リンゴのように赤らめてるんだろうな。
そんなことを考えながら鮭を焼く火の手を止めた。
「ふふふーんふふふん、ふるふーふうふーふー」
関東統合都市の中にある商業地区。雲一つない青空から灼熱の太陽光が降り注ぐ。大きな道路に整備されたインフラ、右往左往する大勢の人を見下げながら大由里ゆずきは口にソーダ味のアイスを含んでいた。
建設途中のビル。その手すりに腰かけブラブラと見た目相応に足を揺らし下界の様子を観察していた。
上から俯瞰(ふかん)する、これは情報収集においての基本だ。思った以上に視界が広いし、尚且つ全体的な動きを見ることが出来るからだ。無論デメリットもあり、人間の視力では遠すぎると一つの場所に注視することが出来ない……けれど寄生体の視力を持ってすれば1キロメートル離れていようが朝飯前だ。
何時もであれば遠い思い人の初印象時を払拭すべく、デートスポットに関して想像を膨らませるのだが今日は違った。
「ふぅんー。マギエンジンですかぁ……それに周りにいる人間は明らかに一般人ではありませんねぇ。こーん何離れているのに臭いますねぇ……生臭くて鉄臭い戦場の匂いが」
大きな業務用トラックの荷台に固定されたコンテナ。人間の五感には異常反応は感知されない……しかし。
「そんな合金(おもちゃ)で囲んだとしても漏れ出るマソとマナは隠しきれて無いですね。そんなガバじゃ、機械生命体集まって来るのが考えられないんですかねぇ。あーそれとも、それが狙いですかぁ」
駐車している場所近くに腰かける一人……赤髪赤目の女性。あれは、気づいていないでしょうが私と同類ぽいなぁ。しかし、反応が薄いですねぇ眠っているのでしょうか。
なるほどぉ。大体目的がわかりましたよ。まぁ、人が何人死のうが私には関係のない事ですが。
「デート計画を潰されるのはぁ……イラつきますね。かと言って助ける義理もありませんしぃ。お、丁度良い所に正義感が強そうな人がいるじゃないですか」
屈強な兵士が護衛している中、見つからずに監視をする長身女性。その顔に覚えがあり立ち上がる。
そのまま、地面に背を向けゆっくりと飛び地面に落下していった。
「よっと」軽い声が漏らし、着地と同時に身体能力を強化し受け身を取ればたった60メートルちょっとの高さからの自由落下(フリーダイブ)など楽勝だ。
多少離れた場所に着地し。
「こーんにちはぁ」
「っ!?」
「元気ですかぁ?捜査でもしてたんですかぁ、ねぇ咲さん」
肩をポンと叩き目の前にいる女性……小鳥遊咲に向かって目を細め微笑みながら話しかけた。
ほッと勢いよく振り向きながら腰に手を当てる咲だったが、空を切る。大方(おおかた)銃を抜こうとしたのだろうが、指先から伝わるのはプラスチックではなく布。
おぉ、怖い怖いと両腕の掌(ひら)を見せながら距離を取る。服装を見ればワイシャツにジーンズ、ブーツと比較的動きやすい格好をしている。
「お前、ゆずきか」
「あー、覚えててくれたんですかぁ。こんなにうれしいことは無い……っ」
「明らかに棒読みすぎるセリフだな。頭ぶち抜かれて上にビームライフルでも撃ってるのか?」
「毒舌ですねぇ」
「構っている暇がないだけだ。正直、今すぐにでもお前を保護したいが私にはやらなくちゃいけないことがある。明日までに何とかしないと」
ふーん。彼女はこちらが何もしないのをわかると視線を戻し、ポーチから双眼鏡をとりだし観察を再開した。何(なん)か私が無視されるの、気に食わないなぁ。
「じゃあ、あれの中身を知ってるって事ですか」
「知っているのか……教えてくれ!あいつら、スカーレッドクイーンが何をやろうとしているのかを。建物だけはいい、けど一般市民に被害が出るのは避けなくちゃいけないんだ」
「……見直しました。結構熱血漢なんですねぇ」
「漢(おとこ)ではないがな。で、早く教えてくれ」
「へぇー」
押しが強い人だなぁ。けど、確かにあいつらはここで戦闘行為を行う気満々だろうし、デートプランを壊されるのは気に食いませんね。なら、この警官にたくらみを話して対処してもらっちゃいましょうか。そのほうが楽ですし。
目を細め唇を吊り上げ、顔に暗黒を灯すさまはさながら悪魔のようであった。
「マギエンジンって言うんでしたっけ?それをここで起動させて機械生命体をおびき出すつもりみたいですよぉ。夏まつりにはいい時期ですねぇ、
「な、しかし機械生命体のデータが取りたいならこんな街中で」
「そりゃ、人間がいないと寄生体が寄生できないじゃないですかぁ。予想ですけど、寄生体が人間に襲っている間に捕獲してお持ち帰りするつもりなんでしょうね」
「はぁ!?まさかそれで人命に関する裏取引が……どこで情報を手に入れたの知らんが、提供感謝する」
「ぁ。一応忠告しておきますね」
少し声を上げ、銃で狙うかのようにある人物を指す。
差された先には、赤髪赤目の少女。
「あの人には近づかない方が良いですよぉ。私と同類なんで」
「同類ちょっと待て」
「はい!ストップですよぉ。そんなべらべら喋るわけないじゃないですかぁ。一般人は面倒ごとを避けるためにとっとと下がりますよ」
「……気を付けろよ」
人間であるあなたの方が気を付けるべきなんですけどねぇ。
咲に背を向け遠ざかる。ある程度距離を取ったのち、カメラの死角を練ってマンホールにたどり着き40キロを超える蓋を持ち上げ、飛び降りていった。
「ふーん。あ、そうだ。良い事思いつきましたよぉ。いや、助言?とにかく先輩にさっきの事を連絡しますか。死なれても困りますので」
そう言ってブレザーのポケットからスマートフォンを取り出し、所々暈しつつ文字を入力していく。
しかし、咲と出会った。そうメールに書いてしまったことにより、ゆずきの想像を超える事態に発展するのを彼女は想像できなかった。
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