33節 正悪(ホバク)


「くそっ!」


 白く清潔感のある部屋だ。所々にソファーと机、広さも十分にありパーティーを行えるほど広々としていた。しかし、室内に居る人間は白い壁とは裏腹に、一人残さず影を落としていた。

 ドンと拳を叩きつける音が警察署内に響く。機密保持の関係上、ほとんどの部屋が防音使用になっているとは言え、イラつき壁に当たる姿は公務員として適切な姿では無かった。

 しかし、八つ当たりする警察官……小鳥遊咲たかなし さきをとがめる物はこの部屋には居ない。いや、性格にはほかにも人間が室内にいる。がしかし、ほとんどの人が顔を伏せ苦虫を嚙み潰したような表情を見せていた。


「何が!ロシア部隊が!国内で起こした被害を!許容しろだと!建造物被害ならまだしも、誤射による一般人の死体はもみ消せだと……っ!」


 ダン!ダン!ダン!と美人が拳を壁に叩きつけるさまは見ていて痛々しかった。几帳面に手入れさてている掌が視界と同じように赤くなる。そのままこの使えない右腕の骨を粉砕するかの如くもう一度振りかぶって打ち付けた。

 響いたのは破壊音ではない、感じたのは堅い壁の感触ではない……痛みが来ない事を疑問に思い、ブクブクと気泡が上に上がるように意識が浮上していく。取り戻した理性で捉えたのは、自身の拳と壁の間に挟まれたもう一人の手。恐る恐る左を見て視れば、友達そして同部隊の副隊長である杉野彩すぎの あやがクッションのように包み込んでいた。

 下敷きになっている、彩の甲は痛々しく紫色に変色している。


「先輩!そんなことしても解決しませんよ!落ち着いてください」

「あ……。あや?ぅ、ぁ。私はなんてことを」

「つぅ。大丈夫です。いやちょっと処置が必要ですが問題ありません。落ち着きましたか?」

「あぁ。情けない所を見せてすまない……」


 だらりと支える力が無くなり腕が下がる。彩と呼ばれた童顔どうがおの少女は腕を押さえながらも、子供をあやすかのように一緒に手頃なソファーに向かい合って着席をした。

 ポケットの中に入っている常備応急手当セットの中から包帯と液体が入った袋を取り出し、振って化学反応を起こす。中に入った薬品と水が合わさり吸熱冷却反応が起こった事を確認してから包帯で縛って固定。


「先輩。どうやらこちらが嗅ぎまわっているのがバレてしまったみたいで……申し訳ありません」

「いや、良いんだ……」


 まるで、このまま放って置いたら衰弱しそうなほど覇気がない咲。

 もし、この場で精華せいかが居たのならば真面目でため込む性格だと知っているため、無理やりにでも休暇を取らせただろう。しかし、この場には誰かを助けたいと思う正義感で集まった面子。

 だからこそ、この命令には賛同しえなかった。

 さきほど述べられた命令に付いて思い返す。


 ロシア人が日本で権利を利用し何かしていることは掴んでいた。無論、合同部隊なんてものがあるからそこら辺は問題ない。

 しかし、その合同部隊以上の人員……それもロシア軍特殊部隊であるスカーレットクイーンが極秘入国していて、それを気付いているのに上層部がほったらかしにしているのが問題であった。

 何か日本国内で企んでいるのではないか?そう思った我々は極秘裏に調査を開始する事にした。

 只の警官だったら調査のち文字も出来なかったのだろうが、これでも私達は特殊部隊SS。それなりの人脈と収集力は持っていた。指揮は十分、そしてスカーレットクイーンが入国していることを確信したところまでは良かったのだが。

 警視監を務める板垣貴行この男は我々が思うよりずっと深くつながっていたらしい。

 呼び出された咲たちSS部隊員に出された命令の内容は到底受け入れられないモノであった。


『何ですか……これはっ!SS部隊を全面的に停止する!?何をおっしゃっているのか理解しわっかいるのですか?』

『無論だとも咲君。君たちは優秀だ……いや、優秀すぎなのだよ。飼い犬が他所のお客さんに迷惑を掛けたらしめるのは、社会の常識だと思うがね』


 タヌキのようにでっぷりとした腹を突き出しながら目の前に居る中年男性は、してやったりと思い切り煙草で汚れた唇をニヤリとあげた。


『良いですか!SSは機械生命体の対策部隊ですよ。それが活動を停止すると言う事は、機械生命体が現れた際に出動が出来ない。つまり、一般市民が犠牲になるのを見過ごせと!』

『機械生命体など落雷が頭に当たるような事故のものだ』

『一般警官は治安維持の最低限武装と逮捕術しかないんですよ。警棒で装甲車並みの装甲を持つ相手に戦えって言うんですか!』


 はぁ、と小さくため息をつく男性は胸ポケットから煙草を取り出し火をつける。フーと白い息が広がるまるで見下すように、お前らなんかこの煙のように引き裂くことが出来るんだぞと。


『あのダネ咲君。やめさせられないだけありがたいと思えよ?な?やろうと思えばお前らをすりつぶせるほどの権力、武力、資金力を俺は持ってるんだぜ?良いから黙って観てろよ。な?』


 このクソ男……爪が食い込むほど握りしめたのを見て男は、怒っているのかい?まぁまぁと腕を振るい。


『安心しろ。停止とは言ったが廃止するとは言っておらんよ。ロシアが出ていくまで君たちはゆっくりと、茶でも飲んでいればいいのだよ』


 ははは、そんな笑い声を浴びせられながら部屋を後にしたのだった。


「一応戦闘技術に関しては私たちがトップです。しかし、装備取られちゃいましたね……」

「あぁ、一応公務品だからな……。装備の持ち出しには許可が必要だ」

「それに、公務員が私物で銃器を所持することは法律違反ですし」

「くそ、連中が二日後。何か行うことは掴んだのに……っ」


 今まで散々ネズミやゴキブリのようにカサカサと日刷り廻って逃げていた奴らが、尻尾を見せたと言うのに。どうやらその作戦は休日の街中で行うらしい。それも地上で。

 作戦エリア範囲にはショッピングセンターや雑貨店など、様々な店がありにぎわっている所だ。それも今月末まで関東統合都市内の学校は全て夏休みに突入している。

 もし、もしも奴らが企むことが防ぐことが出来なければ……大勢の一般市民を犠牲にしてしまうかも知らない。


「新田。装備の調達はどうなっている?」

「はい。隊長、現在は有識者からの支援によって何とかかき集めている次第です。しかし、量の多さに行政に見つからないように運ぶとみますと……最低一週間かかるかと」

「く、わかった。とにかく準備ができるまで待機だ」


 そう言い残し部下に背を向けて退出する。もし、もしもこの時咲の顔を見れたのならば、決意に満ちた表情をしているのわかっただろう。まるで死地に飛び込むような危うさを持って。

 さて、こんな非現実味なし礼を出して現場は混乱しないのだろうか?答えはNO。確実に混乱する。

 なおかつそんな話が箝口令として一般市民に伏せられていたとしても、警察官や関係者……特に自分の命を天秤にかけ危機には敏感な民間軍事会社(PMC)が気づかないわけないだろう。


 元々は市民ホールであった最上階の一室。大きくも整理整頓がされ余分なものがほとんどない部屋の中、四人の男女が密会をしていた。

 安物の椅子に座るピンク色の髪をした長髪長身女性。その向かいに髪先が青く前身に筋肉を付けたナイスガイ。やや肌が浅黒いが瞳には賢さの光を灯す長身男性。そして、その横で前髪で顔を隠した少年のような背丈の男。

 そんな中、机の上にある封を開けた資料を持ち上げ、目の前の男性に問うた。


「……。これは、本当、なの?」

「事実だ。大方お偉いさんは賄賂でも渡されたか、人質を取られているか」

「全く。老害が……こんな時にも邪魔しやがってなぁ」


 石竹民間警備会社の実態は軍事会社に等しい。いや、対人戦の経験は少なく機械生命体の殲滅に趣を置いていることから警備会社で間違いはないのだが……。

 それでも今日こんにちまで三桁を超える社員をやしなってこれたのは、司法と警察の連携の賜物であった。

 安定した収入、福利厚生、地域の信頼獲得など、どれも精華一人では無し得なかったもの。

 無論、打算込みだとわかっている。機械生命体で職場が崩壊し収入を失ったものが傭兵となり、戦闘で無くしてもいい人的資源が無い警察人事部。利害の一致と言う奴だ。

 どちらも手を離したら空中分解してしまう。だからこそ手を強く結び、情報連携も強固だった。故に普段取らない混乱をしている警察官に感ずけたのだ。


 突撃部隊副隊長である冷泉仁れいぜい じんから受け取った資料を読み瞳孔が揺らぐ。

 端的な感想と言えば、同じく突撃部隊隊長である獅子王陸ししおう りくが吐露した言葉と一言一句同じであった。

 政治家は中世ヨーロッパ並みの価値観しか持っていなのであろうか。市民を金ずるしか見ていなく死んでも畑からとれると。


「直樹……これは、本当なの?」

「はい。この情報の本出が現行の政治家と一部有識者金持ちかと思われます。流石に上級国民達もSS活動停止には、開いた顎が閉じないようです」


 それは、そうでしょうね。精華は確信を持って頷く。

 SSはもともと政治家を守るために作られた苦肉の策。機械生命体の襲来の影響によって自身の案命が脅かされると知り、まずは防衛力を高めようとした。

 そのためにまずは、日本の中で一番戦闘が出来る組織……。当時は自衛隊と呼ばれている盾を強化しようとした。しかし、憲法九条や目はあるはずなのに盲目な人間がいるせいで予算人員増大案は否決。今では国防軍と名前を変え、潤沢な武器や装甲兵力を所持しているけれど軍事費はGDP三パーセントと定められている。

 これがだめならどうすればいいか?一般市民に誤魔化しが効き、尚且つ武力を避ける場所。

 そこで目を付けたのが警察省であった。一般市民を守る特殊部隊を設立したとすれば、名声や大義名分にも都合が良かったからだ。


「で?情報渡すそれだけじゃないでしょう?わざわざこんな事リークするんだから……。ろくなこと依頼してくるんでしょうけど」

「あぁ、老害さんはSSがいない間僕たち年上を守ってほしいそうだ。相変わらずの自己保身だな反吐が出るぜ」

「まぁ、一部まともな奴がいるのが救いでな。簡単に言ったら町の護衛だ。報酬も弾むそうだ」

「報酬なんてどうでもいいわ。ともかくまずは人道が先よ。とにかく全員呼び出して」

「海斗君達はどうするんですか?海斗はアルバイトですけど、礼っては内所属ですけど」


 あぁ、確かに。

 礼には身分証が存在しない。そもそも人間ですらない。

 礼の出身には大方軍の実験で生まれた物じゃないかと予想が付いてはいる。けど、だからこそ何かあった際、隠れ蓑に慣れる身分証明書が必要だった。

 難民を効率よく管理するために改正された身分証制度によって、確かに文月礼と言う人間はわが社にとって信頼できる人だと証明がされている。が、それを認証するには石竹民間警備会社に所属しなければならなかった。

 確かに礼の力を借りられれば荷が安く済むだろうが、それで彼女が幸せになるかと言われれば違うと思う。そんなん私の主観認識だし、何より石竹精華わたしの心情には出来る限り子供は幸せになってほしいと思ってるから。


(けど、類は友を呼ぶって言うし……巻き込まれるんだろうなー。せめて覚悟が出来るまでは)


「なしよ。当たり前でしょう?未成年だもの」

「ふ、だよな!流石うちの社長。こんな事するより教員が似合ってるぜ!」

「それは社長に対する嫌味なのか?」

「いやいや。あ、でもこんな別嬪さんに蔑まれるっていうのも……ちょっといいなぁ」

「なにを言ってるんですか獅子王さん!?」


 そうして大人たちは先を見据えて進んでいく。

 そして……子供たちも先日の反省を生かし歩もうとしていた。


「はいこれ」

「これはHMDか……」

「うん、反省の結果を反映して集光機能に電波強度を高めて地下でも通信、およびナビゲーション出来るようにしたんだけど……どうかな?」

「へぇ。外見変わってないんだな」

「まぁ、二つの機能しか追加してないしね。赤外線の暗視装置も追加したかったんだけど……重量肩になるし、機材も大型するからそれは入れられなかった」


 妹から受け取ったヘッドマウントディスプレイを受け取り外装を見回す。確かに外見に差異は無い。今まで使っていたものと同一のものだ。が、しっかりと機能は追加されていて左側にあるスイッチを押すと集光モードに切り替え、暗闇の中でも視界を確保できるようになっていた。


「後ついでに……これは礼ちゃんの事なんだけど」

「僕?」

「うん。礼ちゃんは確かに突破力があるし攻撃力が高い、けど息切れも激しいでしょ」

「確かに、僕は魔力が無いと人の平均より虚弱になる」

「かと言って魔力を補給するためには兄が近くに居なければならない、だけど礼ちゃんはバリバリ接近型。ヒットアンドアウェイはキツイ」

「それに僕は遠距離攻撃手段が皆無と言っても等しいからね」

「だから、いっその事戦況に応じて前衛後衛を切り替えよって話」


 舞の話は確かに納得がいくものであった。確かに礼は戦車のような性能だ。高い突破力と俊敏性を生かした電撃戦ブリッツクリークを得意とする。しかし、燃料と弾が切れれば木偶の坊とかす。いや、戦車は装甲がある分まだ盾として利用できるかもしれないが、寄生体の場合、魔力が無くなった際に防御力も著しく低下する。

 その点、人間である俺は確かに生物なので体力が存在するが数秒で息切れ攻撃不能状態はない。


「一週間前だったらこんな提案しないんだけど……兄の身体能力が上がったのが一点。礼ちゃんと近くにいないといけないのと近いほど双方の自然回復速度が上がるのが一点」

「傷の直りが速いとは思ってた。昨日馬鹿みたいに走ったくせに筋肉痛の一つも無いからな」

「マスターは僕と契約した影響で、僕の細胞を取り込んでる。だから、僕が近くにいると繋がりが深くなってその影響で魔力が流れて、細胞が活性化されるんだと思う」

「それに、精華さんから近接銃術だっけ?精華さんから半ば強制的に教えられたんでしょ?」


 近接銃術。

 元ネタはどっかのエロゲ―とアメリカ映画に出てくるものらしいが、それを現実的に実用的に改変したもの。

 主に屋内や密集地域など、主にハンドガンの有効射程である50メートル内を想定した格闘術で、おもむきはどれだけ貴重な弾を節約しながら敵に致命傷を与えられるかを追求したものらしい。

 格闘にナイフになんでもござれ。とにかく戦闘において倫理観とか言ってる場合じゃないだろ格闘術である。

 確か精華さんに出会ったころだから……7年前か。あの時はまだいろいろあったからなぁ。


「あと、礼ちゃんが胸に仕舞ってる武器もちゃんと確認した方がいいと思う。種類とか数とか」

「それは確かにな。取り出した武器が弾切れとか、整備不良で排莢不良ジャムとか死にかねないからな」

「え?」


 そう言って向き直る二人に明らかに狼狽する礼。

 顔を赤らめ内ももを擦り付ける様はむっちりとした外見と漂う妖艶な空気とは対照的で、可憐な生娘な反応であった。


「何か不都合があるのか」

「え。無いけど。その、体内に腕を突っ込まれる感覚にぞわぞわすると言うか」

「うるさい!おとなしく私にその上半身に付いたGカップの胸揉ませろ!」

「また始まったこりゃ」


 そうして、てんわやんやしながらも夜が過ぎていった。

 そして、翌日に海斗たちは目を丸くして目覚めることになる。


 精華からもたらされたSSの停止と親友である咲が音信不通になった事を。

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