32節 ガールズトーク


 薄暗く乾燥した部屋。外では体を舐めつくような暑さがあるのに、ここでは真逆で半袖では肌寒く視界の不備も重なり見る人が見ても不気味に感じるだろう。

 そんな薄気味悪さと共にブォーとLEDを伴いファンが冷たい空気を、深呼吸するかのようにたくさん取り込もうとせわしなく動いていた。

 ゲーム画面を見入っていた舞は、部屋の電球が付いたことにより後ろに誰かが居ることに気が付いた。

 あにだろうか?いや、違う。兄は基本こちらがモニターに向いているときは、集中を妨げないために灯りを付けない。それに右下に表示されている時間はまだ二十時、お風呂から上がる時間ではない。

 キーボードから手を放し、ピンク色のヘッドホンを下にずらし。


「珍しいね。こんな時間に来るなんて。礼ちゃんの事だから、てっきり性的に襲ってるもんかと思ってたんだけど……ね?」


 ゲーミング用チェアに深く腰掛けながら、画面に反射したドアを開けたまま佇んむもう一人の家族。文月礼に話しかけた。


 今日のマスターはおかしかった。何かこう辛いものを必死に隠しているような。

 文月礼は寄生体であり実吹海斗の接続者コネクターである。二人は魔力的に繋がっていて、彼女が消費した魔力をマスターから持ってくることで生存している。が、繋がっているのは魔力だけではない、相手の感情や体調なども曖昧あいまいながらも感じ取れるのである。

 故に、僕はマスターがマスター自身を自己攻撃しているのを理解してしまった。

 何がいけなかったのだろうか?僕が弱いから、それとも女性関係に口を出してしまったから?

 理由が知りたいと思った。単純な探求心だ、けど彼が自分に話してくれないことは分かっていた。


「……ッ」


 舞の部屋とネームプレートが掲げられた木目調のドアノブを、下げようとして手を置くが一度離す。

 別にマスターの妹と僕は不仲と言うわけではない。たまにマスターに振り向いてもらえるようにお話作戦会議したり、その対価や練習として胸や太ももを枕にされるだけ。

 いつも道理どおりに話をして終えるだけのはずなのに僕は、いつも以上に緊張をしていた。

 視線を下に下げ考えこむ。

 果たしてこの問題に僕が入っていいのだろうか?確かに僕とマスターは家族だ。けど、それにしても知らないことが多すぎる。一週間の関係と言えど過ごしたのだから知りたいと思うのは罰になるのだろうか。

 けど、善悪の判断でさえ出来ないからこそマスターでは無く一番身近に居る妹に聞きに行こうと考えたんだ。それは単純に怒られたくないからと安易な考えで。

 でも、過去の話を無理やり聞いてたった一つの安住の地を壊すのも。

 無垢材むくざいで出来たフローリングを微動だせずに、しかし精神は炎のように揺れ動き視線が定まらないまま立ち竦んでいる。

 そんな時、手を置いた影響かはたまた偶然か……まるで客人を持て成すようにゆっくりとドアが開いて行った。目の端に取られた礼は腕を引っ張られるように部屋の中に入ったのだった。

 境界線を越え踏み入れると途端に肌を刺すような寒さが少女を襲う。

 僕は機械生命体だから寒さには強い。氷点下でも裸体で過ごせる自信はあるけど、感覚が死んでいる訳じゃない。

 まる不視の壁を作っているように感じた。

 それでも少女は視線を上げこちらに背を向けているであろう、ご主人の妹に定める。

 女性の中でもさらに小柄な舞はゲーミングチェアの背もたれにすっぽりと収まり、姿は見えない。暗闇の中、顔色を伺うにはゲーミンググッツだけでは心もとない。

 確か灯りの電気スイッチがドアのすぐ横にあったはずだと、礼は右腕を使い手探りで探す。バネのような弾みとプラスチックの感覚に、これだと押し込んだ。

 パッチと雲が晴れたように明かりが付き部屋を照らす。


「珍しいね。こんな時間に来るなんて。礼ちゃんの事だから、てっきり性的に襲ってるもんかと思ってたんだけど……ね?」


 舞も気が付いたようでヘッドセットをずらし、こちらを見ずに一言言った。


「それは……確かにそっちの欲が強いのは認めるよ。けど、それ以外に話したい事があって」

「話したい事……?」


 カチカチとまうす?を操作し終え、足で蹴ってこちらにグルンと振り向く舞ちゃん。

 白く猫耳が付いたモフモフとしたパーカーを着ていた。いや、前のチャックを全開で隙間から白い肌と平均よりちょっと大きめな胸を支える、フロントホック式留め具が前に付いてるピンク色のブラジャーが視えるため羽織っているのが正しいのか。無論下も着ていない。同色のパンツがさらされていた。

 眠たそうに瞼を細める彼女は後ろを指す。ドアを閉めてと言う事か。確かに開けっ放しだったねと思いながら閉めた。後から聞いた話なのだがあの時、扉を閉じたのは言外に兄に書かれたくない内容だからと悟ったかららしい。その気ずかいも気が付かないほど、僕は心臓の鼓動が激しかったんだ。


「まぁ、立ち話もアレだしあーそこのベットに座ってよ。寧ろ巨乳の礼ちゃんの匂いが付くから本望で、へへへへ」

「わかった」


 僕は少し進んでパソコンの斜め左側にある、|薄いピンク(石竹)色のベットに腰かける。低反発の寝台が振動を介してきて太ももの肉が揺れる。本来だったらここから誘惑に付いて話す所なんだけど……。


「舞ちゃん」

「あいあいー」

「……マスターの過去について知りたい」

「――。へぇー?」


 右手の甲を口元に寄せながらいつも道理の声色で返答してくる。しかし、目が笑っていない……その瞳には光が灯らず、只無機質にこちらを反射しているだけであった。


(墓穴を掘った?けど、このままじゃあ引き下がれない。マスターの手がかりを手に入れるまでは)


 明らかに肌から伝わる温度が変わる。怖がっている、僕が?こんな幼気な少女に?

 いつものオドオドした口調でもなく、業務用の淡々とした声で短く静かに口を開いた。


「何で知りたいの?」

「……。今日、あの赤い髪の人に出会う前、変だと思わなかった?」

「何が?」

「確かに表面上には変化はない。けど、僕は繋がってるからわかるんだ。マスターが明らかに精神的に不安定になってるって」

「……」

「だから、せめて。せめて、マスターの助けになりたい。そう思った。そのためには僕はマスターの事を知らなすぎるから」

「だから……聞きたい、と?」


 彼女が見ている僕の体景色は外側ではなく内側ではないか。自身のすべてを見られているのではないか、そう錯覚するほど注視していた。けど、それがどうしたのだ。僕に隠すことなんてない。僕はマスターの物だから、望まれれば手足や子宮……命でさえ差し出そう。

 舞の視線を正面から受け止める。時間にして須臾しゅゆ、体感では数分の見つめ合いを経て。


「ふふ」


 ニコリと今までの雰囲気をき消すようにほほ笑んだ。


「そ、か。そうなんだ。うん……なんて言えばいいんだろ」

「えぇと?」

「ん?聴きに来たんじゃないの?ほら、リラックスして。背筋に力入ってるよ」


 舞は椅子から立ち上がり、僕の腰を優しくなでる。いつの間にか背筋を伸ばしていたようだ。

 よっこいしょ、そう言い彼女は僕の隣に座る。


「ごめん。ちょっとうちの家計と過去は複雑なんだよ。そんなにめったに明かせるわけじゃないんだよね」

「そうなの」

「うん。けど、さっきの精神的に不安定って問いには答えられそうかな」

「ほんと?」

「多分、てか絶対過去の事が原因だね」

「じゃあ、それを解決すればいいって事かな」

「それは問屋とんやが卸さないってね」

「え?」


 僕が隣を振り向くと同時に手を包み込むように両腕で握る舞。まるで自分にも言い聞かせるように声を出した。


「兄は自分で何でも抱え込むくせに、誰かに相談なんてしないんだ。そしていつもいつも傷ついて」

「じゃあ、僕が」

「それは無理だよ。親しい人間だからこそ余計に自分の事を吐露しない。そう言う人間なんだ兄は」


 上目遣づかいでこちらを見ながら。


「だからこそ、傍に居てほしい。珍しくかったよ、あの兄がスグ警戒説いて自分の家族だって言う所」

「そうなの。てっきりあのままの性格だと」

「そんなわけないじゃん。兄は利己主義りこしゅぎだよ。己が利益のためなら赤の他人を蹴落とす。そんな人間。だからこそ、自分にとっての味方が大切なんだよ」

「でも、それでは」

「そうだね。けど、案外知らない誰かがポンと答えを出したりするかもしれないよ」


 そう話し、トランポリンの要領で飛びながら立ち上がる舞。どうしたの早くいかないとお風呂出てきちゃうよ?と身振りで退出を動かす。パソコンの横にある電子時計ではもう既に20時を指していた。

 目を丸くしながら立ち上がり、軽くお礼を言ってから礼は脱兎のごとく服を脱ぎながら洗面所に向かった。


「はふぅ」


 一人残された舞はゲーミングチェアに座り直し、モニターに向き合う。けれど、マウスを持ち上げようとしたところで動作が止まる。

 過去ね……。


『おいおい。こんなガキが好みなのか』

『誤解だぜブラザー。俺は巨乳で可愛い女が好きなんだ。本当なら今頃ストリップバーに行ってたんだぜ』

『あぁ、まったくだ。アメリカに帰りたいぜ。まぁ、部隊を抜け出しちまったが日本人幼女をヤれるとなればお釣りがくるな』

『あぁ、それに俺達戻っても最前線に送られるだけだ。それだったら女犯した方がいいだろ。締まりもあるだろうな。ははは』

『ブラザー。確か精神安定剤(MDMA)があっただろ?それを使おうぜ。これを使えば30分で飛んでラリ幼女の完成だ!』


「はぁ……」


 右手を伸ばしカーテンを開ける。窓越しに見る夜空はいつもと変わらず、誰も彼も平等に見下していた。

 あの時もこんな空だったな。そう思いながらも決別する。

 ギュッと錯覚した下腹部にそっと左腕で触り。


「はぁ。ほんと、無理だわ。あんな真剣に喋るの……。私も一緒にはーいろ」


 パソコンの電源を切り、今頃騒がしくなっているであろうお風呂場に向け、歩みを進めた。

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