30節 時間齟齬
「大丈夫みたいだな……」
マンホールを少しだけ持ち上げ、隙間を作り視線と射線を確保する。銃を忍ばせながら辺りを見渡せば、コンテナヤードの一角であると言うのがわかる。どうやら、警察に追い回された地点から一キロ以上離れたと言う事だ。
警戒しながらも地面に平行に蓋をどかし、半身を地面に出してもう一度外を見まわしてから全身を
汗を
『兄!無事だった!?』
「舞」
「よ”がっだよ”お”お”ぉ。いぎなり、づうじんがぎれでぇ」
「落ち着けよ。深呼吸だって、な?」
耳に届いたのは我が妹、
相変わらず、俺と似て寂しがりやなんだから。
「落ち着いたか?」
『うん。……でも一体どこにいたの?』
「あー、地下だ」
『地下……それは盲点だった。確かにHMDは電波探知装置に引っかからない様に出力を絞ってる。短い範囲の電柱に括り付けてある電波受信装置をハックして使ってるんだけど、地面の下にはそもそも電柱はないし』
「考えこんでる所悪いが、早く精華さんと合流をしたいんだ。礼が撃たれてな、俺は撃たれてないが体力的にキツイ」
『そ、そう言えば!?』
確か、撃たれて後までは舞も知っていたはずだ。その後のゆずきとの邂逅は見ていない。今は、彼女との出会いを話すよりも逃げることが先決だ。
とにかく
『セイカさんの様子は……今、戦闘が沈静化したみたいだよ。聞いたら夏さんとセイカさん自身が回収しに来るって。ただ、少し歩いてもらうことになるみたいだけど』
「それくらいなら問題ない。疲労より命が優先だ。ポイントは?」
『それなら確か、ちょっと高めな建物があるでしょ?そこ、ここが機能してた時は従業員が居るスペースだったみたい。そこだって』
「あいよ。礼行くぞー」
銃をホルスターに仕舞い歩き始める。我が妹が言うには近くには人影のひの字もないらしい。
まだ痺れる足を必死に動かしながら進んでいる最中、少し後ろに居る礼が並走するように速度を上げ、手を繋いでいない方の手で俺の顔を向き合うように優しく移動させ、彼女は桜色の唇を動かした。
「ねぇ、マスター?やっぱり舞ちゃんと、マスターは息がぴったり何だね」
「ん?あぁ、そりゃ長年一緒に住んできたし……いや今考えれば約8年か。それだけ一緒に居ればなんとなく出来る物さ」
「ふーん。そうなんだ。……ねぇ、マスター僕にも、出来るかな。なんか瞳だけで、呼吸だけで二人がまるで一人の様に動くことが」
「難しい事を言うなー」
視線を夜空に向け考える。
礼と出会ってまだ1カ月も経っていない。家族としてはぜんぜん忌避感もないし。大変だけどむしろ、彼女がいるからこそ笑顔をが増えた。
だめだ。うまくまとめられない。
彼女の望む回答をしたいのになぜか考えれば考えるほど脇道に逸れてしまう。
数秒彼女の発言を咀嚼したのち、俺は口を開いた。
「出来るんじゃないか?難しいと思うけど……でも意思があるなら無理何て言えない。ごめん……うまくまとめらんねぇや」
「……」
見上げる視界には彼女の表情を伺うことが出来ない。
けれど俺は礼に対して笑顔でいてほしいと思ったから、正直に心で思った言葉を贈った。
ぎゅっと繋いだ手の結びつきが強くなった気がした。いや、性格には心も。
「そう、だね。僕がんばるよ!」
そう話し、少女は前を向いた。進む道には微かな月明かりが照らしていた。
よかった。彼女の助けになったようだ。俺みたいな人間も助けられたんだ。そう思い安堵していると景色がブレる。
「え?あの……れいさん?何で俺、抱えられてるんですか。それもお姫様抱っこで」
「マスターは、まだ足が痛いでしょ?だから運んで行ってあげるよ。それにこっちの方が速いし」
「魔力は大丈夫なんですかっ!?」
「
「それに……?」
「……ゆずきって人の事を聞かなくちゃいけませんから。嘘、つかないでくださいね」
その後、精華と夏に合流し礼が負傷をしていることや戦闘報告などをするために俺ら二人、そして家からわざわざ舞も来て石竹民間警備会社に戻った。
熱く重苦しい装備を立て掛け、汗をぬぐうこと無くソファーに身を任せ、
壁に固定されているデジタル時計は既に23時が表示されている。
銃弾を腹部に受けた礼だが、どうやら無事らしい。治ったのは外傷だけではなく内傷、言ってしまえば臓器や筋肉などもレントゲン検査では異常なしとされた。しかし、彼女は寄生体。人間ではないため再生したとしても安静にすることを命じられ医務室にいる。
何と、俺が入院していたあのドクターが駆け付けてくれて
因みに礼に怪我をさせたことを精華は強く受け止め、俺たちに謝ったのち慰謝料も出してくれた。他にも使用弾薬の補給やらをさせてくれた。
筋肉痛故、先ほどの医者にシップをもらい貼っていればドアが開く。音と気配に気が付き当ててみれば話材に上がっていた礼が立っていた。
「礼……。もう立っていいのか?」
「うん。大丈夫だよ!元気いっぱい!」
「はしゃぐな。飛び跳ねるな」
「ああ、それについては問題あらへん彼女の体は健康体そのものや」
激しく動き始める礼の肩に手が架かる。視線を奥に向ければ白衣を着た女性に行きつくだろう。
肩まで伸びた茶色の髪を流し、やや垂れているながらもキッチリと力強い茶色の瞳。
キッチリと白衣を着用し、やや控えめな胸には名札が付けられている。……確か。
「橘さん……でしたっけ?」
「せや。なんで疑問形なんや」
俺達が入院していた時に対応してくれた医者だ。彼女は精華さんの知り合いらしく、礼の秘密も知ったうえで黙認してくれている人だ。
本人曰く「あの世間を騒がせている特殊固体がこんな別嬪さんとは、研究がはかどるわ」とのことらしい。
礼に聞いてみた所、彼女は捉えられていた場所にいた職員ではないようだし、研究と言っても体液を取るだけでとどまっている。言ってしまえば、保育園の先生と印象を受けるだろう。
「で、問題ないとは」
「あ?そやったな。単純な事や、どこもかしこも異常なしやから良くね?って事」
「えぇ……」
つまりはあれなのか。例えば自動車にひかれても別に怪我とか痛んでないし自宅に帰っていいよって言う人なのか。
疑うような目で見ていたのを気が付いたのか、橘さんはドアから礼を押しながら近づいてきて。
「うるさいんよ。医者がえぇって言ってるからええの。ほな、もう子供は寝る時間やで!二人、いや三人で仲良く寝な」
そう話し、礼を俺の前に差し出した後に後ろに指を指す。指先はいつの間にかに来ていた舞に向けられていた。
「ほら、恥ずかしがらずに一緒にねーや。お姉さんはまだ仕事があるかんな、ほなまた明日や」
こちらに背を向け静かにドアを閉めて去っていく橘さん。
……おとなしく寝ようか。その思考に至るのは必然であった。
「つまり、大由里ゆずきって人に逃亡を手伝ってもらったってわけね」
「はい」
朝起き朝食を取った後、俺たちは精華さん達に昨日であったことを報告していた。特に聞かれたのがスモークグレネードの後、無線が途絶えた時だ。
どうやら、録音録画データは電波として飛ばしているようで、本体には保存されず舞のパソコンに保存されるようになっているらしい。何でも容量や処理速度、消費電力の都合でそうなったようだ。
故に、その後のゆずきとの出会いと関係性を聞かれている訳である。
「問題は地下を使った事ね……わざわざ
「そうだね。金銭や情報など自己利益あるいは全体主義的でもない。発言しているのは全て兄の事だけ」
「それについては……んー」
「あれはマスターの事を狙っている眼でした」
「礼ちゃんどういう事?」
「ショッピングモールで甘い臭いを漂わせていた時期から嫌な予感がしましたがっ、僕はあのゆずきって泥棒ネコがマスターを私から奪おうとしていました!」
バン!と机に手を叩きつける。その際の振動で大きな果実が揺れる様子を冷静に見ながら。
「「「無いでしょ」」」
と
「マスターたちは分かっていないの!あいつがどれだけ」
『精華社長。お客さんを連れて来たっすよ』
コンコンと木製の扉をノックされる。まるで音量のボリュームバーを下げたかの様に勢いがなくなって座り込む礼。
落ち着いたのを確認し静かに芯が通る声で「どうぞ」と呼び掛けた。
「失礼する」と掛け声と同時に音もせずに扉が開く。凛とした佇まいの女性だ、背が高く姿勢も良い。
腰まで届く長い髪を三つ編みを後ろに束ねた見覚えのある女性。前回あった時は私服であったが、今は警察の制服に身を包んだ彼女……
「君はあの時の」
「お、久しぶりです。咲さんでしたっけ」
「そう言えば君はここに所属していたんだな。私の伝言は伝えてくれたのか」
「あ」
「その様子だと伝えてないみたいだな」
「何よ、伝言って」
「別に大したものじゃないさ。ただ仕事がひと段落すれば飲みに行こうって言いたかっただけさ」
そう言って夏に案内されたソファーに座る咲。
精華さんと仕事の依頼を話す、そして俺たちは昨日彼女と戦闘してしまったから。この二つの理由で俺は事情を知っている人達に目配せをして腰を浮かした。
客観的に見て仕事内容に未成年が関わらない様に会釈して離れた、そう見えるように。そうして部屋を立ち去った。
「いや待ってほしい。君にも話したい事があるんだ」
制止されなければ。
腕を掴まれたのではない。立ちふさがれたのではない。只の
どうやって逃れようか。正直ボロが出そうでとっとと立ち去りたい。が、相手に呼ばれしかも警察官となれば余計に怪しく見えてしまう。
「えっと海斗君はアルバイトなんっすけど……その」
案内してきた
今のタイミングなら一つ断れば出れそうだ。そうして一歩踏み出し。
「ちがう、そんな話より前に
「……はぁ」
ゆずき、この名前を聞いて時が濁ったかのように流れが遅くなった。
ちょうどさっきまで話していた会話ないように関連している。故に情報を知りたいと思った俺は元居た場所に腰を下ろしたのであった。
「はい。紅茶っすよ。リラックス効果があるっすからねー。海斗君は砂糖三つすよね?」
「ありがとうございます」
関わる事がわかったのだろう。慣れた手つきで紅茶を入れ、机の上に人数分差し出してくれる。
リラックス効果のある臭いを嗅ぎながら甘い紅茶に口を付け一息を入れて背をただした。
「君と一緒にいたゆずきと言う少女が居ただろう。首をひもで
「俺は三日前であったばかりですから、何かお手伝いできることは無いと思いますけど」
「確かに、兄が異性とかかわりは殆どないからね。部活動とかやってれば後輩や先輩なんかで人間関係が生まれるんだろうけど、兄と私は部活動に入った期間なんてないし」
「僕はそもそも来たばっかだし」
ゆずきの事は本当に知らない。確かに俺は名前と顔を結びつけるのはどちらかと言うと苦手だ。二年たった今でもクラスメイト全員の顔と名前を憶えていない。
それでも、彼女の言動と容姿と雰囲気は俺に独特の
あったならば、必ず覚えているはずである。でも記憶にはない。
「だろうな。君たちが住んでいる場所も立場も学校もどれも関連ずけがない物だ」
そう言ってビジネスバックからある茶色の封筒を取り出し、封を切り中身をこちらに提示してきた。
それはゆずきの資料であった。出身地は経歴、親戚や家族構成など事細かく記録されていた。
「ほへぇ、この人の親資産家だったんだ。で、お嬢様学校に通っていたと」
「けど、五年前に資金経営が苦しくなったらしいと」
大由里ゆずき。2017年2月13日生まれ。年齢は14歳。兄弟姉妹はなし。ん?中二じゃなくて中三じゃないかコレ?
父が投資家、母がバイオリニストらしい。
お嬢様学校であるマリア女学院の生徒だったらしい。しかし、父親の資金難により家族喧嘩が絶えなく理学校でいじめられるようになる。
児童保護機関が保護するのを決定し保護決行の1カ月前に機械生命体が襲来し、彼女は行方不明。両親は死亡確認。
「それが……三年前」
「ねぇ、マスター。その、この資料の住居って」
「ちょうど
そうだ。この廃墟都市は因縁の場所。
鞭を操る寄生体にボコボコにされ俺が礼と契約し戦ったあの因縁の場所。
「つまり?」
「捜索を協力していただきたい。これは強制ではないから、見かけたら連絡する程度でいい。最近はその治安が悪いからな」
「治安が悪いと言うか機械生命体が現れるかもしれないと言うのが正しいと思うけど」
「っ!」
「そんなこと話していいのかって顔してるけど人の言葉は止めれない。インターネットで手軽に情報を発信できるこの世の中、情報規制は悪手だと思うし、それに彼らあの場所にいたもの」
「本当か!?お前と合流した時は居なかったが」
「流石に未成年に前線に加われなんて言うほど
そうだったな。と小さくつぶやき目を下げる。素人目に見ても明らかに疲労が蓄積されている様子であった。まるで痩せこけた子供の様に生気がない。
「あーどうなんすか。休めてるんすか?」
「それなんだがなー。ここんとこずぅうと残業なんだよぉ。辛いよぉ。何で公務員は
「そりゃ、事件起きた時にストライキ起こされて駆け付けられませんは洒落にならないっすよ……」
「もう少しぶっちゃけるけど、水道に住み着いた機械生命体。残留マナから
ん?一年前から水道に住み着いていた?
警察官である咲さらっと言った情報は俺たちにとって大切なものな気がする。
引っかかりだ思い出せ、あの薄暗くじめじめとした水道整備道で一緒にいた少女の言動を。
『何で……お前、
俺は灯りが不十分の中しっかりとした足並みで進んでいくゆずきに対して確かにこう質問した。
それは単純に普段一般人が入れない道を迷いなく歩めるのか、そんな単純な疑問からでありその解答もあっさりとしたものだった。
『父親は……まぁ、ちょっとした小金持ち
この件に関しては確定で嘘は着いてはいない。先ほどの話から投資家なのは理解したし、「だった」と過去形なのは資金難で没落したからであろう。
前半は申し分ないが、問題は……。
――道がわかるのは少し前……具体的に言うなら
彼女はこう発言していた。この意味はズバリ、半年前まで住んでいてその間、移動手段として用いていたのである。
住んでいた廃墟都市の真下には機械生命体が蜘蛛の糸のような索敵網を形成していた、それに地上で済んでいたのにかかわらず、その場所に突入していたと。
――明らかに矛盾している。
この場合どちらかが嘘である、あるいはどちらにも齟齬があると取るべきであるが。なまじ国家権力の行使者である
下手な
がしかし、こちら……少なくとも俺を陥れようとしたには見えなかった。
『ついていきませんよ。だって貴方の事は信じてますけどあなたの仲間は信じていませんしぃ』
『あ、それと貴女。礼っていうんでしたっけぇ?ちゃんと彼を守ってくださいよ、私が頂くまでですけど』
彼女は終始こちらを気にしていた。まるで幼い子供を見守るよな雰囲気で。
『はい。それでは。まぁ、すぐに会うと思いますけどぉ……それまで元気にしててくださいねぇ』
つまり、彼女はわざと嘘をついている?
ポケットの上に手を置く。その下にはゆずきとの連絡先を交換したスマホがある。
これを差し出せば、後はあちらがやってくれるかもしれない。
一巡したのちに俺は……。
スマホを開示することは無かった。
もし彼女が俺達の情報を警察側に開示したとしよう。そしたら俺はともかく礼は100パーセントアウトだ。
それに、俺の事は信じていると言っている。何故信頼を置いているのか……それを探ってからでも遅くはない。そう結論をまとめた。
「咲ちゃん。年下に愚痴っているところ見られたいの?カッコわるわよ」
「あう」
「あ、俺たちはもう退出します」
「そうだね。兄」
「ありがとうございました。あ、紅茶美味しかったです。礼行くぞ」
「わかった」
今度こそ、大人三人に背を向けて俺達は木製のドアを開け退出した。
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