29節 蠱惑的な少女


「どうして戦地こんな場所にいるんだですかぁ?それは簡単ですよぉ。知り合いが警察に追いかけられてたから助けただけですよぉ」

「……」


 前かがみになり、唇に指をあて上目遣いにこちらを視る大由里おおゆりゆずき。

 おかしい。何もかも、そもそもここら辺は警察が検問をやっていて付近には立ち入れないはずだし、何故スタングレネードやスモークグレネードを中学生である彼女が持っていたのか。


「お兄さん!何かあった時すぐに頭を回転させるのはいいですけどぉ、お連れさんを治療しなくていいんですかぁ?」

「あ……礼!」

「いい加減銃を下ろしてくれませんかぁ。警戒するのはいいですけどぉ、右手で手すり掴まないと立てないほど弱ったけが人を襲うほど人非人にんぴにんじゃありませんよぉ。自分も手当したらどうですかぁ?ほら、救急箱ですよぉ。ほしいですかぁ?」


 確かに、こいつが武器を持っている素振りも無いし、通信機を操作している動きもない。体格だって鍛えられていない中学女子だし、戦闘を経験しているとは思えない。

 それに、支えが無いと立ち上がれないのは事実だし、礼のけがをどうにかしないといけないの真理であった。

 彼女の言葉を何度も咀嚼し思考が一巡しきった所で、俺は手すりから手を離し銃をホルスターにしまい手すりに背を預けた。


「わかった。御行を受け取ろう」

「はいはい。最初から言えばいいんですよぉー」


 そうしてゆずきは俺の治療から開始した。シップに包帯で固定。幸い筋肉を傷めているだけだから安静にしていれば治るらしい。

 問題は礼だ。銃弾が貫通した傷。言ってしまえば穿透創せんつうそうの応急手当方法なんて知らないし、せめて初心者で出来る事は殺菌と圧迫止血あっぱくしけつだけ。その圧迫止血でさえも適したものなのかもわからない。

 どうやって治療行為をするか手御こまねいていると、ゆずきは俺の腕を取り荒く呼吸する礼の手平を指を絡ませるように動かした。所謂、恋人つなぎと言うものである。


「何を」

「そりゃ、彼女は寄生体ですし。勝手にしても治って行きますよぉ」

「!?」

「バレないと思ったんですかぁ?あんなに魔力散らしてて、胸の宝石……コアも光らせてねぇ。ともかくお兄さんは彼女と契約して契約者、ドライバーになったんでしょぉ。なら、肉体接触をした方がマソ変換もはかどりますしぃ、あなた自身にある細胞も活性化されて傷や疲労も回復しやすくなりますからねぇ」

「それは、本当なのか」

「えぇ、当ったり前じゃないですかぁ」


 なぜ彼女がドライバーやら契約などを知っている!礼が寄生体だと認知されるのは理解できる。けれど、あの夢に出てきた単語を……精華さんにしか話していない単語を一般中学女子に、それも自分たちが確固たる情報が無い中詳細を知っている……?

 その薄笑いだ表情に何を隠しているのか。わずかに光る白熱灯が揺れ動きゆずきに影を落とす。


「どこでその情報を、どうやって」

「さぁ?初めから知っていたとだけ。まるで縫い付けられたように……」


 少女は何が楽しいのかクルリと回るまるでダンスの発表会をしているかのように狂りと。

 冷めた目で錆びれた踊りを伺っていると、赤い灯りが蛍の様に舞い上がる。

 光の元に視線を向ければ、礼の傷がどんどん塞がっている所であった。

 本当に効果があったのか……唖然とする俺に対し悪戯が成功した悪ガキの様に礼を指さし。


「さて、そこの女。あの人がコネクターさんですねぇ。良いからだしてますねぇ、男子を肉欲に、虜にするいやらしぃ体。いっいなぁ。私もこんな感じで信頼できる人のお嫁さんになりたぁい」

「は?」

「……冗談。冗談ですよ。早くその左手で持った銃を下ろしてくださいって。」


 小さな掌を見せ何もしないことをアピールするゆずき。

 ナンだコレは。いくら負傷している身、武器を持っているこちらが主導権イニシアチブを握れない。そもそも、銃を向けられて冷や汗流さず微笑みポーカーフェイスを保つことが出来るのか。

 ――少なくとも敵ではないとは思う。警察相手にこんな事をする、それすなわち日本国を敵に回すことと同意である。少なくとも相手に負傷者を出していない分まだ優しい方だが、それでも捕まるかもしれないリスクを考えても俺たちを助けたことから味方、あるいは利害が一致している存在だと言える。

 問題は。


「何が目的だ?こちとら只の傭兵で、資金も研究資料も出せないが」

「目的ですかぁ?そうですねぇ、一応あるにはあるんですが消耗してる中達成を急いでいるわけではありませんしぃ。付けと言う事で」

「恩を返せって事か?じゃあ、余計に理解が出来ない。さっきも言ったが何かを返せるものは無いし、権利もない。御恩と奉公が両立できない」

「まぁ、ある意味金銭面とか情報とかは求めてますが機密情報を欲しいわけじゃないですよ、逆に私の知っている情報をしゃべってもいいですしぃ。そうですねぇ……一緒に住まわせてくれませんか?家なしなので」

「俺は……」

「うぅ……」


 微かに届いた音に向かって顔を向ける。視線の先には今まで倒れていた礼が、重い瞼を開け現に帰還していた。


「マスター。僕……」

「おー、眠り姫が起きたみたいですねぇ。こんにちわー、元気ですかぁ?」

「礼。無事か、意識は痛覚は?」


 腹部を押さえながらも半身を上げる礼に対して揺らさないように優しく肩へ振れる。

 こんな時に、大丈夫かしっかりしろなんて揺らすことがまずいことぐらいは理解していた。

 どうやら傷はもう表面上は塞がっていて、後は中身と急回復できない疲労を治すだけでいいそうだ。


「へぇ、そういう感じが好みなんだぁ」

「マスター。この女の人は誰ですか……この匂い。あのショッピングモールであっていた人ですね!?マスターは僕と契約してるんだ!」


 今までの悶絶する佐生方が嘘の様に飛び上がり俺の体を揺らす礼。次にはゆずきとのキャットファイトを使用とする始末。俺は足の痛みをこらえながらも何度も落ち着かせる。


「落ち着け。少なくとも彼女が……ゆずきが俺たちを救ってくれたことには変わりがないんだから。少なくとも振るうのはやめておけ」

「……わかりましたよマスター。僕我慢デキル」


 片言じゃねえか。と言い合いをする礼がいきなり黙った。望遠鏡の様に光る眼でゆずきのこと一ミクロンをのがさんとする鋭い瞳で。そんな視線に臆病を示さず見つめ返すゆずき。

 まるで、異種試合のじみた気迫を纏っていた空気は、礼が「気のせいか」とつぶやいた事によって喚起するかのように切り替えていった。


「さて、そろそろ痛いながらも早歩きぐらいは出来るように治りましたかねぇ?」

「あ、ああ、そうみたいだ」

「なら、問題なさそうですねぇ。付いてきて下さいよぉ、安全に地上に出られる場所まで案内デートしてあげますから」

「むぅー」


 そう言い、何所からか取り出したライトを灯しこちらに来いとハンドサイン。案内するを独特な言い方をしたせいでやや礼が不祥ふしょうに感じ、レーバティンを抜こうとするのを俺が止める。

 灯りや人間が多い方が安心感があるし、尚且つ近頃は水道整備道で機械生命体がうろついているかもしれない。礼とのそして戦闘中に見た夢が現れたのは、機械生命体がマンホールから現れたのに起因するからだ。

 いや、待て精華さんから水道の機械生命体を殲滅したとは聞いてはいない。じゃあ、何で身の危険がある道を彼女は知っているんだ?


「なぁ、一つ質問いいか?」

「はいはい。何ですかぁ?」


 影法師になっている背中に俺は声を掛ける。


「何で……お前、水道整備道ここの構造分かるんだよ?父親が水道業者とかか?」


 ……。ふと彼女の足が止まる。

 まるで一時停止を下かの様にピタリと。


「父親は……まぁ、ちょっとした小金持ちよ?道がわかるのは少し前……具体的に言うならまで廃墟都市に住んでいて使からです。コレで良いですかぁ?」

「……悪い。あんま踏み込まない方が良かったな」


 抑揚ようよくのない声であった。ただ、淡々と事実を報告するかの如く。粛然とした空気に、ちょっと情報収集の間合いを見間違ったことにすぐ気が付き謝罪した。

 そもそも、会って一日しかたっていない相手に向かって何馴れ馴れしく過去に踏み込んでいるのか。

 こんな世の中だ。自らの過去に影を落とした人間などわんさかいる。俺だってそうだ。

 案外この小悪魔と言うかクソガキ的な口調も、自身の精神的な苦痛トラウマを麻痺或いは蓋をするために行っているかもしれない。

 そんなことを思って居るから海斗は、移動手段として使っていたと言葉を見逃していた。地図で見たのでなく実際に練り歩いていたと回答に、そして蜘蛛の巣の様に広がる地下道を寸分たがわず覚えている事実に視線を外してしまったのだ。


「あの、まだつかないんですか」

「はいはい。少しは待つと言う言葉を覚えましょうね。そんなものだと彼の事、私が頂いちゃいますよぉ」

「まて」

「マスター離れて。こいつに痛い目見せる」

「ははは……元気ですねぇ……」


 暗闇を退かせるように和気あいあいと話しながら進む三人。俺が情報を手に入れるため話しかけゆずきが上手く交わしながらあなたが欲しいと告白し、礼がそれにやや切れ始めるの繰り返し。

 ただ、少し気になった事は、彼女ゆずきが道を進む間……こちらを一度も振り向かなかった。


「はい。ここを登れば地上ですよぉ。がんばりましたねぇお二人さん」


 十五分ほど進み、ゆずきが立ち止まる。どうやらここで終点らしい。

 確かに見上げれば薄暗くではあるがマンホールと端が錆びた梯子が目に映る。


「ありがと。けど、お前はどうするんだ?」

「ついていきませんよ。だって貴方の事は信じてますけどあなたの仲間は信じていませんしぃ」

「そうか……」

「あ、それと貴女。礼っていうんでしたっけぇ?ちゃんと彼を守ってくださいよ、私が頂くまでですけど」

「こいつぅ……っ。黙ってればいい気になって」

「ふぉっ!まーたくお元気なんですねぇ」


 細い足場に足を乗せ少しずつ体重をかけていく。さび止めの塗装がパラパラと剥げていくがそれ以外には何の問題もなさそうだ。


「じゃあ」

「はい。それでは。まぁ、すぐに会うと思いますけどぉ……それまで元気にしててくださいねぇ」


 ゆずきの声に背を押されながら、俺は梯子を登っていく。

 マンホールに掌を添え、一呼吸入れてから上にゆっくりとずらした。

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