25節 御冗談でしょ?精華さん!

「ん……?」


 自分の体が揺れている。いや、性格には揺らされているが正しいか。

 意識がもうろうとする中考える。

 しかし、何故こんな状態なのだろう。そう言えば昨日はどうしていたのだろうか?

 曖昧な記憶の中と現(うつつ)を彷徨いながら強引に瞼を開いた。


「おはよう。マスター」


 瞳に映るは俺と契約した礼。まだ朝早いだろうにその表情は聖母の如く優しく、小さな子供を揺り起こす様に感じられる。

 もうすでに着替えているのか髪型は三つ編みにし、白いブラウスに藍色のショートパンツ。

 普段の服から考えられない清楚感を放出していた。

 勝手に部屋に入らないで何て今更言うつもりもないし、ある意味早朝からこんなすがすがしい気分に してくれるから幸運なのだろう。


「おはよう」


 起こしてくれた感謝とあいさつを籠め上半身を起き上がらせる。

 そして俺の太ももに顔を乗せた後、上目遣いでこちらを見つめる。何を求められているのか瞬時に理解した俺は、そっと頭を撫でた。

 最近知った事であるが、どうやら礼は頭を撫でてもらって褒められるのが好きらしい。

 犬や猫などを飼っていると日々のストレスが軽減されると効果があるとされるが、こんな感じなのだろうか。

 暫く撫でまわした後、腕を引かれ立ち上がり階段をゆっくりと下っていく。


「あに、おはよ。遅かったね」


 そこには食べ終えたのだろう、テーブルにからのお皿が乗せられスマートフォン片手にこちらに視線を向ける舞の姿があった。

 舞も着替え終えていていつもの部屋服ではなく、両肩が視えるほど空いている紅鶸色(べにひわいろ)のオフショルダーに薄橙色のキュロットスカートを履いていた。けれどまだ、髪型は縛っておらずセミロングのままだった。


「何鳩が豆鉄砲を食ったような顔してるの兄。もう午前八時だよ、兄がこーんなに寝るなんて余程負担がかかったみたいだね。てか、昨日のこと覚えてる?」

「昨日……あ」

「なんとなく思い出したみたいだね。まぁ、私達びっくりしたよ。まるで紐が切れた人形の様に力なく倒れていったんだから。特に礼ちゃんはめちゃくちゃ取り乱してたんだからね」

「マスター大丈夫ですか?何かあれば僕が」


 そうだ。確かに昨日庭に出て夢で見た魔眼を使ったことによって気絶したのか。

 手を開いたり閉じたりしてみる。痛みは無いし視界がぶれることは無い。吐き気もない頭痛もない至って健康体だ。


「あれ、すごく強くなるけど体に負担デカいね。兄使うのはほどほどにしてよ」

「分かっている」

「取り合えずマスターご飯にしませんか?今回は僕が手にかけて作たんです」


 礼や舞に催促され俺は席に着き食事を口に運んだ。




 朝食を食べ終えた所でポケットが微かに震える。舞も観ていた携帯が震え、視線を俺と同時に落とす。舞はともかく設定でゲームの告知とかSNSの告知を切っている俺に届くのは二通のメールのみだ。

 アプリを開き、初めに来た電子メールをタップする。


「『地区で起きた誘拐事件発生について』?」


 何時もはそんな事件について目を通さないが、俺は礼と出会ってから最近の出来事に敏感に情報収集をしていた。そっとスクロールをする。

 どうやら昨晩の午後六時頃、塾に向かっていた○○中に在籍する雨宮翡翠(あまみやひすい)と言う少女が攫われたと内容だった。警察はとか周囲の状況を軽く説明した後に、夜に単独で出かけないでくださいと言葉で締められていた。


「遠いね。うちの学校よりもっと奥の地点だねこれ」

「あぁ、一応用心しておいて損は無いだろ」

「マスターは僕が守るね」

「で、もう一つは……セイカさんの方からみたい」

「精華さんが?珍しい」


 精華は何か伝えるときは出来る限り肉声でと心がけている。文章には乗らない感情が声には震えとして乗るからだとか。実際、彼女に隠し事は結構バレる。まぁ、性格上バレても問題ないので嘘は基本的につかないが、あの女性が文章でとは。


「何々、きょう午前十時半に話したい事があります。礼ちゃんにも関係がある事なので三人一緒に来てください……だって」

「すっごい簡潔(かんけつ)な文だな」

「前にマスターからセイカちゃんのお手紙見せてもらったことあったけど、まず私たちの状況を心配する文からだったよね?」

「あぁ、あの時は退院後だからあんな私怒ってますって書いたんだろうが、前略をして要求だけ書くなんて本当に珍しい。どれくらいかと言うと、藍沢さんに捕まって書類仕事徹夜で三日間してた時ぐらいだな」

「忙しいんじゃないかな。それで……うん。今の状態のセイカに会いたくないな」


 そう言って明らかに顔を伏せる妹。

 別に怒られるとかそういう事なのではなく、単純にこの後の行動が予め察してしまうことが出来るため嫌なのだ。


「呼び出されてんだし行くしかないでしょ。んじゃ、着替えてくる」


 そう言って自分の部屋に戻ってクローゼットを開けて、適当に中から取り出す。

 後は、軽く準備もしてしまおうか。前のリュックは5日前の戦闘でボロボロになったから、買い変えた物を取り出してその中にタオルやらを入れてしまおう。

 着替え終え脱いだ物を持ち運びながら下に降りると、礼が妹の髪を編んでくれていた。

 髪型とかそう言うのは男性だから良くわからんが、アップスタイルと名前で夏祭りで見かける奴と思って居ればそれでいい。後頭部に髪を纏めることによって通気性が高く、舞はこの髪型を良く多用していた。


「……マスター。僕、前々から思ってたんだけどいつも同じ柄の服装だね」

「そうか。個人的に服なんて利便性が高ければどうでもいいって思うだが」


 確かに。視線を下ろす。

 俺が基本着用しているものは迷彩柄だ。色は緑色以外の物を持っているが大体これだ。

 今日は水色の迷彩服を着ていた。現在では軍で使用されていないが持っている。ズボンはポケットが四つある緑色の迷彩だ。


「礼ちゃん。兄にファッションの事説いて意味ないよ。見ないし」

「僕、褒められるためにファッション誌買って、読み込んだのに。あんなにのほほんとして」

「何か、すまん」


 結局だだを捏ねた妹を礼と協力して外出していったのだ。

 玄関を開けて飛び込んでいる閃光。

 俺は手で庇(ひさし)を作り青空を仰ぐ。


「マスター。どうやって行くつもりなの。走って?」

「あー、そっか。何時もは精華さんが送ってくれるんだが、今日は来ないしな」

「この炎天下の中妹を歩かせようてんだい。百歩行かないうちに倒れる自身しかないね!」

「うぇえ?マスター?」

「ガチだから笑えないんだよな」


 とは言っても舞の意見も解る。確かにこの炎夏(えんしょ)の中、皮膚の貫くような太陽光を受け徒歩で行くのは確かに無理がある。こんな時は、大体教科書とかで溶けるようなって比喩表現を使うのだろうが、本当に溶けてしまいそうで。


「マスター?私を追いかけてた時に使ってたものに」

「バイクか?あー、あれ戦闘中ぶち壊されたんだよな」

「派手に爆発してたね。ゲーム見たいに」

「じゃ、じゃあ!僕が運んでいくとか」

「女の子のが二人の人間運んで飛んだり跳ねたりするのか?絵図ら的にもあれだし常人が出来ない事すると目に付くだろ」

「ジャンプ力ぅ……ですかねぇ……。時速百キロの脚力、軽トラぐらいなら軽々と持ち上げれる腕力をもっていますねぇ!」


 流石にあの身体能力を使って行ったら目立つに決まっている。

 海斗は常識的に妹はふざけながら正す。


「取り合えず乗り物なしで山越えは無理だ。駅に向かうぞ」

「駅?」

「あー礼ちゃんは関東統合都市しか見てないもんね。この私たちの目の前に聳え立つこの淳良山(あつらやま)を境として建設されているんだよ。で、何時もは直線的に行くけど今回は回り道しましょって事」

「てか、あっちは日常的に行かないしな。セールがあったりしたら行くけど基本的に反対方向の町にいる。まぁ、俺らが通う水乃内高校(みずのうちこうこう)がこっち側だしな?」


 そうなのだ。あちら側に行くと往復一時間以上かかる。だから、大体山を越えずに小さな町で過ごしている。


「ちょうど学校と反対方向だし、疲れるし。基本的には学校近くの小さい駅で電車に乗って、山を迂回するように行くのが普通」

「そうだ。とは言っても田舎町だからな。駅前はシャッター通りだし買い物する所何てデパートぐらいしかない。ともかく付いてきてくれ。駅まで徒歩10分ほどだ」


 そう言って足を歩めた。




「な?特に見る物なかっただろ?」

「うん……」


 俺たちはその後、キチンと駅にたどり着きモノレールに乗車。精華さんの元へ向かっていた。

 モノレールと言っても普通の電車と変わらない。両端に椅子と真ん中に吊皮がある。礼と舞は俺を中心として隣に座っていた。

 明らかにうーんなんか違うと顔をしかめる礼に向かって何もないよと。

 一山超えただけで人口分布は大きく異なってくる。関東統合都市では視線を回せば視界一杯に若者の姿が映るが、こちらは開けた道路しか映らない。

 結局人口の極化は避けられないのだ。

 まぁ、基本機械生命体は人を多いところに出現するらしいから身の安全と言う点では嬉しい事なのだが、やはり人のぬくもりが消えるのは寂しいものだ。


「東京が存在してた頃はもっとひどかったらしいよ。昼夜間人口比率が百超えてたこともあったらしいね」

「東京な……」


 東京。それは9年前まで世界に名をとどろかす日本一の近代都市であった。

 しかし、今では砲弾と血によって瓦礫の海と化し民間人の立ち入りが固く禁止されている。

 思い出す。自身の隣で手をつなぎにこやかにほほ笑む母の姿を。苦笑いしながら肩車をする父を。

 魔弾が飛び崩壊するビル。人波からはじき出され階段に叩きつけられる痛みを。そのことを恨む前に肉片として飛び散った烏合の衆と両親。助けに来たはずの米軍が幼気(いたいけ)な少女を強姦(ごうかん)する姿を。

 動脈が締め付けられるほど胸が痛くなる。

 負の連鎖、もし自分がもっと強ければと、小学3年生に何を求めてるんだと。思考がぐるぐるぐる廻る。

 そっとほほに柔らかな感覚、甘い臭いを感じ顔を上げれば礼正面に立ちやや背を屈め、迷子の子供を導くように


「大丈夫マスター?脈拍が速くなってるよ。体調が悪いなら」

「いや、いい。すまん、少しふけってた」


 あぁ、ホント悪い癖だ。

 さらりとした礼の髪をなぞりもう大丈夫だと言外に伝える。彼女も解ったのだろう、隣に戻り俺の方に頭を預けた。


「あに」


 小さな声で妹がつぶやく。真っ直ぐな瞳でこちらの心何て分かってるよって。


「兄は……あいつらとは違うよ。私にとってのヒーローだから」

「……」

「それに、誰がこんな人見知りでコミュ障で同性愛者でニートな妹を視てくれるんだい?」

「最後で台無しにするなよ」


 自然と唇がほほ笑む。もう、大丈夫だ。


『次は新関東統合都市月見駅。月見駅降りる際には段差に気を付けてください』

「さて、そろそろ行くか。ほら立って」

「うん」

「はーい」


 ゆっくりと力を込めて立ち上がる。しばらくすると窓越しに人の蛇が視えてくる。カシュと音と同時に静かにドアが開かれ、俺たちは精華さんの元へ足を運んだ。

 うん。うん。


「ま、マスター?ぁ、あれって精華さんなの?ず、随分と印象が――」

「もう嫌だぁぁぁあぁぁ!!遊びたいよぉ、疲れたよ!かわいい子供の世話をしたよぉぉぉ!!!!」


 自動扉を潜り抜けた目線の先に飛び込んできたのは、少し赤みがかった髪の女性に向かってバブる精華さんであった。明らかに疲れているのだろう。何時もとは口調は違うし、目元にはメイクをしても疲労を隠し切れないのか深いクマが出来ている。

 それを死んだ目で見る周りの人間お客さんと社員


「あー、やっぱ育児退化してるみたいだね。はぁ、だからやだっんだよ兄」

「たまにあるんだよな、精華さん。心労が振り切るぜ……ッ、ってなって溢れる奴」

「え?……えぇ?セイカちゃん?え、僕、ん?」


 そりゃ礼も困惑するよな。普段しっかり者のお姉さんとして気配りが出来て聖人のようなあの人がこんな事になってるなんて。


「何言ってんすか……ッ!そんな疲れでボロボロの状態で、子供セラピー取れるわけないだろ……」

「それは、安心してください。こんな事もあろうかと私は水素水を飲んでいるんです。これを飲めば体内から浄化されていくんですぅ!」

「ん、なわけねぇ……」


 精華にかまわれて困惑した赤みがかった髪の少女――藍沢夏もこの乱れに『す』と語尾を忘れ、素で話していた。


「あ、あぁ。舞ちゃん!舞ちゃんなのね」

「ふぇえ」


 さまよっていた視線が妹に定まり歪んだ瞳が向けられる。やっと来た獲物が……と。


「れいちゃんとまいちゃん」

「げ」

「?」

「じゃ俺逃げるわ」


 まるで地上でバタフライをするかのように激しく手を動かし、ぴょんぴょんと跳ねながら近づいて飛びついた。

 舞は速度に反応できずに、礼は突然の奇行に思考が停止し二人とも地面に押さえつけられた。因みに俺は、既に退避済みである。


「舞ちゃん。礼ちゃん。良い子でちゅねぇ……。あっちで子守唄をうたってあげまちゅから」

「うぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐごごごご。離れない。腕力つよすぎいいぃぃぃ」

「え?っと」


 舞は片手で頭を撫でながら拘束され、礼も頭を撫でられて目を丸くして困惑していた。

 急いで夏さんが駆け寄ってくる。


「どうするんですかこれ」

「どうするってそりゃねぇ。いつも道理っす」

「はぁ、礼。ソファーに飛ばす様に蹴って!」

「!?了解マスター」

「かわいい。かわいい。もうこれなら4徹じゃなくて10徹も耐えられ――ぐほぉ……ッ!」


 がら空きだった胴に向かって礼が軽く蹴り上げる。ポーンとサッカーボールの様に浮きあがり、来客用のソファーに叩きつけられた。

 後頭部をクッション越しにとはいえ、大脳が揺らされたのか普段より容易に精華の意識は深い海に落ちていった。


「いっやー、助かったす。あの人徹夜するごとにハイテンションになって寝ないっすから」

「そうですね。精華さん寝かそうと思ってもナマジ戦闘能力が高くてベットに固定出来ないっすから」

「「なら、物理的に寝かせるこの手に限る」」

「だからセイカさん苦手なんだよなぁ」

「僕のイメージが、ガラスの様に粉々に……」


 唖然としている礼を尻目に夏さんが「お話は聞いているのでどうぞっす」と手で指を指しながら言ってくる。

 礼の肩を軽く叩き意識を切り替えさせ、俺たちは指示された部屋に足を運んだ。

 あぁ――因みに気絶した精華さんは、突撃部隊隊長である陸に引きずられて仮眠室に連れていかれたそうだ。

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