24節 鎖
「そう。体調に変化は無かったのね。良かったは、けれどあまり過度な外出はしないでね。お姉ちゃんとの約束だよ」
そう言い、携帯を机の上にそっと置く。まるで糸が切れたかの様に精華はソファーに身をゆだねていた。
十六畳ほどの大きさの部屋に大きな机とタンスそしてソファー。ここは精華の社長室だ。基本的には精華は一人でいる事を拒むため、この部屋を使うことはほぼないと言ってもいい。
ただ、今回だけは重大な書類や仕事があるため使用せざる負えなかった。
この部屋は隠しカメラに盗聴装置、緊急事態様に仕込み武器など数々のセキュリティーを施してある。言ってしまえば公に出来ないことなどをまとめたり保管したりするのがこの部屋だった。
精華が頭を悩ます原因は無論あの少女の事である。
機械生命体の指揮官である寄生体との戦闘ののちに逃亡。今だ補足は出来ず更には都市部に多数出現する始末。どれも下水道を通っていると言うのだからたちが悪い。
実は四日前のあの日から継続的に戦闘は行われている。せめてもの救いは人口密集地域に出現しなことだが、それでも人命被害が出る。
何処かで決着を付けなければ度重なる被害で消耗戦になってしまう。
「海斗君達の体調は安定しているしこっち方面は何も問題ないんだけれどね」
ノヴァが持って来た資料に目を通しながら足を組む。
この情報が正しければ機械生命体に対してのカウンターになるかもしれない。しかし、偶発的な前回とは違い今後こちら側に手を引いてもいいのだろうか?年端もいかない子供に。
「ホント、憂鬱ね」
頭を抱えながら机の上にある資料にサインを書いた。
「はぁ、はぁ」
「マスター。大丈夫?」
「頭が割れるように痛いから大丈夫じゃねぇ」
日が傾き空模様が朱色と藍色が混ざるころ、三人の男女が家の庭で立たずさんでいた。
一人の少年は大きく息を切らし、少年の相棒である彼女は体調を心配するために駆け寄った。
そして妹である彼女は携帯を取り出し何かを測っていたのだった。
「どうだ。我が妹よ」
「ピッタリ五分。それ以上は自分でもわかるでしょ」
時は少し遡る。
ノヴァと別れた俺たちは寄り道することなく家に帰宅した。
そのまま何事もなく午後になり、椅子の上でのんびりとしていると、妹の舞がそう言えばと口ずさんだ。
「ねぇ、兄。魔視の魔眼だっけ、それってどうなってるの」
「さぁ?礼の方が知ってるんじゃないか」
「ごめんなさい。僕も解らない」
確かによくわからない力と言えよう。今まで偶発的にこの力を二度使っているが、自ら率先して使うことは無かった。そのため概要を聞かれても知らないと答えるしかしかない。
だったらと、椅子から立ち上がり。
「だったら検証してみようよ兄。私、ゲームの倍率とかドロ率とか調べるの得意なんだ。ついでにれいちゃんも、ね?」
「今!?そんな手軽に……わかった。やろう、礼もちょっと来てくれないか」
「分かったよマスター」
それぞれ支度をし玄関を開ける。支度と言っても別に運動場とか遠出をするわけではない。いや、そもそも人目に付く場所で礼を全力で走らせたら撮影されるだけである。それに精神的に録られるのは好ましくない。
それに、個人的にも使ってみたいと欲望があるのは確かであった。
と言うわけで三人は庭に来ていた。と言っても田舎、ちょっとした畑や田んぼを起こせるぐらいの土地はある。ここならば何かあった時に何とかなるし、私有地を覗くもの好きな人間もいないだろう。
「よし、準備できたぞ」
「大丈夫だよ」
海斗は動きやすそうな服装の上に各種プロテクターを身にまとい、礼はいつもの戦闘服を生成していた。
舞はスマートフォンにノートパソコン、ビデオカメラを携えていた。
「んじゃ、これより身体測定を始めます。先ずは学校で使われているもの、体力測定用紙と同等なものにしよう。けどシャトルランは無しで。記録役は私、まいちゃんが行います」
「了解」
「わかった」
「とにかく俺からだな、魔眼を使う前使った後の差異を計算したい」
「らじゃー。100メートル直線にあるわけじゃないから、家の周りを一周で」
「OK」
位置についてと腕が上がる。姿勢を低くしわずかに筋力を緩め先を見据える。
ドンと合図共に走りだした。
ざっと砂が飛び好評なスタートダッシュ。そのまま大きく腕を振り足の回転を速く。
「はい。記録は13.6s、学校のテストよりも1秒ちょっと早くなってんね」
「あぁ、休み中鍛えたつもりは無いんだが」
これも契約の影響なのだろうか?確かに体の瞬発力が上がったと言うか。
俺の予想は正しかったのであろう、握力は学校では24しかなかったのが急に42に上体起こしは29回と明らかに上昇している。
そして、恩恵は体力面にもあった。俺はどちらかと言えば持久力は低く、シャトルランは60行かないし息も切れる。しかし、人と通りの項目を検証してもあまり疲れなかったのだ。
まぁ、一応万全の状態で比べようとなっているので、礼の身体測定を視ながら休憩に入っていた。
妹は礼の動く姿を見逃さないように注意していた。唇がやや歪んでいたが。
「良い景色だねぇ」
「お前は一回揺れる胸から視線を外そうな」
一般人に見つかったら速攻引かれるほどエゲエゲと顔を綻ばせながら、揺れる二つの果実から目を離さない舞。
「なっにおう!あんな体のラインが出るえっちぃ服を着て、あんなにおっぱいがボインボイン揺れる。その光景を目に焼き付けなければ失礼になるでしょうが」
「目に焼き付ける方が失礼なんだよなぁ」
同姓じゃなかったら絶対に警察にお世話になってるぞ。
そして礼も礼だ、会話が聞こえていたのかワザと胸が大きく揺れるような動きに変えている。
「因みに4Kカメラ使ってます」
「何故持ってるし」
そんな雑談をしながらも礼の身体能力がどんどん判明していく。
100メートルを3.6sと時速換算にすると100km/h。
無論これは万全の状態である。
「やっぱり魔力って奴がキーだね。突破力が高いけど持久戦がキツイ。総量を100とすれば一回行動するごとに10~25減るから燃費が悪いね」
「そしてどれくらいの速度で回復するかなんだが、これは俺と礼の物理距離と行動状態で決まる。俺が離れてれば回復速度は落ちるし、走っているより止まっている方が回復は早い」
一応ちょっと魔力が切れたぐらいでは命に別状は無い事は分かっていた。
問題はどうやって残存魔力がわかるか、なのだが
「俺は契約してるからなんとなくわかるが、目視でも魔力の減り具合は胸のクリスタルがどれほど濁ったかでわかるな」
魔力を使っていくごとに礼の胸のクリスタルがどんどん濁っていく、動脈のように光り輝くラインが黒く塗りつぶされて来る。これでもまだましで、重症化してしまえば寄生体特有の並外れた身体能力が可憐な少女レベルに落ちる。
「はぁ……はぁ……。すぅ、もう大丈夫だよマスター」
「大体ばらつきがあるけど、基本的には距離が近くて立ち止まってる時は4秒ほどで回復するね」
「そうだな」
まったくどんな体してるんだろか。
「じゃあ、休憩できたことだし兄、礼やろ」
「ああ」
「うん」
遂に検証の時だ。四日前の戦闘でどう言う風にスイッチを入れればいいかは分かってる。瞳を閉じて思考を海の底へと運んでいく。後は沈んだパズルをレールを切り替えるように動かしてやれば。
「……エンゲージ!」
瞼を開けると同時に礼の宝石が光り出す。
視界を光が埋め尽くしたのは一瞬、海斗の両目は真っ赤に礼はクリスタルと体に刻み込まれた線が光っていた。そして腕には半透明な鎖が装備され先は礼に繋がっている。
慌てて鎖を外そうと手を動かすが蜃気楼のように朧げなそれは、何物にも干渉されないと強い意志を持って空を切った。振れたければ強い意志を持ってこいと。
変化は衣服だけに終わらなかった。
視力が良いのだ。実は俺の視力はいいとは言えない、どちらかと言えば悪い方だ。黒板の文字すら歪んで見えるほどに。
しかし今では遠くに見える看板の文字もはっきり見える。
「なんだこれ」
「何これ、半透明の鎖……礼ちゃんに繋がってるみたいだけど。礼ちゃん?」
「あはぁ、はぁ。マスターの、マスターが僕の中に……あ、うん。僕、今なら行ける気がするよ」
「何か一瞬、ラリッてたけど大丈夫そうだね。よしいっけーよーいドン」
そんな訳で調子に乗ってはしゃいだのがあのざまである。
海斗は熱中症の重症患者のように倒れこみ、礼はそれを視て焦ったかのように手をつなぎ見守っている。
「5分が限界だね。五分間だけ魔力消費無しで戦えると、いや違うね。限界を超えて技を繰り出せると言った所。出し終わった時の身体能力の低下は顕著だし。あれだねわかりやすく言うと、一杯コンボ叩きこめるけど暫く防御力が紙になる」
「なんて……ピーキーな、性能なん……だ」
「マスター、大丈夫?はいこれスポーツドリンク。僕が飲ませてあげるよ」
「身体能力は世界選手レベルになるし礼ちゃんも強化されるけど、使い終わった後があれじゃあね」
わかりやすく話すと、継続戦闘能力を捨て『この一瞬で決める』と身体能力を爆上げさせる技。
外見的特徴には俺の瞳が真っ赤に繁殖し、礼の体の一部が赤黒く脈打つように光るのだとか。因みに礼曰く、俺の瞳が燃えて視えるだそうだ。
そしてこの半透明な鎖は、物理的干渉が当人以外出来ないのだ。正確には俺ら二人の内片方が干渉しようとする意志によって持つことが出来る。
例えば、礼が屋根の上に飛び移り鎖を引っ張るとしよう。その際引っ張る直前まで物体がないが、引っ張た瞬間感触があり自分が上に引っ張られると。
乱雑に言えば、移動手段に使えるわけだ。
また、何かに引っ掛けようとすれば出来る。
また、壊そうと奮闘したが結果は無傷に終わる。
そうして、魔眼が切れた時と同時に消え去っていた。
「まぁ、光の巨人より二分間多く戦えるんだからいいんじゃない?」
「後遺症がこんなんじゃなければ使えたんだろうな!」
「処理を平行世界のマスターに任せてるのにどうして!?」
「すっごいコア数があるCPU積んで複数のタスク処理できると言ってもモニターは一つ。だから表示できる数は制限がある……そう考えれば
そんな妹の発言がどんどん朧気になってくる。
瞼が落ちる。
「あ、あに!?れいちゃん兄の事室内に運んで。私は…………」
そうして意識は沈んでいった。
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