23節 レーバテイン

「ふふ。どうせ私の事なんて頭の片隅にも無かったのでしょう。私の存在など、どうせその程度」

「すいません。ノヴァラティアさん」


 まるで不愉快です。と言わんばかりに顔を傾げながら抑揚(よくよう)のない声でこちらを非難するノヴァ。

 バイトの都合上何度か顔を合わせた事があるが、やっぱ読めないなと思う。


 ――ノヴァラティア・アイヒヘルヒェン。


 社内からは通称ノヴァと呼ばれる女性。

 何時も目を細げ眠たげに少しずれて言動をする、言ってしまえば不思議ちゃん。

 外見は、白髪の髪をツインテール。黒いワンピースにブーツと一見すると年相応怪しく微笑む少女であるが、少なくとも俺よりも年上なのはわかるし、社内でも実年齢を知っている人は少ないのだとか。

 ひたすらマイペースであり周りを気にせずに行動する癖があるが、実は兵器開発整備において多大稀なる才能を持っており、自作で武器を作るほどの腕前を持っている。


 彼女が放つセリフにはこちらを非難するものが多々含まれているが、そんなのノヴァにとっては何も感じてない事。

 独特の世界観を心に持つあの娘にとって今の会話は退屈潰しにすぎないのだ。


「コレ、大切なモノでしょう?フレームにヒビ、リアサイトとトリガーガードは破損。撃針(ストライカー)に至ってはポッキリ折れてるし、どんな使い方をすればここまでなるのかな」

「はい……」

「安心して、責めてるわけじゃないの。グリップに機械生命体の体細胞が付着していたから近接戦闘をやったなんてすぐにわかるんだけど、体を大切にね?人間は自由に交換できないんだからね。ふふ」


 しかし、独創的な彼女もちゃんとこう言う所はキチンとわきまえていて、接する際にはイラつきは湧き出てこない。それどころか精華さんとは違う包容力がある。

 だからこそ、ノヴァは様々な物を経験しドイツから日本に渡り歩く事が出来たのだろう。

 新品同然の拳銃(SIGP320C)を受け取り、懐にしまう。


「以後気お付けます」

「いいよ、怪我をする事は生きてるって証(あかし)だからね。ふふ。さあって、ここからが話なんだけど修理費チャラにしてあげる……か、わ、り、に、礼ちゃんの剣を見せてもらえないかな?」


 だが、独特な世界観を持つ彼女だからこそ、時々爆弾を落とす。

 礼が持つ剣は機械生命体と同様に体細胞で出来ていて、刃に触れ人が取り込んでしまったのならばDNAの書き換えが起こる。

 それは、ごく少数でも起こる故に俺も舞も精華さんでさえも礼の武器を触ろうとはしなかった。

 確かに礼のことをもっと知りたいと言う欲が存在する。けれど、もしもの時に精華さんに迷惑がいかないだろうか……そんな言葉が頭をよぎり口を濁す。


「あー、俺より礼に言う言葉なのでは?」

「ふふ。海斗(マスター)の許しが合えばいいって。それに浸食の事を気にしているの?」

「当たり前ですよ。言ってしまえば放射線のようなものですからね。機械生命体が発生してから九年間経ちましたけれど、今だわかっていない事の方が多いんですから」


 はぁ、舞は銃を眺めていて使えないし礼に至っては邪魔をしないように一歩引いている。

 迷う俺に机から身を乗り出しノヴァが海斗の肩にそっと手を置いた。


「あのね、私だって無策で触ろうなんて考えてないんだよ。そもそも彼女はただの寄生体じゃないし、それに契約ってやつで体細胞を交換し合って異常なしの人が目の前に居るもの」

「……」


 やっぱりこの人には普通の物差しでは測れない。


「分かりました。わかりましたよ。礼、出してくれないか?これで修理費はちゃらです」

「了解。マスター」

「大丈夫よ、これできちんとチャラにしてあげる。それに、昨日せがんだとしても礼ちゃんの剣をじっくり見ようとしても見られなかったでしょうしね。ふふ」


 何時もこうやって押し切っているのだろう、慣れた様子で奥の扉に案内し進む。

 ドアを開けた先に広がっていたのは工房だった。部屋の中心には寝転がれるほどの大きいさを持つ木造の机に、工具一式。壁にはガンラックが設置されており、所狭しと銃が数多の種類掛けられていた。


「さて、舞ちゃんは電子機器にめっぽう強いって話だけど……撮影をお願いしてもいいかな」

「あいさ。私に任せんしゃい」

「海斗は……何かあった時用に待機しといて」

「あぁ」

「さぁて、剣を出してもらおうかなっと思ったんだけど。聞いてた話だと日朝(にちあさ)よろしく、衣服を変える必要があるみたいだね。じゃあ、目の前で着替えてみよっか。ふふ」


 昨日、と言うか具体的には礼は三日前から私服を自分から率先して着るようになったのだ。

 あの、闇堕ちボディスーツに肩にはバーコードそして下腹部には淫紋と出で立ちでは無く。白いミニスカートにフリルを付けた黒いブラウスを着用していた。更に、ブラウスと同色のポーチを下げていた。

 これを視た俺は余りにも高い成長力に唖然したのだった。

 が、逆に戦闘着はあの時から見ていない事となる。

 はやり胸のクリスタルと同様に何かしらの変化が起こっているのだろうか?

 礼は胸に手を当てると黒い液体が迸り、体にうねり付いてゆく。

 瞬きの間に妖艶な服が纏われていた。服装が変異しているかは肉眼では確認できない。

 変わっていない……?今だよくわからないな。

 首を傾げながら視線を上から下に下げる。


「……エロ同人誌の格好してるね。ふふ。生で、それもコスプレじゃなくて実戦用戦闘服として見れるなんてね、驚きだよ。黒っぽい光沢にラバースーツような外見の割には質感が……すべすべしている」

「ちょっと待ってください。いくら同性だからと言って男性の目の前で絡まないでください」

「これが百合。細い腕が絡み合う理想郷。兄すごいよ」

「ふにゅ!?あの、僕の剣を見ると言うお話じゃ」

「そうだったね。ごめんなさいね。これじゃあ私、女性の体をまさぐる変態さん、って思われても仕方ないわよね」


 もう思われてると思いますが……。出かかった言葉を戻す。やっぱり女性同士の会話……じゃれ合いには割り込みずらいな。

 あんなことをして起きながらやっぱり職人気質のようで、手袋を装備したのち礼から剣を受け取って机の上に寝かせていた。


「さて、やるだけの事はやってみましょうか。まぁ、私の専門は武器工学で調べられるのは武器としてどのような効果を持っているのかってアバウトな事だけ。真理に関して知りたければ、生物学者しかり鉱物学者しかり持ってこなくちゃいけないってことは忘れないでね。ふふ」

「そうだね。何か感覚ないけど機械生命体なんだもんね」

「あぁ、実際にくらって焼けるような痛みじゃなくて。自身が溶けていくような感覚だった」


 そんな風に雑談しながらもノヴァは作業を開始していく。

 ハンマーで叩いてみたり、バーナーで加熱してみたり、エックス線で確かめてみたり。とにかく考え付くことを検証し、まとめレポートを書いていった結果。


「基本的なものは同じね。魔力が流れていれば拘束が一部解除されて刃が展開される。魔力が流れていなければ刃は収納されアルミニウムほどの重さを持つなまくらになる。けれど流れていれば落ち葉が触れただけでも切れる絶刀となる。ふふ。どうやらこの光る赤い線が魔力を流しているみたい」

「驚きましたよ。手袋を外して作業をするなんて、浸食されたらどうするつもりだったんですか?」

「マスターの許可が無いと食べないよ」

「って言ってたし、大丈夫かなと」


 そう言いながらほれ、と渡してくる。いくら金属?の中で軽い物体だからとはいえ、いきなり渡されても困るのだが。


「ん?赤い線が消えない。生成者から離れると暫くしてなまくらになるはず、もしかして|振れ(つかえ)る?」

「振れませんよ。こんな重くてデカいの」


 収納時でも1メートルあるんだぞ、展開したら約1.5メートルほどに伸びる。そんな長いもん振ったら遠心力で体が振り回されるし、そもそも持っているだけで腕がプルプルと振るえるんだ。

 そう思うと、自分と同等な体格なのに苦もなく持てるノヴァさんは、やはり傭兵所属だと改めて実感する。


「刃に魔力を纏わせることによって、相手の防御を中和して切る……機械生命体は所謂、魔力障壁を張って物理的な損傷を防ぐからこの武器は非常に合理的ね」

「魔力障壁って何?ファンタジーゲームに出てくる奴?」

「海斗妹、君が想像しているより厄介な代物だよ。銃での戦闘を視たことがあるんじゃないかな?その時、銃弾が弾かれていただろう。あれは単純に体表がレベル2防弾アーマー並みの硬度があるわけじゃあないんだよ。と言うか魔力を流さない装甲はハンマーでぶっ叩いたら穴が開くほど脆いよ」


 そう言って机の引き出しから白銀の板を取り出す。金属に関しては詳しくないが、あの話し方からして機械生命体の外皮なのだろう。

 そして、ポーチから小型のハンマーを取り出し勢いよく叩きつけた。

 響いたのはバコンとした重音ではなく重ねた厚紙を破いたような軽さ。見れば柄部分までめり込むほど大きな穴が開いていた。

 ね?と、軽くツインテールを揺らし後ろの廃材箱に投げ入れる。


「じゃあ何で効かないのに銃を撃つの予算の無駄じゃん」

「って質問が来ると思うからテンプレな回答をすると、体表に魔力を纏わせることで硬度を上げているんだよ。何で硬くなるのとかわかってないけどね。ふふ。で、銃を撃つ理由は守りは万能じゃない事。エネルギーを0にするわけじゃないから当たるとリアクションはする」

「確かに、弾丸に当たった際仰け反ったりしていた」

「そして、大口径銃は障壁を貫通し小口径でも一定時間内に一定数弾丸をぶち込めば突破できる事が確認されているの。つまり一定のエネルギー以下でないと無効化できないし、障壁ダメージは蓄積され破れるから問題ないって事。まぁ、突破するにはタコ殴りにしないと抜けないけどね。ふふ」


 結局わかったことは、人が触っても礼の任意でと言葉が付くが浸食されない。生成者の礼と契約者の海斗だけが剣を使える。しかし、海斗に至っては筋力不足で振るえないと結果になった。ちなみに礼は私服に戻っている。

 四日前に消費した弾丸を補充し、追加でゴム弾などの非殺傷ようのものを購入。

 そろそろ用は終わったし、時間もお昼を回ったし家に帰るとしよう。今から走ればバスに乗り遅れることは無いだろうし。

 感謝の言葉を述べ、ノヴァに背を向け足を踏み出す。


「まって。礼ちゃんさっきの武器の銘ってあるの?」

「あー確かに知らないな」

「私も気になるね。中二心をくすぐられるデザインだし」

「あるには、あるんですけど」


 礼は顔を俯かせながら断りを入れる。何でも不吉な名前なのだとか。それでも、三人の好奇心は収まることは無く海斗にお願いされ。


「レーバテイン」


 と囁いた。


「レーバテイン……裏切りの枝ね。確かに不吉な名前ね、契約にとってわね」

「破滅の剣ともいわれてるし。ちょっとやばいくない兄?」

「いや、俺は気にしない。いい意味で裏切ってくれると思ってるよ。それに名前程度で不幸になってたまるか」

「|ご主人(マスター)……」

「ほら、早く帰るぞお腹空いてるだろう」


 そう言いが強引に背中を押し出口に向かって突き進む。

 改めて感謝の意を伝え扉を閉めた。


「ふふ。面白く、なりそうだよぉ」


 扉を閉めた先を青い瞳が貫いていた。

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