26節 忍び寄る軍靴


「あ、おはようございます精華さん。正確には午後四時なのでこんにちはからこんばんわに切り替わるころですが」

「ごめんなさい。その……疲れが溜まってたみたいで」


 来客室に通され、どうして呼び出されたかを藍沢さんから大体の経緯を聞き、ノヴァから装備を受けっとったり食堂にご飯を食べて行ったりし終え、短針が五十度ほどに傾き始めた頃に目を軽くこすりながら入室した精華。

 寝ぐせやメイクもせずに現れた事から今さっきまで寝ていたのであろう事が読み取れる。服も軍服やスーツではなく動きやすいトレーナーを着用していた。

 目のクマが薄くなっていたり、知性的になっていたり、疲れがある程度取れたようで良かった。

 俺の向かいのソファに思いっきり腰掛け、大きな伸びをする。まだ、抜けていないのだろう大きな欠伸を添えて。

 ともかく夏さんから「来たら渡してくださいっす」と、頼まれたコーヒー牛乳を机の上に置き明け渡した。

 ゆっくりとペットボトルを口に運び喉に流していく。少なくともこれで糖分とカフェインが摂取できたことにより目が冷めるだろう。

 飲み切り一息付いた所で少し頬を染めながら前のめりになる精華さん。


「まさかあんな状態を見せるなんてね……。礼ちゃんには頼れるお姉さんに見られたかったんだけどな」

「俺らにとっては今更?って事になるんですけど」

「良く家にサボりに来たり、お菓子食べに来たりね?まぁ、仕事面では立派な人だとは思うけど兄妹(私達)に取っては……ねぇ?今まで知らない一面を視て礼ちゃんはセイカさんのイメージがぶち壊れたんですこと」


 ほんっとうに残念美人だよなぁこの人。

 容姿も整っていて体のバランスはコーラ瓶のような理想形。手足も長く背が高い、性格も面倒見が良くて視界が広く他人を気に掛ける素晴らしい……んだけど、だけど。

 プレゼントで送ったぬいぐるみに盗聴機仕掛けてたり(正確にはくれたが正しいと思うが)、我が妹に対して赤ちゃんプレイ強要させたりと、接すれば接するほど尊敬が雑になってくる。

 それが、石竹精華せきちくせいかと言う人間だった。

 てか、その完璧仮面が取れるのが速いのなんの、ホールで騒いでいたのを尻目に全員が距離を離していたのは周知の事実だったからである。

 けど、礼にだけは頑張ったようで俺が居ない三日間、親交を深めキッチリ一般常識を叩きこんだのはさすがと言うべきか。あまりの違いから「ふぇ」とさせてしまったと言うべきか。


「あー。礼?精華さんはな忙しいんだ。なんか結構気楽にしてるけど、一民間警備会社の社長で様々なすり合わせをしながら俺たちに気を回しているんだ。人はストレスのコップが溢れるとこんな風に乱れてしまう、だからもしまたなったらお世話になった分、支えような?」


 さ、流石に不憫に思った俺が名誉のために一応告げ口をしておく。

 俺の声を聴いたのか精華さんが視線を上げパァアとほほ笑んだ。どれだけ意地を張りたいんだこの人。


「分かった。僕は、重役になってない?」

「そんなのなってないわよ。と言うかこの思春期の年頃は大人に頼る事こそが大切なのよ」


 やはり優しい根はどんなの時も変わらない。だからこそ精華と言う傭兵は愛されているのだろう。


「さて、振れ合いもいいですがそろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか?貴女があんなメールをよこしてくるなんて嫌な予感しかしないんですが」

「そうね。そろそろ切り替えて仕事をしましょうか」


 精華と俺はソファーに掛けていた腰を伸ばし向き合う。今までのポアポアした雰囲気はとうに霧散し、異種試合のような一挙手一投足を見逃さない鋭さを双方が纏っていた。


「簡単にまとめるわね。昨晩、関東統合都市郊外国道463号旧埼玉県南部で機械生命体の出没を確認されたわ。付近を警戒中だった警官二名プラス応援二十人によって鎮圧されたのだけれど……おかしいと思わない?」

「おかしいですか。そうですね、あそこは九年前の準緊急避難地域に指定されていて人影が全くない事でしょうか。機械生命体は礼曰くマソを求めて人を襲う……近くに廃墟都市もありませんし、現れる理由がありません」

「兄、今調べてみたんだけどここ四日間でこの手のニュースは多数あるみたいだよ。それも……どんどんこっち近づいてきてるんだってさ」

「つまり僕が思うに精華ちゃんは裏に寄生体が居ると踏んでるって事?」

「そのとおり。で、もう一つ。実は同時に関東都市に出現しているのよ。まるで陽動を行うように」


 本来本能のままに行動する機械生命体がこんな高度な作戦を思いつくはずがないと。


「つまり精華さんは裏に寄生体が居ると踏んでいる訳なのですね」

「えぇ、そして我々兵士にはダメージを与える有効打は無い。最低だって私も解ってる、けどあなたたちの力を貸してほしいの」


 そう来たか。

 確かに寄生体に特攻を与えられるメンツがそろっている。礼は突破力、俺は支援力、舞は管制官としての能力がずぬけている。


「もちろん正規兵じゃないから前線に配置することはないし、何て言っても反吐が出るわよね」


 優秀。それ故に精華は悩んでいる。戦力としては使いたいが大人が、精神が子供を出すのを戸惑ってしまっている。

 精華さんの瞳は微かに揺れている。断ってほしいし手伝ってほしい……天秤が揺れている。

 そんな姿を見て俺は。


「分かりました。お受けしましょう」

「「!?」」

「ちょ、兄本気で言ってるの!」

「あぁ、いつも世話になっている精華さんの頼みだからな。それに……なんでもない」


 それに何か礼に繋がる手がかりを得られるかもしれない。

 そもそも機械生命体ってなんだよ?寄生体って?マナとかマソとかそんなおとぎ話ファンタジー夢落ちのほどがある。普通進んで関わったりしない。

 けどな、礼は大切な人になって、守りたいと思って……それに九年前のあの日に命の覚悟とかそんなのしてきている。


「――、自分の命を軽く見ているのね」

「軽くなんて見てませんよ。死ぬつもり何て毛頭ないけどただ、守るのに武力と金が必要ってだけですこの世の中」

「……わかったわ。いい!礼ちゃんの関係上、非正規としていないモノとして動いてもらうわ。もちろん何かあったら救援には行くつもりだけど、同行班はなし」

「そりゃ、警察官と一緒に動いていますもんね。理解してますよ」


 そうしてこちらに精華がスマートフォンを渡してくる。


「これは?」

「特殊スマートフォンよ。暗号化技術とかが埋め込まれていて……要するに逆探知されにくいってこと。良かったら使ってね。ほら二人も」

「はい」

「ほぉお!これ、最新機種ジャン!」

「礼ちゃんはスマホの操作は覚えているかな?」

「はい。覚えてますよ」

「よろしい。じゃあ貴方達の配置場所は――」




 すっかりと日の光が堕ち辺りが暗くなる。日の晄が消えようとも、いや消えたからこそ一層暑さが体に纏わりついているように感じる。

 半月の月明かりとが燐光の様に優しく辺りを照らし、それを補うように所々防犯灯が点灯していた。

 辺りを視れば大きく積み立てられた十色のアルミ製のコンテナ。あまり整備されていなかったのであろうか、雑に使用していたのか酸化に強い軽銀が腐食されていた。

 俺たちが今いる場所はコンテナヤード、あるはコンテナターミナルと呼ばれるところだ。

 輸送容器を置く場所であるのだが、さび付いていていることから人が居る痕跡はない。

 それでも最低二台、最大四台ほど積まれている。視界は良好とは言えないが礼にとってはベストポジションになるのだろう。


『こちら精華。配置に付いた?』

「こちら海斗配置に付きましたどうぞオーバー


 近くにあるコンテナに寄り掛かりながら通信に耳を傾ける。


『了解。こちらは既に戦闘が始まっているわ。今SS部隊と連携を取っている所』

「大丈夫ですかって言うのは杞憂ですね」

『そう。私たちの心配をせずにまずは自分の心配をしなさい。了解ヤー?』

了解ヤー!」


 ブツリと電子音が届き通信を終える。

 こちらもこちらでやる事をしなければならない。

 自らの体に視線を下げる。そこにあったのは崩壊都市とは目に見えて違う戦闘服であった。


 緑色の下着アサルトスーツの上に偽物プラではなく薄いセラミックのボディーアーマー。

 背面には様々なポーチが備え付けられており、ラジオポーチ内にはHMDの予備バッテリー、隣にはガスマスク用ポーチ。下部ポーチ内には水分と医療品が入れられている。

 腰回りには左太ももにSIGP320C専用ホルスターが取り付けられ、右にはダンプポーチが着用されている。

 そして、両手に装着されたちょっとした細工が施されているアームプロテクター。

 あとノヴァさんから頂いた各種弾薬。


(いつから俺はSATみたいな特殊部隊の人間に成ったんだ?)


 とそんなことを気にしている余裕はないと、首を振りマイクを起動させる。


「舞?」

『分かってるって。既に付近の監視カメラを支配ハック済み。兄たちが映る事はないし付近に人影も無し』

「礼、HK416をくれ。予備弾倉は四」

「分かった」


 俺の言葉を聞き礼は胸のクリスタルへと腕を沈みこませていく。血液が漏れるように黒い液体を周囲にまき散らしながら取り出した。


 ――HK416

 ヘッケラーアンドコッホ社製の突撃銃アサルトライフルだ。元はM4を回収するようにと米軍からの要請で作られた銃だが、魔改造の結果もはや別銃扱いされている。

 しかし、銃の性能は折り紙付きでデルタフォースや国防軍も使用している。

 そしてこれは近接戦専用のカスタマイズを施されている。

 ドットサイトにフラッシュライト、銃剣と。これは礼の支援を目的にしたものである。

 基本的に礼は高い突破力を誇るが、その条件には海斗が一定距離に居なければならないと言うものである。本来ならば取り回しが容易な短機関銃サブマシンガンや個人防衛火器(PDW)の方が良かったのだが、ない物をねだっても仕方がない。


 マガジンを差し込みチャンバーを引き薬室に初弾を装填する。ドットサイトの電源を入れ光量を調節する。

 あの話し合いの後、夏さんからある程度この銃の使い方を学んでいたが何とかなるのだろうか。


(いや、遠距離における牽制用として考えよう。近距離戦では放棄パージして拳銃に切り替えたほうが良さそうだ)


 |拳銃弾(9mm)より威力が高い|小口径弾(5.56mm)で仕留められればいいがそう都合よくはいかんだろう。

 ならとっとと重りを捨ててナイフを振ってた方がいい。

 礼は既にラバースーツとハイレグが組み合わさった戦闘服と何時もの1.5mほどのいつも道理の剣を出していた。


「何かあったら僕の後ろに。剣を展開すればたてになるから」

「そん時は頼りにしてる。しっかしまぁ、胴体ほどの剣はもう見慣れた突っ込まんとして……」


 俺は礼の姿を下から上へ舐めるように見回す。

 ナイスボディだなとかそういう意味じゃなくて。

 視線に気が付いたのかコテンと首を傾げる彼女。その服や武装には赤いラインが発光していた。

 そう発光しているのである。某日朝の携帯電話で変身するやつよろしくに。

 確かにかっこいい。男心ロマンをくすぐられるが、光って自分の位置をさらしている状況には変わらないので、隠密に向いているかと言えば……。それに下腹部の淫紋も光ってんだよなぁ。


「あの、それどうにかできない?」

「それ?あ、そのこれは人間で例えると呼吸みたいなものだから……ごめんね」

「そっか。後で対策を考えないとな」


 こんなにのんきに会話をしていてもここが戦場であるのは不変だ。

 故に。


「……っ!来たよマスター」

「!?舞――っ!」

『今一体確認。確証はないけど影からもう一体。もうすぐ目視目視できると思うけど』

了解ヤー


 突撃銃を構えセレクターをセーフティからセミオートに切り替える。

 コンテナの影から出てきたのは白銀のボディを纏った人型の機械生命体。

 片方は商店街で出会ったものと同種でもう片方が盾付きだ。外見上に差異はほぼなくせめて言うなら盾付きの方が筋肉質とことか。


正面十二時方向。目視二」

「待ってマスター気配は三つあるよ」

「ん?すぅ……目視二、伏兵一。礼は合図をしたら盾持ちに突っ込め、俺はもう一つを押さえる。舞は伏兵の警戒を」

「わかったよ。マスター」

『了解!引き続き監視しておく』


 相手もこちらを視界内に抑えたのか、姿勢を低くし唸り声のようなものを上げている。

 いくら一番弱いと言われる歩兵型でも慢心は出来ない。

 ゆっくりと狙いを定め相手の体感を崩すような場所を目を付け。


「……行くぞ。戦闘開始エンゲージ……ッ!!」


 パンと乾いた炸裂音が闇に揉まれた。




 しかし、海斗は一つの事を失念していた。

 確かに精華は後方に配置すると言った。しかい、後方と言えどあくまで前線からは少し離れていると意味だ

 そして、先ほどの通信内容『了解。こちらは既に戦闘が始まっているわ。今SS部隊と連携を取っている所』と。

 もし、この戦場に居るのが精華達だけならともかく警察、それも特殊部隊であるSS第一部隊が後方での銃撃音に――気が付かないわけないだろう?


「!?なんださっきの」


 SS第一部隊隊長である小鳥遊咲は困惑していた。彼女らは機械生命体の包囲殲滅のために前線から少し離れ、敵の側面へと移動を開始しするため反転していた。その直後に『後方』からの銃声音。

 無論戦闘中なので銃声の百や二百聞こえてくるのは当たり前なのが、それは敵と相対している前線ではなく安全なはずの後ろから届くのはおかしい。

 暴発うっかりか?違う今も連続して発砲音が耳に届いている。

 補給路が襲撃されている……?しかし、そんな連絡は。


「咲隊長後方を確認するべきです」

あやさん」


 背中を引っ張られる勢いで隣から話しかけられる。

 杉野彩すぎの あや

 彼女はSS第一部隊副隊長である女性だ。

 黒髪を腰まで伸ばした童顔であるが咲の一つ下である。

 彼女は近接戦闘における優秀賞もちであり、咲不在のさいは事務仕事などを行うことが出来る。

 わかりやすく話すならば先に取って右腕的な存在と言えるだろう。


 26式戦闘服上からマガジンをこんこんと軽くたたきながら。


「銃による現代戦において補給が出来ない兵士は肉盾にもなりません。それに、敵が陽動作戦を用いている以上知性があると考えるべきです」


 彼女の意見はもっともである。

 銃の兵器としての優位性は、遠距離から戦闘が出来る事、訓練時間が短く即戦力としてなりやすいが上げられるだろう。

 しかし、世の中良い事ばかりではない。銃の一番の弱点は継続戦闘能力の低さがあげられる。

 弾丸を持てる量には限りがあるし、かさばるし。継続力面では長刀の方がはるかに優れていると言っても過言ではない。

 弾が無くなった兵士は肉盾以下だ。反撃さえもできないし、銃弾は人体などいとも容易く貫通する。

 それは、機械生命体相手にも変わらない。逆にもっと悲惨である。打撃も刃も通らないのだから。

 そしてもう一つ。


(……。防衛線は補給部隊より後方には展開されてはいない。もし突破されたら住宅地帯に侵入を許してしまう)


 警察官が市民を守るのが当然だからだ。

 腰ポケットからペットボトルほどのトランシーバーを取り出し、周波数を合わせ耳元にい近づける。


「……。こちら第一SS部隊隊長。小鳥遊咲、本部応答願います」

『こちら|関東統合都市本部(HQ)。どうなされましたか?』

「後方で銃声を確認。後方で銃声を確認。敵が背後に出現した可能性があるため転進の許可を。どうぞ」

『HQ了解。しかし、前線の機械生命体の殲滅任務はどうするつもりだ?どうぞ』

「千夜率いる第二部隊に引き継ぎをさせようかと思っております。どうぞ」

『HQ了解。しかし機構らは第二に伝えたのか?もし伝えてないのだったこちらから伝えますが。どうぞ』

「了解。頼む。通信終了」


 ふぅ。詰まっていた息を吐き出し、トランシーバーを収納する。

 視線を上げれば、透明なフェイスガード越しからでも隊員の覇気が伝わってくる。


「先輩」

「後方の安全確認は必要だからな。それに、一般市民を守れなきゃ警察のなが廃れるだろう?」


 後方からの敵確認の通信は無い。けれど、ちょっとぐらい臆病なのが生きるコツだ。

 それに、戦闘終了後の残り弾数が尽きかけている状態での戦闘では戦死者が出るかもしれない。

 精華は部隊員たちを見回す。各々が各武器を手に持ちこちらの指示を喘いでいる。


「総員注目!我々第一部隊総員120名は銃声が鳴ったとされる後方に転進する。機械生命体がいる可能性が高い。十分に注意しろよ」

「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」


 運命が交差する瞬間はすぐそこにある。

 誰にも気づかれずにそっと息を殺して近づいてきていた。

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