20節 三つ編み
「さて、家で話した事の続きになるんだけれどね。実は寄生体ってあそこまで人と酷似していないの」
「……は?」
「え?」
自然と礼に視線が向く。
確かに寄生体だ。けど、礼は胸のクリスタルとか肩のバーコードとを視なければ人間と大差ない。
「私が知っているものは寄生した個所からどんどん装甲化していったもの。人の形を保っている物もあったけど、ローブを被らなきゃすぐ見分けがつくほどだわ。だって、体全体が乖離してるんですもの」
「待ってください。あの時の少女は頭に肉で出来たバイザー以外には」
「そう、クリスタルを除いて同じだった……」
「じゃあ、私たちに居間で言った話って嘘?」
「まぁ、ね。でもあの時は礼ちゃんが危害を加える可能性があったから警告の意味が強かったけれど。それに、そもそも本当にそんな存在居たなら見つからないと思うけれど」
た、たしかに。
精華さんだって内心テンパっていただろう。自分の情報と乖離した存在が目の前にいる。
そして、あの時はまだ出会って一日目。信用とか人柄とか判断できないだろうし。
けど、二日目の態度と瞳の芯の強さで悪い人じゃないってわかったからよかったわ。と精華は吐く。
「で、一応生命体と括りに入るから突然変異したんだろうと勝手に解釈したのよ。何せ良くわからない事だらけだしね」
「ほぉ」
「まぁ、機械生命体が出現してまだ九年だからね。体の構造も既存生物とかけ離れてるって記事で見たし言ってることは正しいんじゃない?」
「舞ちゃん信用してくれるのね!ぎゅー」
妹に抱き着こうとする精華さんを無理やり止める。
今ここではコントをしている場合ではない。
すっと静かに手を上げるものがいた。今まで会話に混ざらなかった彼女がなぜ?そう思いながら精華は催促した。
「一つ質問していいかな?僕が聞いた通りだと寄生されたのは男性、女性?」
「確かに性別は聞いていなかったな」
「……私が聞いた限りだと
「寄生体にはゲシュタルトって言う考える能力があるの。けど、戦闘能力もないし維持にも不利だし正直何で生まれたのかわからないんだけど」
「代わりに寄生出来るって事だね?と言うか寄生すると言う選択肢が出来るんだね」
「で、マソって女性に適用しやすいだよ。例えばえーと何か出来事が無かった?」
「俺?あー、確か九年前に比べて女性の胸とかが大きくなったって言う奴か?もしかしてマソの影響かッて話題になってたけど」
「そう、女性の方が順応しやすいの」
「……なるほど性別は盲点だったわ。でも、女性なら何でもいいやってなるなら数でバレると思うけど」
「それは、僕みたいに適用できる母体が少ないから。後は死にやすいって理由もある単純に貧弱だから」
どうやらそう簡単にいくわけではないようだ。
どうやって母体から主導権を握るかわかりやすく教えてくれた。
まず、第一フェイズ。これは単純に取りついた状態だ。胸元に小さな針を突き刺して固定をする。
この際、力任せにやったり外科手術によって簡単に取り外せる。
次に、第二フェイズ。こちらは根を張り完全な固定化を目指し、自身の体細胞を順応させていく。
外科手術によって摘出可能だが、この時点で自我がどんどんなくなってくる。
第三フェイズ。固定化が完了し自身の細胞をなじませる。その際、全身を体細胞が覆い順応していく。
第四フェイズ。体細胞を吸収し終え残すは脳だけとなり脳を浸食するために残ったバイザー以外の体細胞は吸収されている。
第五フェイズ。融合完了。
最終的に脳を乗っ取り己の欲望の赴くままを尽くす
「まて、第四で脳を浸食するんだろ?じゃあなんで動けたんだよ。人間の体って動かすのには脳が必要だろ」
「それについては体にある細胞を使っている。脳を浸食するのはあくまでの動作を効率化するためであって、本体は胸のクリスタルだから」
「なるほど。……貴女達って何者なの?」
「いやそれ、人間ってどうして生まれてくるのと同じくらいの難しさありますよ!?」
「わからない。けど、何かに突き動かされていた」
「突き動かされていた?」
「ごめんなさい。わからない。僕は」
「わかったわ。で、もう一つ聞きたいことがあるのだけれど海斗君の傷を治した方法は?」
「そうだよ!兄、私も聞きたい!兄が装甲車の中に担ぎ込まれてた時はホントにひどくてぇ、刺されてた肌は変色してるは傷の周りには何か黒いものが付いているわで」
「落ち着け」
うるうると瞳を濁らせた妹を何とか落ち着かせ、今まであったことを口頭で伝えた。
夢ので見た光景の事。
そして、契約すれば寄生体にマソを供給できると言う事。
瞳を使えば異世界からの武術を投影できる事。しかし脳に負担がかかる事。そして全身からマソが漏れ出し特定されてしまう事など。
現実とは程遠い狂言でしかない言葉を精華さんはゆっくりと飲み込んでいった。
「本当なら病院の推薦状書いとくねで、終わるんだけれど何しろ状況が裏図けちゃってるからね。礼ちゃん体はどうなの」
「僕?戦闘をしなければ大丈夫。マスターと一緒に居れば急速に魔力は回復していくし」
「そう、ならいいわ?あーもう一つ。あの時の傷は一体何だったのかしら。細胞が侵食されてはいたけどどちらかと言えば殺すためではなく生命維持に使われていた」
「それは、生け捕りにしたかったんだと思う。契約できる人にも限りがあるから」
「自らの生命を維持するために海斗君を手に入れようとしたって事?じゃあ海斗君は寄生体に狙われるって事じゃないの!」
確かに、今まで考えていなかったが俺は唯一機械生命体を撃滅できる生物を使役することが出来る人間。
人、寄生体双方から狙われる存在なのでは?
「これはまた放って置くことが出来ない理由はできたわね。取り合えず自衛できる装備渡した方がいいかしら。拳銃だと火力不足よね?」
「そうですね」
「あ、それは二人に同意。せめて対人体機械生命体兵器は持っておくべきだと思うよ。アサルトライフルとか手榴弾とか。ロケットランチャー二丁持ちとかロマンだね!」
妹か冗談なのか本意なのか良くわからない話をしながら話をまとめていく。
ともかく今は銃の予備がないないらしい。
銃と言えば現代社会における携行武器の最強格だ。それ故に所持には様々な制約がある。
一応、海斗は火器操作資格と言うものを所持しており、これは銃を操作することが出来ますよと証明することが出来る。だから、実は海斗が銃を持って撃つのは違法ではない。
問題は銃の方である
例えば、銃にはシリアルナンバーが刻印されていて政府による厳重な管理が敷かれている。
そりゃそうだろ。犯罪に使われた時、銃を特定できれば犯人確保につながるんだから。
けれど、この場面では悪手。
もし政府関係者が家を訪ねてきたら。
だから、この話は一旦無しになったのである。
「わかったわ。後で選びに来て頂戴」
「僕、拳銃以外持ってるよ」
「「「え」」」
と、思っていた視界外から救いの手が差し伸べられた。
ホントなの?と問う精華に礼は行動で示す。
胸のクリスタルに腕を突っ込み探るようにかき混ぜながら、大きなものを取り出した。
それは、大型の銃であった。有名な銃もマイナーな銃も等しくそろっている。
「うほぉ!HK416にM870にM20、ダネルMGL。ゲームでしか見たことない武器が眼前に!おほぉお」
「触らないの!はぁ、見た所シリアルコードが刻印されていないから市販品ではなく試験品ね?」
「ある意味火力不足は改善されたと?」
「まぁ、礼ちゃんの胸にしまっているわけだから……と言っても基本一緒にいるか」
銃を弄りながら精華さんは言う。
これは、所謂試験品。
言ってしまえば銃を作る時に他国がどのように作っているか判明するために輸入したもの。
見本品が正しいかもしれないが。
礼が胸のクリスタルに収納し終わったのを確認し、僕たちに立ち上がるように促す。
「ともかく、話が長くなったわね。家に送ってあげるわ」
「直ぐ帰るのですか?」
「ちょっと確かめたいことが出来てね。それに宿題は?三日間
「がぁ!」
「んひ!」
学生の二人は悲鳴を上げる。
せっかく忘れてたのに……。
大丈夫だ、まだ七月終盤。新学期が始まるのは八月下旬、何とかなる。
エレベータで降り地下駐車場で精華さんの車に乗り込む。
バックミラー越しに少年少女を視ながら思いを吹ける。
(礼ちゃんが言っていた神の存在、そして海斗君が言っていた封印の女神。等しく神と単語が付くこの二名の因果関係は何なのかしら?)
戦士の感か或いは経験かともかく送り届ける方が先だと思い、エンジンを回した。
「納得いきません。何故打ち切られるのですか」
側面の一部がガラス張りになったビルの最上階に二人の人がいた。
バンと上司の机に拳を叩きこむ女性。そしてその光景を冷めた目で見つめるでっぶりと腹を突き出した男性。
怒りで肩を震わせながら
「通常固体を指揮することが可能な寄生体を、
「まあ、落ち着き給え
この野郎と咲は目の前にいる警視監を睨みつける。
41名の警視監のポストに就くキャリア組の一人だ。
この男を一言で表すならば”無能”である。
様々な悪どい事ををしているが、裏に政治家。そしてその政治家にも裏で別の国家が糸を引いている。
こいつには国民を守ると言う覚悟が欠落している。
油まみれな顔にデブったはら。
今すぐこいつを射殺したい。その思いを胸に秘めながら返答を待つ。
「そもそも一体何所からそんな金が出るのかね。君はもう少し経済学を学んだ方がいいよ。おっと君は東大卒だったねぇ?」
「市民に犠牲が出てからでは遅いではありませんか!?」
「君は下を見すぎだよ。そうだ、いくらか
「結構です!!」
無礼な態度だとわかっていながら咲は扉を閉めた。
(クソ!これが私が夢見た職業の現実なのか)
やるせなさを感じながら警察署から外へ出る。
私の部下たちも解っているのだろう何も言わなくても背中を押してくれた。
空から降り注ぐ暑さとコンクリートから出る反射熱に板挟みされながら、やっぱり気分転換に外に出るのはダメだったかと黄昏る。
学生の頃はあんなに啖呵切っていたのにな。年を取って役職や権力に
「私、どうすればいいかなぁ」
そんな女性に向けて。
「すみません」
「ん」
話しかける人物が居た。
紫色の髪をサイドテールでまとめたかわいらしい少女であった。
制服を着こなしたザ清楚な学生。
「あーえー君は」
「私ですか?私は
「駅か……。七分ほど真っ直ぐ歩いて次は左折して三分ほど進めば着くぞ」
「ありがとうございます!それでは」
そう言い少女は足早に去っていった。
缶コーヒーを開けふと思う。
(あの制服って去年砲弾が直撃して廃校になった奴じゃなかったけ……)
そうだ。確か有名なお嬢様学校の制服だった気がする。
けど、あそこは機械生命体との戦闘で廃墟になっていたはず。それも三日前の廃墟都市内にある。
そこまで考えて頭を振るう。
熱とストレスで頭がやられてしまったのだろう。
明日は休みだ。久しぶりにショッピングモールで買いものをしに行こう。
空になった空き缶をゴミ箱に捨て、咲は職場に戻って行くのであった。
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