19節 声

「じゃあ、死亡者ゼロを祝って」

「乾杯!」


 精華さんの会社に到着後すぐに俺は大きな部屋に案内された。

 中央に大きなテーブル。その上に所狭しと食品が置かれていた。

 周りを囲うは三日前にお世話になったあの人たち。どうやら俺が来るのを待っていたようだった。

 扉を開ける音で気が付いたのか、一斉に振り向きこちらに迫ってくる。

 訳も分らぬままコップを持たされ紫色の液体が注がれたのち、先ほどの号令が鳴る。


「お?お?かん……ぱい?」


 今だ状況について行けぬまま立ち尽くしていると肩をポンと叩かれる。

 視線を向ければ我が妹の舞。そして、礼がいた。

 妹はいつものタンスから引っ張て来たTシャツに短パン。

 そして礼がおしゃれをしている。

 いや、年頃の女の子と考えれば当たり前なのだが今まではずっとハイレグ姿だったから意外に感じる。

 それでも肩やむっちりとした太ももをさらけ出しているのはご愛嬌と言うべきか。


「戦闘が終わった後、こう言う祝賀会をやるんだってさ。私たちは一様関わったわけだし呼ばれたみたいだよ兄。まぁ、ただ飯が食えると思ってたくさん食べよ」

「何でお前が威張ってるんだ?」

「僕は久しぶりにマスターとご飯が食べられるのがうれしいです」

「おう……」


 そして、なんとっ。契約した影響か礼の精神が大幅に成長したのだ。

 口調はスラスラに感情表現も豊かに、羞恥心が欠落しているのはそのままだが美少女としてそん色ないほどに出来上がった。

 俺よりも切り刻まれたりぶん殴られたり壁に叩きつけられたのに、こんなにも元気になるなんて。


「マスター。僕が食べさせてあげますよ」

「ぁあ、いいなぁ。美少女にご飯を食べさせてもらえる。役得だねぇ」

「俺はまだテンションについて行けねぇ……」


 さらっと馴染んでいる二人を尻目に刺身を食べる。

 病院では刺身とか野菜以外の生物系は出されなかったからな。


「お熱いねぇ。パンツァーファウストをぶっ放したくなるな」

「もうくついっちゃえっす」


 ……。


「あ、ちなみにそれはワインじゃなくてぶどうジュースっす。流石に昼間から酒盛りはできないんすよねぇ」

「何故昼間に」

「それはね、メンツが連れる時間がここしかなかったのよ。はぁ、夏に始末書を無理やり書かせられるし。夜しか寝れないじゃない」

「正常だろ……?」


 敬語がどんどん砕けていく。

 いや、仲良くなりやすいと言う事はいい事なのだが。


「ん?礼ちゃんどうしたんすか」

「僕準備がんばったから頭を撫でて」

「えぇ?あーはいはい。ガシガシガシ」

「しっかしまぁ、礼が兄以外にもなつくとはね」

「まぁ、人間関係を円滑に作れることはいい事だろ」

「海斗君が入院している間、世話してたっすからねぇ」

「ご迷惑をおかけしました」


 いいすよ。そう言いながら藍沢あいざわさんは笑顔で微笑む。

 妹ってこういう感じなんすねぇ。そう呟きながら乱雑に礼の頭を撫でている。

 俺が知らぬ間に親睦を深めていたようだ。

 特に同性の精華さんや藍沢さんには甘えるほどに打ち解けているようだった。


「……契約ねぇ」


 夢で見たことを思い出す。

 確か互いの体細胞を交換するとか言っていた。その際に契約者の少年の足の傷が再生した。

 俺の腹部の傷だってそうだ。

 契約を行ったと言う実感はないが、自身が繋がっているという感覚だけは分かる。


(対岸の火事とは切り捨てられない……か)


 祝賀会はあっという間に過ぎていく。気が付けばもう一時を回っていて仕事に戻る人がちらちらと出始めた。


「片づけるの手伝いますよ」

「そう。ありがとう。全くうちの男性連中は食ってそのままにしておくからね」


 と、精華さんたちが片づけを率先して行っている。

 一応男性陣の名誉のために言って置くと、彼らは使用弾薬や被害状況などをまとめた報告書を出さなくてはならない。

 じゃ、精華は忙しくないの?と思うかもしれないが正確にはこれから忙しくなるが正しい。

 隊員から渡されたレポートを逐一まとめ編集し、警察省、国土交通省に報告など考えただけで頭が沸騰しそうだ。

 だから率先してやっているのだろう。

 じゃあ俺は?何故手伝うのか。

 それは単純に送り迎えを行うのが精華さんだからである。

 だって、帰れないし。お金ないし。

 薄情に聞こえるかもしれんが、精華さんは単純に我が家に来てサボりたいだけだぞ。


「あ、ちょっとあなた達は残ってね。いろいろと話したいことがあるから」

「分かりました」

「うぇ?」

「はい」


 お皿を運んだ精華に一言、言われ立ち止まる。


(そう言えば入院代……あ。保険は入っているけど、三割負担誰が払ってるんだろ。もしかして……)


 一人は金額を想像して震えながらおかたずけをしていた。




「で、何故呼び止めたのかわかる?」


 片づけられた部屋の中に俺たち三人はいた。

 ほかの社員は消え精華は扉の前に佇んでいる。

 俺たちは椅子に座っているため何か申し訳なさがある。


「えーと」

「簡単に言えば三日前の事よ。接点はないとは言わせないわ、キチンと情報交換をしましょう」

「情報交換?」

「えぇ、舞ちゃんや礼ちゃんと違い海斗君はここ三日の出来事を知らない。それに色々と情報を開示しておこうと思って」

「僕は一日だけ入院しているけどね」


 確かに、知らない知っているのはニュースで廃墟都市で機械生命体に乗じた暴動があったってだけだ。


「そう。上の意向でね。機械生命体の出現数は桁が一つ減って、それに乗じた暴動が起きたことになっているわ。流石にあれだけの警官隊の移動は隠しきれなかったけど、じゃあ暴動が起きたことにしてそちらに終点を当てればいいと考えたって訳」

「なるほど」

「だから、寄生体の事も秘密だし掃討も完ぺきとは言わないわ。まぁたとえで言うなら、ゴキブリを殲滅できるかと言われれば無理だしね。ただ、後始末も良くできなかったわ」


 何か複雑だ。

 要約してしまえば、感知できなかった事を責められる前に暴動にして責任逃れをした。で、後始末をうまくできていないと。

 ここら辺はよくある事だわと口を開く精華。


「問題は貴方たち、ぶっちゃけ礼ちゃんと寄生体についてよ」

「と言うと?」

「あの後、舞ちゃんと合流してあなたを追いかけていたわけ」

「私がプログラミングしたHMDには、GPSやカメラが内蔵されていて様子が見れるってことなんだけど」

「初めて私が礼ちゃんと出会った日の事を覚えている?正確には何を話していたのかを」

「えっと」


『確かに寄生した機械生命体が着用している衣服は大体闇堕ちスーツあれと同じだけどね……でもどうして知性的判断が出来るのかしら』

『え?他はしゃべれないんですか?』

『えぇ、しゃべれないわよ。外見は人間に似ているけれど、見分けが付くし』


 確かそんなことを喋っていた。後は、外見が人間に似ていると。


「カメラは海斗君が腹を刺された時点で何かしら影響があったのか死んだのだけれど、それでもマイクは生きていたのよね」

「はぁ」

「で、海斗君は多分気絶しているからわからなかったでしょうけど拾っていたのよ。……バイザーを付けた機械生命体の声を」


 そう言い右手で大型のポーチからゴーグルを取り出す。

 出てきたのは舞が作ったHMDだった。所々ひびが入り削られ、粗大ごみにしか見えないだろう。

 そして、左手にはマイクロSDカードが握られている。言い方からそれにデータが入っているのだろう。


「え?でも」

「そう。喋れるのは礼ちゃんだけと思っていたのだけど」


 コピーしたのだろう。取り出したスマートフォンからスピーカーモードで聞かせてくる。

 ――マタ、アイマショウ。ツギハワタシノモノ二シテアゲル。

 スピーカを通しているからか、それとも環境的にくぐもっているからか機械から聞こえる声は片言に聞こえた。

 それでも、しゃべっていたのは事実。


「……」

「その後に礼ちゃんが海斗君に何かやっているのも捉えたのだけれど、私たちが駆け付けた時には事後でね。肉眼で目視することはできなかったわ」

「つまり、礼が持っている情報と自分たちが持っている情報をすり合わせたいと」


 確かに礼がいる以上情報は必須だ。

 すでに自分が引き返すことが出来ないと頭の片隅で理解していた。

 それに、この人たちにはお世話になったし、これからもお世話になるだろう。


「その通り。さて、話し合いをしましょう時間はたっぷりあるわ」


 精華さんの瞳は礼を映し出していた。

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