本編:第2章 緋色たる烈火と紫水の彷徨へ

18節 赤髪の少女

「退院おめでとうございます。びっくりしましたよ、あんなボロボロしかも腹に穴開けてる患者が来るなんて」

「すみません」


 あの後、俺たちはこの病院に担ぎ込まれていた。

 そりゃ当然だ。腹部に穴が開いていて、傷口からは機械生命体の細胞が入り込んで浸食されかけていたのだから。

 機械生命体のは生殖器は無く。自らの細胞を植え付けDNAを変換し増加する。

 少数、短期間ならまだしも長時間浸食されれば運が良くて死亡。悪ければ人間もどきが完成するというわけだ。

 ただ、繁殖率が低く。言ってしまえば死亡率が高いウイルスをぶち込まれて、耐えられたらゾンビに成れるよってことらしい。

 DNAが完全に変化することなく急性反応によって宿主が死ぬことが多いのだとか。

 それでも見た方が速い。浸食攻撃を食らって一番影響が出やすいのが外見だと聞くし。

 事実、精華さんの髪がピンク色なのは色素を形成するDNAが書き換えられたかららしい。


「無事でよかったです。浸食されていましたが、逆に止血と生命維持に作用されていたようですね」

「黒くなった腹部から血が出ないのも精神的に気ましたけど……」


 人間には常識に抗体が存在し、機械生命体の細胞を少量なら駆逐することが出来るらしい。

 だから、今シャツを捲っても腹部は変色する前に戻っている。


「害があるものは取り除きました。しかし」

「礼の奴か?」

「礼さん。彼女が機械生命体だと言われても実感が湧きませんが、彼女の細胞は貴方と融合していて除去はできないのです。すみません」


 けれど、礼と契約したことによりこの身は純粋な人間ではなくなっているらしい。

 正直言って、何所を基準として人間なのかは俺にとって関係ない。

 生きていて、姿が保てているそれでいいじゃないか。

 あの時のように自分が変わるような感覚ではないし。


「とにかく、体調が悪くなったらすぐに診察に来るのです。ここは、傭兵御用達の病院なのですから。てか、協力してくれてもいいですよ」

「いやです」


 せめて今いる病院が闇医者に片足突っ込んでいる所でよかった。

 これで、俺と礼は下手な病院に行ったら身体検査結果が政府に漏れ出ていたことだろう。

 まぁ、無事に退院できる事だ。

 残念と言っていいのか、精華さんたちはどうやら書類仕事で手御離せないらしく。


『まぁ、そこまで離れていないからこちらに来てもらってもいいかしら?ちょっと手が離せなくて。礼ちゃんも妹も来る予定だからここで詳しい話をするわね』


 あの、廃墟都市の戦いから三日。いや夜に行ったから正確には二日半後か。

 幸い精華さんのところには死亡者が出なかったらしいのだけど、一部警察小隊が全滅した所もあったらしい。

 俺はあの時は既に侵入していたから戦線の様子はわからないけど、想像を絶することがあったはずだ。

 だから、せめて五体満足に遅れることを感謝するとしよう。


「まぶしっ。ずっとカーテンが架かった病室にいたからな。くっそ熱い」


 目を細め手び挿しを作りながら自動ドアをくぐる。

 これでまだ7月30日など言うのだからしょうがない。

 そう言えばまだ礼とあって六日間しかたっていないんだな。

 体感で一カ月は経ったと思ったのだが。


(いや、一カ月経ったら夏休み終わるけどな)


 病院内で切っていた携帯を視れば36度。雲量も一で快晴と。

 偶には一人で気楽にいくかなんて気分を燃やし尽くしたようだ。

 ともかく今度は熱中症で同じ病院に担ぎ込まれたな埒が明かない。

 冷房が効いた近くのスーパーでスポーツドリンクを2本購入し向かって行く。

 この暑さじゃ、500mlのペットボトルなんてすぐ飲み切れるからな。

 さて、ここからだと目の前にある公園を通る方が良さそうだ。

 公園、緑化運動で関東統合都市には各所に公園が設営されている。

 ここもその一つだ。

 遊具に噴水に発表を行うステージと様々なものがそろっているが、この炎天下の中で遊ぶ人間はほとんどなく居るとしてもセミとかの虫ぐらいか。

 こんな考え事をしてたからなのか、あるいは脳みそが暑さで蕩けてしまっていたのか。


「きゃ」

「うお」


 木の陰から出てきた女性にぶつかってしまった。

 女性の方は尻もちをついてしまっている。いくら地面が土だからと言っても怪我をしている可能性は否めない。


「すみません。大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫ですわ」


 独特なイントネーション。

 赤い髪に同色な瞳。

 肌は白に近い薄だいだい色。コーカソイド系か?

 服もラフな格好で、容姿もアイドルを出来るぐらいには整っている。

 背からして同い年か。

 ともかく、女性いや少女は立ち上がろうと足に力を籠める。


「うぅ」

「ちょ」


 けれど、見るからにして体調が悪い。

 何処か怪我をしているとかではなさそうだが。

 はぁ、はぁと湿った息を荒げ髪から滴る汗を見て、これ熱中症じゃねと。


「熱中症じゃねえか。とにかくこれ飲んでください」


 もう一本の開けていないジュースを少女に差し出す。

 一瞬迷ったような素振りを見せたが耐えきれなくなったのか口を付けた。


「こめんなさいね。貰ってしまって」

「良いですよ。ただ、あまり無理しない方がいいと思いますけど」


 スポーツドリンクを飲ませればみるみるうちの容態が回復していき声にも感情が乗るようになった。


「日本の夏をなめていたのですわ」

「移住者の方ですか?何所から?」

「いいえ、仕事の付き添いできたの。故郷はロシアね」

「あー」


 ロシアと言えば個人的な印象ではシベリア送りが頭に浮かぶ。

 めちゃくちゃ寒くて、ぬれタオルが鈍器になるとか。

 そのまま、五分ほど喋った所でもういいかと思い席を立つ。


「さてと、そろそろ用事があるので行きますか」

「あ、待って」

「はい?」


 後ろを視れば少女が立ち上がっている。


「流石に恩人の名前を聞かずにとはいけませんわ。どうか名前を教えてくださる?」

「え?っと…………海斗」

「そう、わたくしはヴェロニカと申しますの。ぜひまた会うときはお礼をさせてくださいませ」

「あぁ。じゃ元気で」


 今度こそ少年は背中を向け公園から去っていった。


「……海斗ね。あの時の感覚に似ているけれどカウンターは反応していない。体格も訓練された人間だとは思えませんし……わたくしの勘違い?」


 ヴェロニカは近くにあるペットボトル用ゴミ箱に捨てる。


「……大使館に戻りましょうか。わたくしもう暑くて脳みそがとろけてしまいそうですわ」


 互いに背を合わせ歩んでいく。

 しかし、彼らの感は囁く。これから深くかかわって行くことになると。

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