17節 秒針はとどまる事を知らず

 ひび割れたビルに、辺こんだコンクリート。

 誰が見ても廃都市と思うだろう。

 壁に刻まれたシミを見て幾万の人間が最近まで人が住んでいたと気付けるだろうか。

 だから、廃墟都市内でも、端の端。知る人ぞしる地下鉄の保守用歩行路に可憐な少女が腰を下ろしているなどと想像がつかないだろう。

 だか、恰好がおかしかった。


 幼く保護欲を掻き立てる容姿とは一変、礼とは違い肉色ししいろ……暗めの紫色を基準とし、ちかちかと瞬く外灯に照らされ独特のエナメル光沢を発している。

 そして、胸を基準に平行四辺形上に布が切り取られていて、下乳はへそが露出しギリギリ大事な部分が見えないようになっている。

 そして唯一布面積が高い、腕一体型上半身も一部を除き薄いゴムのように透けている。

 また肩にはプラスチックのようなアーマーが取り付けられて側面にはアメジストのような宝石が取り付けられている。

 手の部分は穴あき手袋のようになっており、外空がいかにさらけ出された指には天色のマニュキュアを塗っている。

 下半身は腰部分にはフリルを付けたスカートのようなものがあるが、あまりにも短くまた前面にはそもそもなく、下着が丸見えであり下腹部のハートマーク酷似したものが白日にさらされている。

 そして、膝上まである黒色ハイソックスには同じアメジストの宝石。

 外見の年齢道理なら履かないはずの紫色のハイヒール。

 胸に根ずいた眼球のようなひび割れたクリスタル。

 本来なら只の装飾品のはずだが、逆再生するかのようにドンドンヒビが無くなっていき。

 まるで何事も無かったかのように再生した。


「ふふ。一人で独占はできませんでしたか」


 幼い少女は妖艶に笑う。

 昨日、偵察に出していた機械生命体が暴走し対処のために私は意識を飛ばしました。

 そこで飛び込んだ光景は、私と同族な少女。その後ろにいる男の子。

 動揺しながら武器であろうモノを向ける少年を見て私はを掴まれるような感覚が襲い掛かった。

 漏れ出る上質な魔力に心奪われた状態になり私は冷静さを無くし、一緒にいた少女を誘導させ呼び出した。

 そうすれば来ると思ったから。

 私の読みは当たり、彼が来てそして私の体細胞を埋め込めた。

 けれど予想外だったのは瀕死の少女が彼に何かすると立ち上がりこちらに追撃をかけてきたことだった。

 そして、ビルに追い詰めた私は彼に銃弾を撃ち込まれて――。


「狙撃ですか。完璧に掌握し脳内の記憶を読めたから今は理解できましたが、あの距離で私のクリスタルにヒビ入れるなんて流石ですね。……あと少し寄生が遅かったら死んでましたよ」


 狙撃される刹那。私は脳内の掌握を完全にして、さえ切った思考で細胞を母体に分散させることで致命傷を逃れた。

 その後、私は寄生する前に母体が使っていたここに逃げ込んだというわけだった。


「やっと、やっと。満願成就の時が訪れます。人と同一の存在に成れたのだから、折角です。こちらから出会いに来ましょうか」


 マソには独特な波長がある。

 それにあんなにも独特な魔力を漏らしていたらすぐに感知できる。

 追いつくことは可能だ。


「あぁ、そうだ。出会うなら少しおめかしして行きましょうか」


 そうして彼女は体細胞を活性化させ自らの肉体を改造していく。

 髪を黒色から鮮やかな紫色に変色させていき、瞳の色を赤紫に変化させる。

 次はまな板だった胸がどんどん膨らんでいき、大きめのリンゴほどの大きさに増加した。

 骨が浮き出るほどに細かった二の腕や太ももに柔らかな肉が盛られていく。

 そして、お尻も安産型に成長し。


「どうでしょうか……。これで、私にも肉欲が働く体系になったかな」


 ひび割れたガラスの前で踊るように外見を確認する。

 一通り満足した後、胸のクリスタルから黒い液体を取り出し、黒色の髪飾りを形成。サイドテールに結んだ。


「安定するのに時間がかかりますか。仕方がありません、今のうちに向かいに行く準備をしてしましょう」


 そう言い、彼女はタンスの中に手を伸ばす。

 中には廃墟内には似つかわしい綺麗な洋服が入っていた。


「流石にこの格好はバレますね。私も観ましたから」


 着用していた服が液状化し胸のクリスタルに収納され、シミ一つない肌が露わになる。

 アーマーで隠されていた肩のバーコードも露出する。

 容姿の美しさに関しては問題はないだろう。

 マソの影響で九年前に比べ人間の体つきや容姿の平均レベルが、上がっているという雑誌をこの母体は見たことがある。

 だから、人間離れをした外見と年以上に妖美な気配もキッチリとした身なりに成れば隠せるだろう。

 一番近くに掛けてあった服装をつかみ取る。

 それは、彼女が寄生される前に通っていた学校の制服であった。

 夏、普通の人間は今の季節は上着を着ないだろう。そう思いワイシャツに袖を通す。

 襟に合うようにきちんとリボンを結んでゆく。

 そして、マイクロミニスカートのチャックを閉める。

 黒色のハイソックスに両足を通し、革製の学生靴を履く。

 そうすれば、妖艶な雰囲気を隠しちょっと発育が良い中学生に早変わりだ。


「あ、名前。名前はどうしましょうか。確か記録では制服の胸ポケットに生徒手帳が入っていたはずです」


 手帳を開けば顔写真と共に”大由里おおゆりゆずき”と書かれていた。


「バックも持って。これでどうでしょう?体を動かすのに慣れる二日後にお会いに行きますね」


 少女は赤紫色の瞳を少年のいる方角に向けほほ笑んだ。




「戦闘報告は以上です」


 関東統合都市内にある独特な建造物内にヴェロニカは居た。

 室内には大型の電話と絵画、高そうな壺に観葉植物。そして、白、青、赤の横三色で出来た特徴的なロシア国旗が立て掛けられていた。

 ロシア大使館。

 もともとは日本に来たロシア人の安全のために出来た物であったが、機械生命体によって役割が増加。

 自国民を守るための遠征軍の詰め所と言う役割を担っていた。

 そんな中、お嬢様口調で咲の事をバカにしていたヴェロニカも目の前にいる男には正すしかないようだ。

 豪華でありながらも無駄を削ぎ落されたソファーに腰かける男性。ロシア陸軍レオニード小将はコーヒーを飲み込み口を開いた。


「戦果は上々と言ったところか。日本に仮を作らせた事は良き結果だ」


 ロシア軍特別部隊、スカーレット・クイーンは様々なモノが複雑に絡み合った部隊だ。

 潤沢な資金も最新鋭の武装も、膨大な人的資源も全てヴェロニカのために用意されたものに過ぎない。

 そんな特殊な部隊故に、こんな所に来て兵器運用兼、外交交渉のために出動されていた。


「しかし、戦闘から17分後突如として身の毛をうだつような感覚に襲われました」

「それは、こちらをも同時刻にマソ濃度が異常に上昇したことが判明した」

「つまり寄生体がいる可能性が高いと言うことですね」


 寄生体にと言うか機械生命体に目を付けたのは各国も同じだった。

 しかし、日本と他国が明白に違う点は臨床実験をしていなかったことである。

 無論実験内容のほとんどは人権を侵害している物であったが、国家存亡の危機とならば多少は一線を超えるもの。

 故に、寄生体の事が日本以上にわかっていた。


「多数の雑魚を引き連れ戦術を使用していたことから、浸食レベルは四ほどだと言われています」

「同化一歩手前だな。始末したか?」

「いえ、我々も日本も所在がつかめていないそうです」

「それは、不運であり幸運でもあるな」


 もう一つの隠された任務それは寄生体を手に入れる事。

 人間に近い寄生体なら負傷兵として自国に合法で持って帰って、シリンダーに入れておけばいい。


「ヴェロニカもう一つの任務を与える。滞在期間を延長し寄生体を発見せよ。無論できればでいい、出来なければ観光だと思っていてくれたたまえ」

хорошо了解


 様々な国家の思想と思惑が動き出している。

 この任務は大変になりそうだ。そう思いヴェロニカは、胸にクリスタルの上に手を置いた。

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