14節 少女と少年


『兄!マップを表示しているけど、ほとんどの道が陥没または瓦礫で埋まってる。ただでさえ無免許なんだから気を付けて』

「わかってる」

『海斗君聞こえる!』

「聞こえています精華せいか少佐しょうさ」

『いいこっちは廃墟都市周りで前線を張って膠着。警察、国防軍、傭兵部隊が作戦中。電撃戦で突破駆けるけど合流には15分は掛かるわ』

了解ヤー

『見たところ大企業のオフィスが入ってたビルみたいだけど』

「ビルだね。としか感想出ないが、確かにここにいる」

『で、入れるの?』


 三つ編みの少女――文月礼それに相対するのは肉々しいバイザーを付けた少女。

 礼は苦痛で嘔吐えずきながらも左手で穴が開いた穴を押さえ右腕に捕まった剣を支えに立ち上がる。

 目は涙で揺れ、口からは唾液が漏れている。


『礼が、れいがぁ』

「……っ。わかっている」

「地面の隙間に自分の細胞を流していたんだ。細胞液は魔力があれば自在に操ることが出来る。鞭がはじかれた際、すぐ液体化。あとは下に魔力を流せば」

『つまり武器を地面に突き刺してその先がニョッキと出て来るって事?』

「あぁ」


 呼吸を整え相手を見定める。


「ビビってんじゃねぇ」


 放たれた弾丸は腕に当たり大きく仰け反る。口元に浮かぶしまったという感情。

 タイミングと場所がずれた触手を尻目に礼が腹部に向かい。




 漆黒の剣が相手を切り裂いた。

 ビゥシュ。と勢いよく放たれた体液はフローリングを赤黒く染める。

 しかしここで想定外なことが起こってしまった。

 攻撃された衝撃で苦し塗れに放たれた鞭の軌道がずれ、偶然にも海斗のいる四階の地面を引き裂いたのである。


「やべ……っ!?」


 ドコン!コンクリートが盛大に弾かれ体制を立て直す暇なく、空中に身を投げ出された。

 約13メートルからのヒモなしバンジー。

 誰が見ても地面に高速で叩きつけられ臓物をさらけ出す。

 しかし、ここにはただの人間でない物がいた。そう、言わずもがな文月礼である。

 追撃のための切り返しをキャンセル。距離と走り出す勢いを稼ぐためにミドルキックを叩きこみ反転。

 空中で海斗を抱え込んだ後、姿勢制御を完ぺきにこなし新体操選手顔負けの着地を取り衝撃を殺し守っていた。


「無事ですか……マスター」

「あぁ」


 眼前いっぱいの美少女。まるで脳を蕩けさせるような甘い香りが鼻孔をくすぐる。

 そして、背中に当たる豊満な胸に少し顔を赤らめたが正気に戻り自分の足で地面へ立ち上がる。


「どうして、此処に。」

「そりゃ、いきなり”言えない。安心して、あなたのために……頑張るから”何て言われて疑問を感じない奴いるかよ」

「でも。本契約はしてない。後が残らない」

「契約?知らねえよ。そんな書類を交わした覚えはねえ……けど」


 落ちた際に手放したナイフを拾い直し。


「俺はな。寂しがりやなんだ。人が邪魔だの思って距離を録ってもぬくもりに飢えてる」


 一歩ずつ確実に踏み出していく。


「寄生体とか知らない。興味もない。これは俺のわがままだ。一人にしないでくれって。お前と一緒にいると家族のようなそんな気がする」


 隣に並ぶ。


「それにあんな深刻な顔して出ていくなんてな。あんな勢いで逃げると思わなかったよ。こんな事してるのだってどうかしてる。が、追いかけてみたくなった」


 優しく肩に手を置く。


「さぁ、やっと追いついたぜ!」


 彼の瞳は獲物を食らう狼の様に輝いていた。

 ガッ、乱雑にバイザーの少女が腹部を押さえながら立ち上がる。もう切られた傷は後しか残っていなかった。

 飢えた肉食獣の様に涎を垂らした鞭の少女がぎょろりと首が30度ほど曲がった状態でこちらを見た。

 目が合った。そんな直観を海斗は覚えた。


「ァ……アァ…………ァァァァァァアアアアアアアアアアツ!」


 まるで体に纏わりついた鎖を引きちぎるかの様に大きく上体を起こし鞭を辺りに振るった。


「アブねっ」

「……っ」


 こちらに届く間合いでは無かったのが幸いであった。しかし、ゴーグルではひしゃげた鉄筋の支材を捉えていた。

 フロアを穿ったよりも高威力。


「怒っているのか」

「……嫉妬?」


 各々が感想を述べる。

 海斗はその覇気から。礼は女性としての心から読み取った。


「相手、やる気みたいだな」

「うん。下がって」


 礼が俺を守るように前に踏み出す。っそりゃそうだ、象の喧嘩に人間が割り込むようなものだ。

 すぐに俺なんかぺちゃんこになってしまうだろう。

 けど、ちょっかいは出さないなんて言ってはいない。

 道具はすでに手の中にある。

 腕も、環境も整ってる。

 あの時とは違う。ただ泣いて脇わめいてた子供ガキとは。

 腕を持ち上げサイトを敵に合わせる。


「援護は任せろ。突っ込めイノシシ!」

「了解」


 礼が大きく足を踏み出す。

 それに反応し迎撃しようと鞭を振る。

 それを読んでいた俺は相手の腕を弾丸で押し返し反らした。


「……!」


 バイザーの少女が一瞬止まる。

 昨日のあの日、初めて人型の機械生命体と対峙した時。拳銃弾は相手を体制を崩すだけに終わった。

 けど、それだけでチャンスを掴み取るのには十分だ。

 それに前回とは違ってHMDのソフト戦闘用補助システムコンバットプロトコルもバージョンアップを遂げている。

 そして、使用弾丸を通常弾ではなく貫通力威力ともに高い徹甲弾に変更した。

 これによって破壊力ジュールが増加し打撲程度のダメージは与えられるようになった。


『射撃補助システムオンライン。誤差右に7ミリ、上に3ミリ。湿度91パーセント、気圧1003パスカル。射撃感度修正』


 それにここにはもう一人頼りになる味方がいる。

 姿は見えないけど、自部の背中を押してくれる頼もしい妹が。

 銃を撃つほどに狙いが研ぎ澄まされていく。

 ただの人間一人に戦局が動かされた瞬間であった。




 相手の懐に飛び込んで切りつける。

 先ほどとは違い私はかすり傷すら負うことが無くなっていた。

 脅威はマスターの攻撃で反らされていく。

 けど、何度も何度も切りつけても相手を殺しきる事が出来ない。

 私の剣”レーバテイン”は切りつけた相手を吸収する能力を持つ。

 吸収する能力は言ってしまえば食事だ。私以外にもこの機能は標準で取り付けられている。

 しかし、ここまで。


「……どれだけ。食らったの?」


 ここまでの再生能力。しなやかで無駄のない身体能力。

 まだ寄生途中なのに何て力強いことか。

 対してこちらは断食状態。

 身体能力も確かに人間としては高く、機械生命体にダメージを入れられるが圧倒的にじり貧だ。

 契約しろ。そう叫ぶ。


(これ以上、巻き込むのは……イヤだ)


 マスターと過ごしたたった3日間で礼の心境は大きく変化していた。

 何気なく過ごし、ご飯を食べ、人肌に触れる。

 それだけで十分。

 契約すると言うことはこれ以上に戦火に引っ張る事。

 記憶をほとんど失ってもこれだけは分かる。決して逃れられないし終点には厳しい現実が腕を広げ私たちを絡め取ろうとしているのを。

 日常を壊したくない。

 ”神の声なんて聴きたくない”。やっと自我を手に入れたのに!

 強い意志と呼応し剣を切り上げる。

 相手は空中に吹き飛ばされ身動きが取れていない。そして武器を落としたのか鞭の姿が見当たらない。


(今なら狙える)


 勝機はただ一つ。胸のクリスタルを貫く事。

 私でもわかる。胸のクリスタルは人間で言えば心臓と脳を司る場所。

 悔しいけど、私の力じゃヒビを入れるのが精一杯。でも、それだけでも十分に活動不能にできる。

 動きが鈍った所でとどめを刺せば。

 そう思い突きを放つ。

 しかし、考慮していなかったのは飢えた獲物は時にとんでもない行動に移すこと。

 そして、自分の求めるものが掌の上にある事。

 故にバイザーを付けた少女は、一種の火事場の馬鹿力を持ってして剣の先端を掴み取った。

 そして、空いている左手を握りこむ。

 何でもない動作。そんな動きでこの状況をどうにかできるはずない。


「な!?」


 バシャン!突如、津波が襲い掛かるような響き。視界の端には黒い液体がちらついていた。

 今まで攻撃を放つ際には鞭を起点にしていたが、それは辺りに染み込ませた体液をピンポイントに操るため。

 いくら余裕があるとは言え面攻撃ではコストがかかるがそうは言っていられない状況。

 疲れるだとか未来の事だとかを考える余裕も無く一斉み起動。精度を気にしなければすべてを一斉に起動することが出来る。

 いや、そもそも面攻撃に精度など関係ない。

 迫りくる壁のように迫りくる海嘯かいしょう

 避けることなど不可能。

 努力を裏切るほどに否定する拒絶力が蹂躙し、礼の華奢きゃしゃな体が宙に舞った。


「ガハ」


 肺をコンクリートに叩きつけたかの様にぐにゃりと歪む。

 わたしの生暖かい吐息と唾液、血液が混じったものが空気中に排出された。


「礼!?」




 しまった。完全に想定外だった。

 あの時とは違い今は赤い目ではない。

 だから、攻撃する際のマナが視えない。


「れッ!」

『礼ちゃぁああん!!』


 妹の悲鳴が耳に届く。

 ややかすれ気味の声が。


(しくじった。しくじった。しくじったしくじった)


 距離があったから客観的に見れたはずだ。

 今にして思えばあの左腕を握ったのはスイッチを押すため。相手を殺せるための。

 銃を構え相手を見据える。

 あんな大技を使った影響か、息が先ほどより切れ膝が笑っている。そして胸のクリスタルも濁っている。

 疲れている。

 けど、そんなんわかったからってなんだ?

 海斗が与えられるダメージは言ってしまえば2、3ダメージ。せめて相手をひるませる事だけだ。

 それも無限に放てるわけじゃない。現在装填されているモノを除き、予備弾倉3つ。

 そして3つの内2つはほぼ効果のない通常弾。

 約30回の攻撃で決着ケリを付けられるとは、誰よりも己を知る自分だからこそ考えられなかった。


「れい……」


 こらえきれなくなり漏れる。

 手が震える。

 構えられない。

 怖いんだ。身近な人がこんな簡単に目の前で物動ものうごかぬむくろになる。

 バイザーの少女がこちらに向き直る。

 小さなくちびるがゆっくりと音なしで意思を紡ぐ。


 ……ヤット2人キリダネ。


「……!」


 落ち着け、落ち着け。冷静になれ。

 素数を数えている暇なんてない。どうやれば生き残れるかだけ考えろ。

 幸いにも相手は油断している。

 安心しきっているのだ。自分がチェックメイト一歩で、俺がどんな反応をするのかを観察するためにわざと隙を作っている。


『あに。あにィ。礼ちゃんの元に』


 もとに向かって行きたい。

 けどれど、確実に……確定に……明らかに。”狙われている”。

 いつの間に雲が動いたのだろうか。

 力強く神秘的輝きを放つ月の光が辺りを照らす。

 そう言えば天井がぶち抜かれていて無かった。

 そう多少現実逃避した思考で、視界の端に蠢く肉体に気が付いた。


『れいちゃん!』


 それは、吹き飛ばされた文月礼であった。三つ編みの少女は五体満足ではないものの生にしがみ付き顔をこちらに向けていた。


『体温。大丈夫。負傷箇所……再生してる。無事だよ』


 よかった。少年は心で声を漏らす。

 だがしかし、予断はできない。

 もし敵が感づいたらとどめを刺しに跳ぶだろう。

 そうすれば身体能力の差で助けることは叶わない。

 再生して立ち上がるまで俺が時間を稼げば何とかなる。

 どの道、少年だけでは逃れなれない。だったら。


「食らえ!」


 引き金を引く。弾丸が射出される。それを相手は危なげなく回避する。


(攻撃を加えることを重視するな。回避に集中しろ)


 今度はバイザーの少女から鞭が放たれる。少年でもギリギリ反応できる速さを持って。

 海斗はサイドステップしながら今度は3発。

 今度は体を反らすことで避けられる。

 もう一度先ほどより高速で攻撃が放たれる。

 海斗はバランスを崩しながら、前転するように逃れる。


(まだ、もっと遅くだ。もっと引き付けて。相手の重心移動を感じるんだ)


 崩壊したビル群の中で銃声と地面を描く音だけが回りに響き渡る。


「な」


 先に切らしたのは海斗の方であった。

 視線を相棒にやれば薬きょうが薬室にへばり付き上手く排莢されていない。

 排莢不良ジャム

 銃であればどの機種でも可能性がある不具合の一種。

 けれど、今は絶妙的にタイミングが悪かった。

 おどろきで身が竦む。

 それを逃すほど敵は甘くは無かった。


「ぁ」


 腹部に何かが入ってくる。

 何が。

 少年は抗おうとするが糸が切れたかのように武器を腕からこぼし、どさりと倒れた。

 腹部から大量の血液を流しながら。


『あにぃぃぃぃぃいいい!』


 なんだこれ。何だこれ。ナンだコレ。

 血が出ているのは分かる。けれど、腹部に浸食してくるこれは何だ?

 敵がゆっくり近づいてくる。

 コツコツとヒールを鳴らし、ピンク色の唇をなぞるように舌なめずりをしながら。


「がぁ。は」


 苦しくない。ただ、身の毛が立つような気持ち悪さが上がってきて。

 ――。

 ――――。

 ――――――。

 少年の意識はここで途切れた。

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