15節 無数の瞳
ここはどこだろうか?
少年はある空間にいた。
色彩が欠け白黒の建物に、崩壊した都市。
なぜこんなところに来てしまったのか。事前にあった出来事を思い出し。
(死んだのか?)
いやと、かぶりを振るう。
死んでいては思考する事すらままならない。死んだら精神はすぐ無散するはずだ。
早くここから目覚めないと。
海斗は廃墟を走って行く。
道路や建物が赤いインクに染められている。
いや、インクではない。独特の生臭さに鋭い酸化鉄の匂い。
「はぁ、はぁ。クソどうなってるんだ」
しかし、夢から覚めることは無く時間だけが過ぎていった。
聞こえるのは怒号と戦闘音。
何か1つを捕まえるために、見たものを殺し隠れ場所を都市ごと潰す。そんな狂った光景。
疲労からか腰を下ろそうと立ち止まった時。
『お願い私と契約して』
少女の声が耳に届いた。
今のは?走り回ったけれどあるのは動かぬモノだけで、まさかまともに生きている人間がいるなんて。
(声のする方向に行こう)
廃材を駆けのぼり身を乗り出せば、2人の人影。
一人は海斗と同い年の少年。だが、服は血まみれ、右足に至っては穴が開いて意識がいつ落ちてもおかしくない。
『契約?なにを言ってんだ……。あいつらと同じで頭イカれてんじゃないのか』
『けどこのままだと、あなた死ぬよ』
『……。っぅ』
『大丈夫?……さぁ、早く私の手を取って』
陰に隠れていた少女が少年を助けるために少女が一歩踏み出す。
ぼやけていた視界が一気に白日になり、少女の外見が浮き彫りになる。
「れ……い?」
その容姿は、自分が知っている礼に非常によく似ていた。
「マスター!」
海斗が腹部に刺されて倒れこむ様を視て、礼は掠れた声を上げることしかできなった。
「フフ……ァァ」
バイザーの少女がゆっくりと頽(くずお)れた少年に駆け寄る。
その表情は、まるで大好物を目の前に出され涎を垂らす獣であった。
「……っ。こ、のぉぉぉお」
体内に残る魔力を絞り出し、跳ね上がりながら飛び出す。
チェックを決めて油断していたのか、礼の回し蹴りを食らい大きく体制を崩しながら玄関部分まで吹き飛んでいった。
互いに距離が開き、仕切りなおし。
「ぁ。……くぅ」
「……ッ。ハァ」
礼はもう魔力が完全に切れ、身体能力は人間並みに落ちており。なおかつ魔力と言うのは機械生命体にとっては酸素と同義。
このまま戦闘を続ければ倒れる少年を守り切れないし、切れたとしても息切れで消滅する未来が確定していた。
バイザーの少女は確かに礼よりは体力的に残存魔力的にも余裕はあった。
しかし、度重なる戦闘によって体はボロボロの状態で、尚且つ寄生が完璧に終わっているわけではないという事。
そう、まだフェイズとしては完全に人間の体を乗っ取りきったわけではない。
これは、礼と見比べればわかる事だが完璧に寄生が出来ているならば人間とそん色ない外見になるはずだ。
けれど、敵の外見はどうか?
頭部には肉肉しいバイザーに皮膚に浮き上がる血管内には赤色ではなく黒い色の血が浮き出ている。
身体能力も再生能力もまだ本調子とはならず、もし宿主を殺されたら本体は貧弱で直ぐに殺害される。
もう一つの懸念が今集まっている人間だ。
今の倦怠状態で銃弾を100発も防げるのかと言われたらNO。
両者共に攻め手が無かった。
空気が凍ること数秒。動いたのはバイザーの少女だった。
構えを解き玄関を覆っていた体組織を分解した。
そして、少年を視て。
「マタ、アイマショウ。ツギハワタシノモノ二シテアゲル」
そう言い残し玄関に逃亡。月明かりの中に消えていった。
気配が無くなり一息ついたのちに礼は海斗に駆け寄った。
「マスター。ごめんね」
そう呟き海斗に抱き着く。
ドクン。
「え」
抱き着きもう一度深く顔を埋める。
ドクン。ドクン。
「生きてる?」
そうか。僕はマスターを守れたんだ。
「まだ……だ」
確かに生きてはいる。
腹部の傷は敵の体細胞で覆われ止血する必要はない。
が、状態は生かさず殺さずだ。
なぜ、彼女がマスターを欲しがるのかはわからない。
普通なら浸食されて既に息絶えるはずなのに。
バイザーの少女が逃げたのはもう事が済んでいたから。
礼が消滅した後、回収するため。
僕はもうすぐ死ぬ。そしてマスターも彼女に取られたらどうなるかわからない。
「……けど、これなら。助けられる」
契約すれば、僕と繋がれば。
失った機能を互いに補い。再び立ち上がることが出来るかもしれない。
「ごめんね」
本当は巻き込みたくなかった。多分巻き込んだらもうあの幸せな日常に戻ってこれなくなる。
僕は持っている剣でマスターの手首の動脈を切り裂いた。
赤い雫が噴き出てくるのを視てすぐに。
僕は”胸のクリスタルに切った腕を突っ込んだ”。
こうすれば、体液を交換し二人は言ってしまえば併存(へいぞん)する事が出来る。
「僕とマスターは二人で一人」
破損していた言語機能が治っていく。
体液を交換するほど身の毛が上がるほどの快楽が迸る。
「だからぁ。だからぁ」
肌を赤らめ胸を押し付けながら。
「戻ってきてね」
耳元で囁いた。
「れ……い?」
いや違う。
俺の知っている礼はもう少し幼い。けれど、目の前の女性は見た所体も精神も20代ほどに成熟している。
そして恰好が黒い色を基調としたハイレグ衣装ではない。
白を基調としたドレスに背中から生える羽。
その神秘的な容姿から連想されるのはサキュバスや妖魔などではなく、精霊や妖精と言ったモノであった。
それに一人称が僕じゃない。
『大丈夫に見えるのか?足ブチぬかれてるんだよ俺は!クソ。くそったれな世の中だと思ったがこんなことになるとは。ここは内(・)地(・)じゃないのかよ』
『ごめんなさい。多分私が逃げたから。今この町は多数の勢力の利権争いに巻き込まれている』
『け、お偉いさんは庶民がこんなに苦しんでるのに内ゲバしてんのか。どうせ数年で滅ぶ世界なんだ。金なんて音出す雑貨にしかならないだろ』
数年で亡ぶ世界……?
『で、お前はどうして追いかけられてる?』
『私は女神だから』
『は?こんな世界だからか頭逝ってる?』
『話してる暇ないの!』
権幕に押され少年は押し黙る。
『私と契約して。そして世界を救って欲しいの』
『……』
少年は目を伏せる。
『世界を救う?そんなん言われても分らんよ。けど、いいぜ。生きられるなら悪魔と相乗りだってしてやる』
『悪魔って……せめて天使って言ってよ』
そう言い少年は血だらけな腕を少女のクリスタルに乗せた。
ピカっと閃光が辺りを覆う。
『契約って案外地味なんだな』
『えぇ、そうみたい。今私とあなたの体液を循環させて壊れた体組織を補ったわ。動ける?』
『あ?お、足が動く……』
少年は先ほどの負傷が無かったかの様に軽やかに動く。
『いい私と契約したことで貴方で出来ることが増えたの』
『出来る事?』
『まず、一つ。君は魔力の流れを瞳で捉え、干渉ことが出来るようになったわ。言ってしまえば魔視の魔眼ね。私が視ている視界を投影することが出来るの』
『投影?』
『えぇ、攻撃の軌跡が見えると言えばわかるかしら。ただ気を付けてほしいのが人間の脳は多大な負荷を処理できるようにはなっていないわ。ON、OFF切り返れるとは言え間違えば……ね』
『じゃあどうすればいいんだよ』
『私が平行世界の貴方達から処理能力をシェアするのよ。シングルタスクで処理できないならマルチタスクでやる。シンプルね』
『つまり、平行世界の俺も同じ状態になると言うことか』
『そのとおり。平行世界の自分とつながったことで違う世界の自分が会得している技なんかも使えるようになるんじゃないかしら』
そうだ、あの時。
あの時幻視で視た通りに技を繰り出せ。
相手は片足でバランスが十分に取れていない。
俺はナイフですくうように低い姿勢からアキレス腱目掛け、一弾指の間に回転切りを2回連続で斬りつけた。
――虎落笛(もがりぶえ)。
確かに俺は誰からも教わったことも見たこともない技をまるで、長年使用してきたように自然に出せたのか。
精華さんから多少は武術を学んだことがあるが……。この技は無かった。
その答えがこれ?
でも、それだとおかしい。
わざわざ礼似の少女は異世界とは言わず平行世界と言っているんだ?
平行世界なら基本的な地盤は同じはず。けれど、彼らが言う魔物何て存在はこっちにはない。
もし仮にも俺がいる世界も平行世界と仮定しよう。しかし、こんな世紀末状態ではないし政府も機能している。
(何かがズレている。決定的な何かが)
『後は、繋がった事によって貴方も魔力を使えるようになったね。これで直接殴りに行けるわね。ただ私が戦った方が数倍ダメージ与えられるでしょうけど』
『じゃあ、お前が戦えばよかったじゃねぇか。俺なんか必要ない』
『あー。そう思っちゃうか。いい。魔力を作るにはマソと呼ばれる物質を分解しないといけないの。それが分解できる生物は人間なのよ』
『マソ。確か
『そうよ。魔力は人間でいうと酸素と同質なものなの。だから補充するには、人間を殺害し霧散する前に吸収するか、契約者の付近にいるかしなければならないの。そうしなければ身体能力も落ちるし死んでしまう』
だから、礼は俺に触れると元気になるのか?
けど、契約なんてしてない。
考えられるのは、異世界の俺が契約者だからなのか?わからない。
いや、待て。俺は礼が人を殺したことは見たことは無い。そして、さっき激しい戦闘を行っていた。
「……っ」
全身に冷気が浴びせられたように体が震える。
そうだ、俺はこんな所で何してんだ。
早くこんな夢から覚めて礼を助けに行かないと。
『さぁ、行きましょう。無数の瞳を留めさせても意味が無いから』
会話を聞くのを断ち切り少女たちに背を向けた。
その時、空に光が溢れ……。
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