11節 感知

「さぁ、行こう」

「あぁ!」


 礼が踏み込むのを尻目に俺は弾丸を素早く装填。敵に狙いを定める。

 ただ撃つだけでは強固な外皮に妨げられ銃弾は弾かれてしまいダメージを与えることはできない。


「やぁぁ」


 礼が攻撃をし相手はそれを受け止める。本来なら風に乗られた葉さえも触れるだけで切り裂くほどの威力があり、業物の刀でさえつばぜり合いをすれば叩き折られてしまうだろう。

 が、魔力を籠められ既存の物質を凌駕したものは別だ。同階位になれば絶刀も渡り合える。


「硬い……」


 刃から相手を切りつくそうと浸食はしているが、相手も負けじと押し倒そうとする。

 つばぜり合いを先に観念したのは礼であった。剣の角度を変え相手の攻撃をスライドさせたのちにバックステップ。


「舞」

『了解。弾道計算。気圧、湿度、風速、銃身温度……計算完了』


 距離を開け剣を逆手に持ちクラウチングスタート。速度と勢いを乗せ強烈な一撃を叩きこもうと踏み込んだ。無論相手も本能わかっているのだろう、迎撃しようと発行する腕を大きく振りかぶって叩きつけ……。


「やらせるかよ」


 る。その瞬間俺は一発の弾丸を放った。空気を裂き鉛の粒が機械生命体の腕に飛来した。

 ダメージを与えられないそれは分かってる……けど。


「お前、食らった時体制崩すだろ」


 戦闘開始時俺と精華さんはハンドガンによる面制圧射撃を行った。その時、頭部に当たったが【体内に侵入することなく弾かれた】しかし化け物は少しのみでまた足に力を籠め踏み出した。

 つまり運動エネルギーを無効化(0に)しているというわけではない。重さかける速度の方程式は依然と存在し、相手に干渉する事ができる。

 簡単に言おう。ズバリ押すことが出来るが、当たり所を考えなくてはならない。

 体を押すより腕を押した方が少ない力で動くだろう。

 とは言っても振り下ろされた攻撃を押し返すエネルギーはなく、精々軌道をずらすだけ。


「けど、それで十分だ」


 腕に弾着した弾丸は硬い装甲に阻まれ腕を右斜め上に動かしたのち跳弾。左斜め後方の看板に風穴を開けた。跳ね返って後頭部に当たるとかそんな淡い期待などはない。役目は終わりだ。

 攻撃がワンテンポずれるそれは接近戦では致命傷、いや即死なみだ。

 礼が腹部を一線。空間すら切り裂くような勢いで放たれた刃は、ささくれなど一切なく綺麗に両断されていた。


「まず、一人」


 逆手に持った剣を回転させ正眼の構えを取りながらつぶやく。


『いや、まだ要るっぽい。反応は遠いけど確実に接近してる』

「なるほど。精華さん新手が来るそうです」

「え?本当なの」


 瞳に敵を捕らえたまま背中越しに問いただす。


「舞からです」

「なるほど、こっちはもう直ぐ片づくから待ってて」


 精華はショットガンを発砲しながら猟犬のように追い詰めている。やはり知能がないため作にハマるのだろう。


「礼聞こえてたと思うが」

「分かってる、早く決める」


 剣のガード部分に付けられた宝石に腕をかざす。そうすると胸部埋め込まれた結晶から液体のようなものが注ぎ込まれる。

 パキと剣から弾けるような異音が入り俺は視線を向ければ、真ん中の部分が割れ肉食獣が持つ屈強なアギトが顕現していた。


「食らいつくす」


 既に剣の概念から逸脱した獲物を構え直しそのまま助走をつけ相手に突きを放った。


食らいつくすインテルフィケレ神でさえもパラディースス


 突き出されたアギトは獲物を前にした猛禽類のように力強く拘束したのち、プレスするかのように鋭利な刃を使い食い散らかすように閉じその後、横なぎに振るわれた。

 青い雫を周りに巻き散らすその姿は、名のある芸術家のように神秘的で心情的でそして数多の残虐性が込められていた。


「ふぅ」


 礼は食らいつくしたのち生暖かい息を吐きながら、青い血に濡れた顔をこちらに向けた。

 もう剣は元に戻っていた。


「むふぅ」


 戦闘終了後こちらに近づき、くびれた腰に手をあて胸を突き出すような姿勢を取った。


「えっと、褒めてほしいのか?」

「うん」

「ありがとう」


 そうお礼の言葉をかけてあげると心底嬉しそうにはにかんだ。

 先ほどとは売って雰囲気が変わった少女に懐疑をもった。口元を大きく歪ませながら切り裂いていく光景と、年相応の微笑みが重なり全貌が注視できない。

 何故なら礼からにじみ出る優しさは取り繕ったモノではないからだ。


「大丈夫って問いただす意味はないわね」

「精華さん」


 横から聞こえる声にハッと驚き首を動かす。俺の隣には精華さんが物音立てずに佇んでいた。


「すごいわね。7.62でも場合によって弾かれる堅牢けんろうな装甲を野菜を斬るように両断するなんて」

「えぇ、確かに」

「って、そんな場合じゃないわ。海斗君の右目が赤くなってるし、増援が来てるみたいだからとっとと撤退しましょう」

『そうそう、私たち一般人はくーるにさるぜー』

「……ちょっと、遅かったみたい」

「え」


 ちょっと遅かった。礼の発言によって即座に背中合わせの臨戦態勢を確立する。

 敵を視界に収めようと眼球をせわしなく動かす。看板の裏か、屋根の上か、瓦礫の近くか、倒壊した家の中に潜んでいるのか。

 その問いは下から響く衝撃によって回答された。


「マンホール!?」

「な」


 噴水近くの鋼鉄でできた40kgのふたを跳ね飛ばし白銀の人型が出てくる。

 先ほどより一回り大きく全身に刃を取り付けたかのような甲冑、そして尻尾が生えその先には鈍い三叉槍さんさそうがあった。


「っ上位種。さっきより装甲も機動性も格段に向上してるわ」

「上位種なんだそれ」

「12.7x99mm NATO弾じゃなきゃ有効なダメージを与えられないくらいよ」

「嘘だろ。対装甲車、対ヘリ用じゃなきゃ効かないのか!?」

「……っ」


 怪しく赤い色の目が灯り視線が合う。どうやらこちらを敵と認識したようだ。


「くそ」


 こちらの予備弾倉マガジンは2。ナイフ一本。

 そして右目が訴える痛みも刺すような痛みから、脳をかき混ぜられるような不快さに変更されている。

 精華さんも正規装備ではなく護身用のため弾薬が少ないし威力不足だろう。横顔に現れる苦虫をかみつぶした表情から伺えられる。

 本当ならここで尻尾を巻いて逃げたい。その精神を心でねじ伏せる、何故なら。


『あ……あにぃ』


 自分のただ一つの妹が敵の後ろにある服屋に今だ身を潜めているからだ。

 こんなことならアウトドア強く止めておけばよかった。そう後悔する自分を踏み台にして銃を構えなおした。


『わ、わたしのことは』

「だまれ。集中してる。そこでお菓子でも食って待ってろ。あとは解決してる」


 礼も戦闘の気配に肌をピクリと震わせながら一歩前に出る。どうやら俺たちを守るつもりなのだろう。

 確かに文月の身体能力は高いがそれだけだ。周りを効率よく動かせる指揮力もないし、覆せるようなヒラメキも無い。

 万事休す。そんな言葉が脳裏に浮かぶ。

 敵が雄たけびを上げながら突撃体制を構える。どうやらもう試行している時間はないと見た。

 戦闘の開始と読み、礼が低い姿勢になりながら柔らかな体を器用に使い一歩踏み出した。


「ふぅぅぅぅう。目視発見タリホー!!」


 が、突撃はその一歩で終わった。何故ならそのすぐ真横を一発のロケット弾が掠めていき、新たに表れた機械生命体を轟音ごうおんとともに黒煙に染めた。

 一斉に背を向く。3人のお視線の先には漆黒のスケーラブル・プレート・キャリアを装備した兵士が立っていた。

 そして胸には石竹民間警備会社のワッペンが鎮座していて。そしてその顔に見覚えがある2人は先頭に立つ偉丈夫に向け声をかけずにはいられなかった。


「陸!」

「先輩!」

「ヒーローは遅れてやってくるってな?」


 肩にかけた110mm個人携帯対戦車弾……パンツァーファウストⅢをゴトとっ地面に投棄して、こちらに歩み寄ってきた人物は礼に傭兵会社を案内した時にすれ違ったあの3人組の一人。

 獅子王陸ししおう りくの姿であった。


「てっんめぇ、バックブラスト考慮せずにブッパしやがったな!もう少し退避が遅れてたら焼肉定食になってたところだったんだぞ」

「いや、初手からブッパで良くね?」

「まぁ、まぁ、誰にも当たらなかったしいいじゃないですか」


 そしてその後ろでいきなりロケット砲をブッパなした事に怒りをあらわにしたやや浅黒く、パーマをかけた青年の冷泉仁れいぜん じん

 そして今にも起こりそうな喧嘩をなだめようとする、背が小さくショートカットな少年の水瀬直樹みなせ なおき


「仁さん、直樹さん」

「ナイス!よく来たわね。おバカ3人衆、私たちは下がるから援護を。その際向かいにいる民間人を一名救助する。その後指揮権を移譲、ストームバンガードの陸へ」

「「「了解ヤー」」」

「そらァお前ら、仕事の時間だぞ。我が社うちの美しい社長からの命令だ。やる気上がらねぇ奴なんていないよな!」

「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」」」」


 後ろにいるボディアーマーに身を包んだ兵士たちが雄たけびを上げる。それは巨大な生き物の雄たけびのように空を軋ませる。


「男ってこんなもんっすね」


 その後ろで小さくため息をつく藍沢夏あいざわ なつ


「みんな……」

「さぁ、共同戦線だ。背中ケツは守ってやるから安心しろよ」

「……っ了解ヤー

「……ん」

「激を飛ばすな。しっかし礼と言ったか?その恰好かっこう訳アリらしいな。安心しろ陸もオレ部隊員みんなも、口は堅い」

「大丈夫ですよ。落ち着いてやれば」

「煙が晴れるっすよ」

「いいか、俺がやさしく肩を叩いたら5mほど後退したのち左に逸れながら走れ。民間人を突撃させるのはしゃくだが、今の装備だと全員の攻撃じゃないと捌けそうにないからな……」


 黒煙が晴れるとやや装甲が歪んだ敵の姿が露わになった。が、見たところ戦闘行動には支障はないのか意識を省けばすぐに首を掻き切られるだろう。


「うっし。発射用意」


 その掛け声で一斉に銃が上がる。突撃銃(PDR)をしっかりと構えセレクターをフルオートに設定。


「3、2、1、撃ってぇェエエ!!」


 そして辺り一面に流星が辺りを包んだ。

 排莢された薬きょうと火薬が燃焼されることで発せられる爆発音が奏でるハーモニー。

 すべてを塗りつぶすような閃光をえてしても相手は佇んでいる。

 そして隣にいる礼たちと視線が合う。小さく頷き拳銃のセーフティーを外した。

 そのすぐに出番はやってきた。右肩に小さく叩かれた衝撃。

 即座に2人は反転、礼はバック転をし、すぐ前線から離れそのまま5mほど後退したのち左に逸れながら相手の横を全力で抜けようと駆けだした。

 無論相手にもその行動は見えている。獲物を変更すぐに突出してきた3人に絞る。

 が、向かおうにも飛んでくるものが邪魔だ。なら止めてしまえばいい。

 腕をクロスしたのちに開放。コンクリートブロックが宙に浮くほどの風圧が発生し、銃弾がぶれる。

 なに!?っと声を上げ、そんな荒業で弾丸をそらすなんてと、その驚愕で一瞬射撃が明後日の方向に飛ぶ。

 その瞬間、鉛の檻から抜け出し一気に距離を詰めた。


「しまった」

「海斗君」


 遠くで聞こえる声と、精華さんの叫びを聞きながら眼前に迫る刃に向け瞳を精一杯捉えていた。

 掠めても周りの肉が消し飛ぶ。剛腕を余裕に回避しなければならない。

 思い出せ、戦闘中に見た夢を。

 あいつはどうやって避けていたこの凶弾を。

 軌跡があったはずだ、最適な行動をするために、見切るために必要なモノが。

 魔力。夢の中で突然告げられた物質。けれどそれを視ることが出来る目。

 もし工夫すれば攻撃する前に魔力の流れを知ることが出来れば攻撃を予知できるのではないか。

 観ろ、よく見ろ、そして視切れ。攻撃を。――視界の端に透明なレールが見えた気がした。攻撃を走らせる軌道が捕まえた。

 ――える。左下からの切り上げ。

 そしてすぐ思考を投げ飛ばすような勢いを付けて前転。刃を感じながら前回り受け身をしながら距離を取る。


「……っ。ぁ。はぁ」


 無事だ。どこも切られた所はない。強いて言うならかまいたちによって足に切り傷が出来たことだ。が内面には損傷が溜まりついに溢れてしまっていた。

 くそ。ダメだ筋肉の筋を痛めてしまったのかうまく曲げられない……速度を維持できないっ。

 少しでも距離を稼がなきゃならないのに……接近戦に持ち込まれたら勝機はなくなる。刃は通らず拳銃は役に立たない。

 なら接近戦が出来るやつに任せればいい。


「礼っ!」

「っく。ッは」


 礼がしなやかな体を使い受け止める。ジリリと火花が散るような音が聞こえたのち、力比べに負けたのか礼は吹っ飛ばされた。

 攻撃を受け止められ不機嫌になったのか標的を変え突進。瞬時に追いつき追撃を入れようとするが、読んでいたのか、武器を地面に突き刺し軸に相手の吹き飛ばした力を利用しながら回転蹴りを叩きこんだ。

 くの字に折れ曲がり機械生命体は即刻返品された。


「……てっ、腹部に大きなヒビ入ってるっすよ」

「おっし。全分隊員に通達、腹部を攻撃せよ。腹部に攻撃せよ。鉛球をトッピングしてやれ」


 さすがは歴戦の勇士と言うべきかすぐに状況を立て直し、礼の攻撃によって破損した部分に集中攻撃を命じた。


「どう私の仲間は?かっこいいでしょ」


 精華は隣で微笑みかけながら自慢するかのように胸をはった。

 そうですね。そう返答しながら舞が隠れている突入する。

 店舗内は荒らされていなく奴らがここを訪れた訳ではないのは見て取れた。


「あに!」


 店の奥から静寂を割るような美しい声が届いた。慌てて進むと瞳に瑞々しさを蓄え今にも泣きそうな愛らしい妹の姿がそこにあった。


「舞!」

「まいちゃん!怖かったねぇ。うーなでなでぇ」


 うぇ、と涙腺が緩んだのか泣きながら抱き着いてきた。精華さんは持ち前のママ力で宥めながら立ち上がるように指示する。


「ごめんね。こんな事態じゃなかったらもっとしてあげられるんだけど」

「う、わがってます。おうちかえる」

「で、どうするつもりですか?」

「れいちゃんはさっきの攻撃何回できる」

「2」

「上出来。今頃包囲殲滅しているころだからさっき通ってきたルートで戻りましょう。私は色々あるからついていけないけど、その代わり夏を付けるわ。れいちゃんは災厄を想定して自分から殴らない事」

「……うん」

「ああ!」

「行きますよ。……走れラン!」


 その掛け声と同時に4人は飛び出した。視線を向ければ銃弾にタコ殴りされている所だった。


「夏中尉」

「うぇい!?なんすか」

「彼らを家まで送ってあげて」

「うぃー。わかったっす。ほら行くっすよ、道中の敵は殲滅したから大丈夫っす」

「一般人は?」

「警察が来てないので独自に避難、保護したっす。さぁ、乗るっすよ」


 そうして俺たちは装甲車の中に詰め込まれた。


「3名様ごあんなーい。カットビングっす私ー」

「ちょ」


 エンジンを思いっきり踏んだのか辺りにゴムが焼けるにおいと不快な音を残して、俺たちは尻尾を巻いて逃げていった。




「随分と重役出勤だな。警察さん」


 戦闘収まって数分後にサイレンを鳴らしながら黒と白に塗装された車で参上した、国家公務委員に陸は悪態をつきながら呼び掛けた。


「何も返す言葉がない。我々は上が無能だからな、装備でさえ民間警備会社きみたちに劣っている」


 警察官の中から女性が現れ頭を深く下げる。長い髪を三つ編みに縛り瞳はキリッとした仕事人。体格は女性としてほぼ完了なものを持ち、やや大きく膨らんだ胸が大人の魅力を引き立てる。そして右肩には、新関東統合都市機械生命体対策部隊……SSと記されたワッペンが付けられていた。


 SS――機械生命体対策部隊。


 主に軍は外部からの脅威を排除する任務を持ち、現在も沿岸部に戦車とドールによる混合師団を駐屯させている。

 それでは内陸部はほおっているのだろうか?答えはほぼYESだ。何故なら日本国民は憲法改正前と同じく軍にあまり良い感情は持ち合わせていない。一般道路を戦車が通ればすぐにパッシングの嵐だ。

 そのためまだ理解を得られている警察が担当になるのは必然であった。

 しかし、警察は本格的にアサルトライフルを使用した経験はなく(良くてサブマシンガンのMP5)予算もなく、実戦経験もない。

 そのため少数限定の部隊を作ることにしたのだ。それが機械生命体対策部隊。

 Special Security Soldierが正式名称であるが呼び名は3S、またはSSである。

 しかし急ごしらえの部隊であるのは否めなく、戦死率も高いため警察省の中では珍しく名前の最後にポリスのPではなく兵士の意味でSが付けられている。

 また装備品も貧弱であり、一撃で壊れる機動隊の楯ライオットシールドに23式自動小銃であり、同じく警察内部に設置されている銃器対策部隊の延長戦であることは否めない。

 対人戦では十分な装備であるが、デフォで5.56を防げる種類が多い機械生命体には役不足まめでっぽうである。

 そのため現在は内陸部の防衛は民間警備会社(PMC)の名をもつ傭兵がにない、事後処理あとしまつは警察が行うと言うお偉いさんのプライドが傷つく現象が起きている。

 そのプライドの傷つきは現場でも起きていた。特に人を守る姿に心打たれ警察官になった小鳥遊咲たかなし さきにとっては心臓を締め上げられる思いをしていた。


「市民を守るために警察官になったのだがな。逆に守られているとは皮肉なものだ」

さきちゃんも大変ね。上は現場の人たち何て消耗品にしか思ってないんじゃないの」


 立派に責務を果たす友人せいかを尻目に重い荷物を溢すように口走る。


「あぁ、国民からの税金をもらっているとゆうのに、上の連中はポケットに入れることしか考えん……って話が暗くなってしまったな。取り合えず調査だ、生き残りざんとうがいるかもしれん」


 大きく手を叩いて部下に仕事を割り振った。


「なるほど下水道から……妙だな。奴らにそんな知性があるのか?獣だぞ、本能で人を八つ裂きにする」


 銃に取り付けられたフラッシュライトで地下を照らしながらのぞき込む。

 その中は人を拒むかの如く漆黒に覆われていた。暗いと聞き何を思い浮かべるだろうか?真っ先に思い浮かべるのは夜だろう。しかし夜であってもそれは数多の星が輝き安心感を与えてくれる。

 しかしこの先は光ですらも吸収し、まるでこの先は冥界に通じているのかと思えるほど、死の気配が充満していると感じられた。


「確かに見たのよ。このマンホールから出てくるのを」

「うーん?信じがたいが取り合えず水道会社に連絡を取ってみよう。軽く見たところ両腕を伸ばしても余る空間があるようだし」

「知性ね……裏にいるのかも。例えば寄生体とか」

「確かに突貫はしないぐらいだが、それでも外見が人間に近いだけだぞ……それに完全に擬態できるわけじゃない。皮膚には黒い血管が浮かぶし胸には特徴的な目玉のような宝石が付いてるし、判断は安易だからすぐ見つかって処理されるし」

「考えすぎじゃねぇか?それより飯食べないかそろそろ18時だ」

「すまない。警察官はそういったものを受け取れない規則なんだ。その……言い方は悪いが賄賂わいろと受け取られるんだ」

「ねぇ。この下水管なにに繋がってるの」

「大体この地区の物が繋がってるぞ。強いて言うならだろうな」


 廃墟都市ね。小さく精華が呟きながら立ち上がる。

 廃墟都市はいきょとし

 現代の負の遺産、スラム、ゴミダメ、そう侮蔑される都市の規模はどんどん広がっている。

 もともとは都市だったが戦火に巻き込まれ廃墟と化してしまった。無論正常な人間はよりつかず、犯罪者や無法者アウトローのたまり場になってしまっている。

 無論、国も何とかしようと対策を試みたが、修復するより機械生命体によって破壊される速度の方が速く政府は予算の無駄と切り、その周辺にフェンスなどの単純な壁を設置するだけになっている。

 都市内にはいくらかの監視かくしカメラがあるとしても、廃墟になる前に設置された旧型であり画質も不鮮明。犯罪者が跋扈ばっこするエリアに好き好んで行く公務員はなく日に日に監視できなくなている。

 もし、中で居たらだれからも干渉が出来なく成長するのではないか?

 礼ちゃんのように人間とほぼ同じ外見に思考能力を備えてしまうのではないか?そう言った懸念けねんが頭を占めたが追いやった。

 調査しようにもそんな危険領域に部下を連れていくわけないし、あそこでは私は色々と目を付けられている。

 薬きょうを拾い警官が持ってきたリサイクル用の籠に放り込みながら思考を更けていった。




 これは幸運だった。人気もなく瓦礫塗れのここは隠れるのに適した環境であると言えよう。そして偶然にも少女が近くを通り、警戒せずに近寄ってくれたことも幸運だった。

 すぐに寄生。体の奥深くに潜り込み乗っ取る。幸い自分の脅威になる物は無かったため、急いで体を把握するのではなく順次に適応することにシフトすることが出来た。


 外見はすでに寄生した少女とほぼ同じであり、黒い血管が浮き出るようなことはもう無い。脳と言う器官を把握するために顔に仮面のように体の一部を出しているが悪い事ばかりではない。

 この寄生主の記憶、言語や文字そして思考能力を獲得することに成功したのだ。すでにこの体には根を張り切り、後はなじむだけだ。

 体と言うのは便利だ。魔力の貯蔵量が非常に多く、これなら力を使わなければ30年も何もせずに持つだろう。惜しむらくはこの胸と言う器官がやや小ぶりなのは気に入らない。

 思春期の初期段階であるから仕方がないが、後で自己改造をほどこそう。


 壊れた隙間から太陽を眺める。精神的に感性的に人間に成ったのか、日に日にこんなところから出たいと欲望がの心を渦巻いていた。

 不快だとは思わない。人の姿を手に入れる事こそが本当の役目だと思うからだ。

 だから私は行動することにした。付近の機械生命体にんぎょう掌握しょうあくし先行させたのだ。


 無論、この知性を活用する。この廃墟都市の周りにはフェンスと機動隊が駐屯している。正面突破できなくもないが、船腹の可能性があるなんかで捜査開始されてみたら私も見つかるかもしれない。

 ならば人目に付かなければいい。この地下に伸びる下水道は多階層で尚且つ雲の目のような構造をしている。ここならば問題はない。後はこの体が馴染むまで放っておけばいい。


 暫くは安泰だった。しかし、今日異変が起きた。太陽が高い時に制御が外れたのだ。

 何事か?私は悩んでいた。もし跡があったら、私に繋がるものがあったらと。


 その思考は太陽が傾く折りに吹き飛ばされていた。

 何故なら本体こころに響く魔力の鼓動を感じ取ったからだ。

 下腹部がキュンと疼き、熱っぽく荒い息を吐く。思考がピンク色に染まっていくのがわかる。それを不快とは思わない。感じ取った私にふさわしい人の事を考えると快楽が湯水の様に沸き上がってくるからだ。


「あぁ」


 知らずのうちに音を出す。


「私は……貴方が欲しい」


 激しく鼓動する胸から手を離し空高く広げる。

 少女は立ち上がる。少年を自分の物に染めるために。


 複数の歯車は確実に見えないけれど噛み合い少しずつ動いていった。

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