10節 手をつないで

「礼……?」


 眼前に迫りくる刃が硬質な音を立ててはじけ飛ぶ。いや正確には機械生命体の肘から先の腕がはじけ飛ぶ。

 俺の身を守るようにして漆黒の剣を構える三つ編みの少女。


「大丈夫?」


 目を視て優しく微笑みながら左腕をこちらに伸ばす。

 それは、妹に寄り添わせていた文月礼の姿だった。

 服装は精華さんがくれたものではなく、初めて会った時のようにエナメル質の黒光りしたハイレグに所々拘束具を連想させるデザイン。そして、妖しく淫様に光る胸のクリスタル。

 そして目を引くのは所持している漆黒の剣。

 拳を守る十字鍔には胸に着いたクリスタルと同様なものが埋め込まれている。

 剣身ブレードの部分は見たことのない謎の鉱石で作られており、間には血液が流れるように赤い細いラインが管を行き来している。

 剣……いや刃が付いてはいない。剣を構成している物質の外側はいわゆるダミー。

 海斗は金属部分が何かを押さえつけるための物であると理解した。


「あぁ。っぅぐ」

「大丈夫?」 


 いつの間に仰臥ぎょうがしていたのか俺はコンクリートの上で倒れていた。そのままの姿勢が恥ずかしく思えて差し出された左腕を手に取ろうとした瞬間、右目に針が刺さったかのような鋭い痛みが襲った。

 くそ、こんな事している状態じゃない。敵は5体いたハズだ残り4。

 2体は精華さんが押さえてくれている。礼がやったのは1体、そいつは書店にある棚の下敷きになっている。つまりフリーが2体いる。

 海斗は必死に苦痛を訴える右目をゴーグル越しに、押さえながら礼の後ろに左目の焦点を合わせる。

 先には仲間を殺されて気が立ったのか両腕の刃をこすり合わせる化け物どもがいた。

 ゴリラのドラミングと同じような意味なのか……?ってのんきなことを考える暇はない。


「っ……礼!後ろにいる2体潰せるか」

「たぶん」

「俺は動き出せそうもない、だから頼む!」

「わかった」


 礼は白い靄を体に纏わりつかせて残った相手に向かって駆けて行った。

 何とか拳銃の弾を再装填し、落ちていたナイフを回収。

 痛みを無視すれば動けるが視界不良の状況で銃を撃てば友軍誤射フレンドリーファイヤする可能性がある。どのみちお荷物だ。

 せめて、妹と一緒に戦線離脱せねば。

 突如、右目に白い靄がちらつく。何気なく探すと倒れた本棚が目に付いた。そう過去形、本棚は垂直に上がっていた。

 咄嗟に武器を構えなおす。目線の先から出てきたのは右腕の切断面から青い体液を地面にこぼしながら歩み寄ってくる機械生命体。


「……はぁあ!普通腕斬られたらショック死するんじゃねぇのかよ」


 こんな状況じゃ眼を押さえていられない。

 両腕を使うために抑えていた右腕でナイフを構える。

 瞼を無理や開ければ視界はやや赤みがかかり今だ刺すような痛み。そして化け物に纏わる白い靄がえる。

 ちょっとおかしいが見えないよりはマシだ。

 機械生命体が残った左手にある白銀の刃を振り上げながら近づいてくる。

 もう身が竦むことはなかった。

 基本相手の攻撃は大振りで回避できれば懐に回わりこめる。問題はどうやって見切るかと言う事。

 大振りと言うことは逆に攻撃範囲も大きい。切れ味はコンクリートですら切り裂く。


「……」


 けれど焦点を合わしていたのは白い靄の方であった。

 先ほどは違い雲のような白い靄は体の表面をまんべんなく覆っていた。しかし今ではそれは腕に集約されている。


――何かを眺めた。




 暗闇の中路地に追い詰められた、少女を庇うように立ちふさがる少年。その目線の先には重厚な鎧に包まれた機械生命体。

 ボロボロの迷彩服にある胸ポケットから肉厚のナイフを取り出す。

 そのナイフは漆黒の金属でできていた。月明かりもない静夜の中で見えるはずもない独特の金属光沢が辺りを照らしていた。


『まって、無理だよ。私を置いて行って!人が勝てるわけない』

『シャラップ!、俺はただあんたが偉大な存在だからとかそんな単純つまらない理由で守っているわけじゃぁない』

『けど』

『それとも今まで過ごしてきた中で信用が取れていなかったのか?相互理解が得られたと思っていたんだが』

『そういうわけじゃ』

『なら問題ねぇ。貸してもらうぞ』

 少女の胸に付いた宝石が辺りを洋紅色ようこうしょくいろに照り返す。

『貸すって、そもそも私の刃じゃないと』

『疲労困憊の状態で剣を振るうのか?俺は……お前の契約者ドライバーだぞぉ!』


 低い姿勢から一気に間合いを詰める。相手の刃を縫うように避け、皮膚の隙間にナイフを突き立て両断した。


『え』

『何惚けてるんだ。白い靄――魔力の名流れが見えるのならば一呼吸の内に反撃するのは簡単だろ?今の内に繋がれ。そうすれば多少魔力不足がましになるはずだ』


 赤い目を灯らせながら、見ている無数の瞳・・・・にもアドバイスしてやろう。

 相手の攻撃の軌跡を観て、最短で最善の動きをする……お前なら出来るだろ。




「っ!」


今だ側面に回り込みながらその銃を味わらせてやれ!刃に集めている分、魔力障壁が薄くなるはずだ。

 魔力を纏った切り上げを半身を捻るように回避しながら側面に鉛玉を三発ぶち込む。


「なんだ今の声は……」


 突如頭に響いた光景。白い靄が魔力。流れを視れば相手の攻撃が回避できる。そのあと防御力が低くなって攻撃が通りやすくなると言うのか。

 数秒前、精華さんと一緒に弾幕を貼った時は表面の金属皮膚にショットガン以外一つ残らず弾かれてしまった。

 けれど現下には3発の弾丸が体内に食い込んでいる。

 他にはどうすればいい?もう一度問いかけるが拈華れんげが聞こえる事はもうなかった。

 ダメージを与えられるのはわかった。が、このままでは誰か一人欠けてしまったら戦線が崩壊する。

 いくら詠めるからって一撃必殺の攻撃を数十回避け続けられる体力はない。

 そんな苦悩に塗れた海斗を救ったのは真横からの銃声だった。

 横っ腹から弾丸を食らい吹っ飛んでいく化け物。振り向けば押さえつけられながらも散弾銃をぶっ放した精華の姿があった。


「精華中佐!」

「大丈夫よ。自分に集中しなさい」


 ショットガンを巧みに使い、押さえつけられながらも的確に発砲。

 それをした本人は持ち手部分で相手の頭部を殴りつけ、体制が崩れた隙間を縫い飛び上がりながらもう一体の攻撃をサイドステップで身軽に躱していく。


「まだよ!」


 さすがは前線に出る指揮官と言うところか。部下を背中で引っ張ているのは伊達ではない

 ガシュとショットガンで穿たれた腹部を気にしながら、残った左腕を地面に突き刺しながら再び立ち上がる。

 スラッグ弾の当たった個所は右の脇腹部分であり、己の身を守っていた強靭な外装甲は粉砕され下に隠されていた肉が空気化に露わになる

 見る角度で多彩な色彩をする筋の中に白い靄が集まる器官ある。

 人で言うなら心臓にあたる位置。そこから脈動するかの如く白い靄、幻聴が言うには魔力を体に循環させているのだろう。

 つまりあそこを狙えばいいってことか。

 機械生命体は人間の身体構造とは逸脱している。それでも一種の望みを賭けて心臓と思しき場所に刃を突き立てようと決意した。

 激痛を感じるのか体を横に揺らしギギギと軋むような音を立てながら、飛び上がり目の前にいる海斗に向け左腕を叩きつけた。

 回避やりかたはさっきと同じだ。最低限で反らし懐に入り込みながら心臓に叩きこむ。

 今度は防御じゃない、攻撃だ。


「うおぉぉぉおおお」


 攻撃に応じて半身になりながら足を踏み込んだ。

 そしてやや右寄りに回り込めば肉が露出した部分が見える。


「はぁぁああ!」


 ここでとった行動はナイフを突き立てるでもなく、拳銃をぶっ放すでもない。

 姿勢を低くくした体制から足のしなやかな筋肉を使い、肩から相手に向かって体当たりをした。

 プロレスのスピアーのようなタックルフォーメーション。

 この一撃は相手の腹部に当たり大きく体制を崩しながら倒れていった。

 その隙を逃さず拳銃を構えながら相手に飛び乗る。


「こうすれば動けないだろ」


 残った左腕は自分の体が邪魔で振るえない。この体制なら一方的な攻撃が出来る。

 セレクターを3点バーストに切り替えて、トリガーを引き絞った。


「gaaaauaauaaaa!!」


 悲鳴に似た鳴き声を上げながらじたばたと暴れる。

 青い返り血が頬を濡らし装填してある弾薬が尽きるまで発射してもまだ足りない。

 だったら……。

 腰につけたナイフ引き抜きながら回転させ逆手に持ち変え、大きく振りかぶりながら辛抱部に突き立てた。

 ガッと確かな感触をナイフが伝えてくる。が、まだ足りない。

 芯には確かに到達したけれど浅い。ガラス球に石を当ててヒビを入れたようなものだ。確かにダメージを与えることはできた……しかし機能が壊れた訳ではない。

 もう一撃。追撃を入れようと決心した海斗の体が不意に浮くと同時に腹部に衝戟。


「がっ」


 肺胞から根こそぎ空気が奪われる。

 生きてはいる。魔力をともらった蹴りではないがそれでも成人男性に膝蹴りを入れられたようなものだ。

 荒く息を吐きながらなんとか立ち上がる。このくらいのダメージは9年前に味わっている。

 銃は相手の右斜め後ろに落ちている。ナイフはまだ刺さったままだ。残り武装はバタフライナイフのみ。

 金属が押しつぶされるような音を立てながら機械生命体は起き上がる。

 ふらりふらりと風になびく布のように頼りなく、視界には白い靄が途切れ途切れに体内を循環している。刃を刺したのは正解だったようだ。

 今なら行ける。

 狙うは突き刺されたナイフ。そのグリップを少し押してやればいい。

 大きく足を踏み出し距離を詰める。

 相手の動きは鈍い。

 左足を地面にしっかりと据え置き、右足のつま先で刺さしたナイフに寸分違わず押し込んだ。


「guhgyaaaaaaaaaaaaa」


 効果はすぐに表れた。先ほどまで纏っていた白い靄が空気中に四散し、糸が切れた人形のように倒伏とうふくした。


「……ぅしっ」


 その様子を見届けた後、拳銃を拾いリロードしナイフを抜き取る。

 青い体液で濡れたままのナイフを鞘にしまい仲間の方を視る。

 精華さんはショットガンを使い一人をすでに撃破している。もう一体も打撃を組み合わせながら適切な距離を保ち戦闘を行っている。

 問題は礼の方だ。

 持っていた剣はいつの間にか鉄パイプに代わったかのように切れ味が鈍くなり、もはや相手を切断するに至っていない。

 駆け付けた時には、腕を一刀両断していたのに。

 それは海斗の目には明らかに映っていた。武器に伝う魔力量が非常に少ない。

 血管のように脈打つように発光していた半刃もいまでは、頼りない。

 礼は寄生体と呼ばれる機械生命体の一種。ならばある程度、機能構造共通しているはず。


「舞」

『うん、大丈夫?』

「あぁ。それよりアシストを頼む」

『あしすと?何をするつもり』

拳銃これだと火力が足りない。けど間に割ってナイフで飛び込むわけにもいかない。だから攻撃する瞬間に弾丸を撃ちこんで動きをずらす」

『場所を探せって事?けど』

「監視カメラをハックしてるんだろ?だったらさまざまな角度で相手を観察出来るはずだ。俺が相手をしている間、手薄になるもう一体の方に集中してくれ」

『つまり動き出したら教えろってことだね。りょ!』

「ああ。人間二つ目があるが、両方とも使わないと距離感掴めんからな」

『へっへんゲーマーなめんなよぉぉ。5つのゲームを同時プレイする我が技術マルチタスクと精神力、私の華々しい活躍をとくとみるがいいさ』


 思考がさえている。

 まるでスイッチが切り替わり、表面化にもう一つの自分が浮かび上がるように。

 目が赤くなってからだ、魔力とわかる白い靄が見えるようになってから三人称で動かすように何をすればいいのかわかる。

 まずは左手に持つ拳銃を相手が攻撃を振り落とす瞬間に発砲。右腕次だ、やや踵が浮いた左足にもう一発

。そうすれば楽に地面に尻を着かせることが出来る。


「ぇ……。マスター」


 まず1。

 何とか戦える。今までとは段違いだ。


「ぐ」


 が、無理やり身体性能以上を動かすことはできない。一人だけでは無理だ。


「礼。蹴ろ!体制を崩した後、俺を引っ張ってバックステップ!」


 ここには一人ではない。

 いくら魔力がないとはいえどその身体能力は人の赤子と腹ペコの猟豹が競うものである。

 多少疲れていようが空腹だろうが豹の方が足が速い。

 命令されたからか弾かれたようにヒールで押し出すように相手の上半身を蹴り飛ばした。

 できた隙間に割り込むようにナイフを抜きながら俺は飛び込んだ。

 あの時幻視で視た通りに技を繰り出せ。

 相手は片足でバランスが十分に取れていない。

 俺はナイフですくうように低い姿勢からアキレス腱目掛け、一弾指の間に回転切りを2回連続で斬りつけた。

 ――虎落笛もがりぶえ

 そんな技名がふと浮かぶ。

 相手の装甲を縫うように切ったおかげか膝から崩れ堕ちるように行動不能になった。

 次に背中に柔らかいものを押し当てられながらの浮遊感。礼に抱きかかえられながら相手と距離を取った。


「ふぅ。ぅはぁ……突っ込む、なんて」

「すまん」


 疲労によりやや頬を朱色に染め、生暖かい息を吐く礼を視る。ところ何所怪我をしてはいるが、出血は止まっているため体は問題はなさそうだ。

全身をめぐる魔力は枯渇し、胸のクリスタルに浮かぶ瞳は痙攣するかの如く小刻みに震えている。


「っ……どうやって、はっぅ……そんな戦闘こと。できなっぃはずじゃ。それにその目」

「なんとなくやり方がわかるんだ。粗削りだけど」

『兄、イチャコラしない早く』

了解ヤーで、どうすればいい礼。どうすればお前が持ち直せる?」

「魔力が……ない。繋がれば出来るけど、簡単にできるのは私の手首部分にある腕輪……ついてある宝石の腕付近に掌を」


 つまり手を握ればいいのか。

 舞が計算した通りに銃弾を放ちながら手を握る。そうすると礼は指を絡めてくる。

 変化はすぐに表れた。

 目に映るのは空気中に漂う光の雫。それがだんだん自分に向かって集まってくる。

 体に吸収され腕を伝い礼の胸に流れていく。

 まるで薪をくべた焔のように、体全身に浸透し腕から剣に滑れ金属の隙間から鼓動が響き渡る。

 礼を観察していたがカチンと音が響き渡り意識切り替えれば、左手に持つハンドガンはホールドオープン。弾切れを示している。

 再装填にはポケットにあるマガジンを取り出し挿入する動作が必要になる。この一連を左手一つで出来るほど俺は器用ではないし、右手を離したらまだ礼が準備が出来ているのかはわからない。

 まだなのか?もうすでに6秒ほどは稼いでいる。これ以上は。


『兄……!』

「礼……!」


 機械生命体が踏み込んで来るのが映る。

 やばい。

 そう思い拳銃を収納。ナイフに持ち変える。


「……っ」

「大丈夫」


 掴んでいた礼の左手が俺の横腹に添えられる。言葉を発する間もなく颯爽と踏み込んだ。

 まばたきの間に相手の上半身が切り落とされていた。


「は?」

「もう僕やれるよ」


 そして暖かなぬくもり。俺は礼の胸の中で抱きしめられていた。

 混乱する思考の中で、肉感的な2つの塊の間に頭を埋められる。まるで睡眠から目覚めた時のように思考がスンと切り替わる。


「うん。もう行けるね」


 その言葉で戦闘中だと言うことに思い出し、慌てて胸からはなす。


「あ」


 礼は名残惜しそうに腕を伸ばしたのを視ながら一言言った。


「さぁ、行こう」

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