9節 接敵

「さて、用事は終わったし町に駆り出そうか」

「もう済んだのではそれにもう15時半ですよ」


 空にはまだ太陽が空高く輝いていて、道を穏やかに照らしている。この様子だと日が傾くのは18時過ぎになるだろう。

 けど明るいからと、出かける用事はないし資金もない。時間も暇も家に帰ってゲームをすれば消費する事が出来る。


「確かに海斗君にはないないだろうけど。れいちゃんが今後も生活していくのに町の紹介は必須でしょう。窓越しに見るのと実際に歩いて肉眼で視認するのは違うでしょう」

「只サボりたいだけなのでは」

「にぃ。ここは話に乗っておくべきだよ。誰がここまで連れてきてくれたんだよセイカさんじゃない。私たちどれほどお世話になってもらってるの。それにご飯おごってくれるかもしれないじゃん」


 世話になっているのは確かだがその分仕事でこき使われているだろ妹よ。俺は武器を改造しているときにゴーグルっぽいものを受け取ってたの見たんだが。それにご飯は願望じゃん。

 が、横目に見れば礼が普段無機質な目に光を宿している。耳を澄ませばごはん……ごはんと流れ込んでいる。

 民主主義としてどうやら決まったらしい。

 嘆息をつきながらついていった。




「えっと服は駅で買ったんじゃないのか?」


 海斗たちはしばらくした後商店街にたどり着いていた。精華いわく女の子ならおしゃれをしなくちゃそう言い、今3件目の服屋にいる。

 商店街と言われているが20世紀前半に作られたものではない。

 一度瓦礫の海と化し商売ができなくなり資金が確保できないと深刻に思った政府は、土地を安く売りだし支援金を出し活性化を助長した。

 ここが首都から離れた北関東であり倒壊した建物の数も少ない事から、多くの企業と市が連結し今に至るような商店街……と言う実質【アウトレットモール】のような規模になってしまった。

 正直俺にはファッション何てからっきしで服なんて寒さと暑さ、利便性の良さでしか見ていない。

 それにこうなった精華さんはほかの店ににも行くことが性格上わかりきっている。


「いつまでいなくちゃいけないんだ商店街ここで?」

「半径500m内にあと10店舗あるって。熱いよぉ太陽光が痛いよぉ早くおうち帰ってゲームして経験値や武器を作る素材とか回収したりあとイベントが午後5時に始まるからその前に帰ってエアコンつけて万全の状態で周回作業始めないといけないのに」

「お、おう」

「兄、晩御飯が出来たら運んできてねあと目が乾燥してきたら机の横にある目薬を差して足に血流が溜まったらマッサージしてあと疲れてSNS徘徊し始めたら頭なでなでして」

「晩御飯作ってからな、そのあと合流するは」

「ありがと」


 だから兄妹おれたちにとってこの時間は非常に退屈だった。

 まいはもうゲームのように「おかし奢ってくれると思ったのに」と呟きながらくるくる回り、俺はペットボトルに口をつけながら壁に寄りかかっていた。

 純白の噴水を眺めても暑さはかわらないし、ゲームセンターもない。

 1人の楽しそうな声と困惑した1人の気配を感じながら出入り口でふけっている。ただ目的もなく青空を見上げるだけ。


「ん……」


 突如、寒気が体内を循環する。

 風はない。そもそも商店街は四方八方をコンクリートで出来た店舗でふさがれている。

 いや、これは違う自分の一部が制御できない。言葉にするならば一部の細胞・・・・・が暴れまわっている気がする。


「っ……。はなし……て」


 後ろから礼の言葉が届く。その声色からは焦りがにじみ出ていた。


「ど、どうしたのれいちゃん」

「え、あえ」


 けれど思考は澄んでいて、此方に近づいてくいやな予感を認識していた。


「精華さん。舞!礼!こい!」


 気が付けば怒鳴っていた。

 礼は腕を振り切るために勢いよく前転しながら、遅れながら精華を先頭に出てくる。


「ちょ、ちょっと」

「精華さん……いえ中佐。お仕事みたいです」

「え」


 何を、その問いは破壊音で塗りつぶされた。

 ピントがずれた視界に映るのは鉄筋とコンクリートで出来た東口が砂煙が辺りを覆っている事。


「これは……」


 どうした。事故……。とにかく救急車を。いやまず警察を。

 民衆は各々に行動し始める。電話をかけるもの、救助しようと駆け寄るもの、ネタになりそうとカメラを構えるもの。けれど野次馬の行動は砂を踏みしめる音でいったん停止した。

 人々の視線が一つの動く陰に重なる。

 生きているぞ。そう伝え勇敢な一人の青年が大丈夫ですか!と歩みを進める。

 その返答に答えるために喉仏にうねった刃を奴は突き刺した。その後ろには2、3と鈍い足音

 現実を直視した女性が金切り声を上げる、それが連鎖的に広がり辺りは暴徒で満ち溢れた。


「あ、あ」

「っ」

「……」


 ゲームのようなきれいな悲鳴ではない。冥府に引きずり込まれるようなドスめいた音が辺りを支配していた。


「逃げなさい」

「え何言ってるのセイカさん!敵は明らかに多いよ。傭兵は依頼がなければ動かなくていいんでしょ!将校だけどその装備で突破できるわけないじゃん」

「確かにね……けどあなたたち3人を見捨てるのは私の信条に反するのだから逃げなさい!」

「っ……了解ヤー


 急いで腕を引く。ここから離れなければ。

 足を前に踏み出した。


「まって」


 それを止めたのは礼だった。小さくかったがそれでも強い意志が込められている。


「どうした」

「避難するのは悪手フェイク。それに人ごみに巻き込まれたら体重で潰されるだけ」

「じゃあどおしろってんだよ」

「ここで戦闘する」

「な」

「む、無茶よ非戦闘員が3名って」

「既に探知されている。バラバラになっても各個撃破されるだけ」

「私がいつもの装備を持ってきていれば……」

「あぁ。クソ!」


 お話をしていればもうすでに敵さんは近くの物をあらかた食い終わったらしい。こちらに近づいてくる。

 人間ににた二足歩行の生物だった。ただ皮膚は白銀の甲冑を纏っているかのように硬化し、右腕と一体化したブレードを向けてくる。

 やるしかないのかそう思いリュックを下ろし荷物を取り出し確認する。

 9mm拳銃にナイフ。関節に補強を銜えたグローブに樹脂がつま先部分に入った安全靴。

 非常に粗悪な装備一覧だった。


「待って、お兄ちゃんこれつけて」

「これは?」


 何時もより小さく感じる手からゴーグルのようなものを受け取る。それは改造中に受け取っていたものだ。

 頭に装着し電源を入れるとプラスチック部分が発光。敵を眼前に示しながらもアルファベットの羅列がながれる。


「コンバットプロトコルオンライン」


 電源が付いたのを妹が確認しパソコンを起動。ものすごい勢いでタイピングしていく。


「それは戦闘用に作られたヘッドマウントディスプレイ。装着者の脈拍や脳波などを想定。近くの電子機器をハッキングして敵の情報を表示する。それがコンバットプロトコル」


 コンバットプロトコル。これが精華が舞に作らせた戦闘支援ツールである。

 この新関東統合都市では犯罪防止、抑制のために廃墟都市以外いたるところに監視カメラが設置されている。

 この監視カメラは1080pで赤外線による暗視機能に熱源の探知、果ては被写体の距離まで計算ができる優れものである。

 これらの過密的な情報を瞬時に伝達するのは5Gのおかげであろう。

 そしてそれをクラックし戦闘に生かそうというのだ。

 無論、この装置があればいいというわけではない。

 無数にある監視カメラ画像を選別し、的確に映像を抜き取り補助をすることが出来るのは一重に並列思考マルチタスクできる妹ゆえだろう。

 が、そんな情報を説明されるほど時間はない。

 わけもわからぬまま大型ゴーグルを装着される。


「信じて!」

「おぉ」

「うん使用状況を初期化リセットします。いいあに!相手との距離、自分の移動状況によって使用武器を機械(HMD)が取捨選択しゅしゃせんたくしてくれるからね」

了解ヤー


 視界に見えるのは電子の飛沫。それが形を持ち敵が5体以上いることが示される。

 瞬時に拳銃に初弾装填。セレクターを3点バーストに切り替え、狙いサイトを定める。


「気が進まないけど……援護して海斗君。ここからは戦闘要員としてあなたを含むみるわ。行くわよ……戦闘開始エンゲージ!」


 精華が叫びハンドガンが火を噴いた。

 相手が間合いを詰めるより弾丸の方が到達速度が速い。

 340m/sで飛んでくる鉛の粒を体制もなく先頭に走る機械生命体の頭部に一寸の狂いもなく命中した。人間では骨が変形し脳幹を破壊しながら青空に飛んでいくはずである。


「な……バカな!?」


 監視カメラをクラックし別の視点アングルを視れる舞と海斗だけには、弾頭が外皮に阻まれ体内に侵入することなくはじかれたのだ。

 化け物は少し体制を崩したのみでまた足に力を籠め踏み出してくる。

 接近戦ナイフの間合いに入る前に出来るだけ殺しておかなければならない。生物として格が違う以上相手の間合いに入るのは自殺行為だ。

 それに防具はない。身を守ってくれるのは今纏っているナイロンの服一枚だ。

 故に、奴らが間合いに入る5秒前には損耗させなくてはならない。

 精神を籠め相手に狙いを定めればHMDにロックオンと赤いレティクルが現れる。それに従い指を引けば子気味良く3発の銃弾が発射される、が経験の差か胴体部分にしか当たらず身じろぎすら与えられなかった。

 ――後28m

 二人は一息つく暇もなく交互にトリガーを引き続ける。

 けれど努力はむなしく20発の雨をき分けられる。ロックオンカーソルの下に表示されるのは8.6mの距離。


「くっぅ!」


 今まで聞いたことのないような切羽詰まった声をだし、精華はソードオブショットガンを取り出し予め装填されてあったスラッグ弾をかました。

 ――スラッグ弾。

 別名、熊撃くまうちと呼ばれている弾の種類である。

 銃の威力は弾の口径の大きさに比例する。これは周知の事実であり火器を取り扱ううえでの基本知識だ。

 散弾銃さんだんじゅうの口径は個人携帯小銃の中で大きい分類に属している、なぜなら本来散弾による面制圧によって小型動物を狩猟するために用いられてきたからである。

 しかし散弾に使用されるのはペレットと言われる小さなビーズであり、これでは威力不足だ。

 だがスラッグ弾ではそれは解消されるが、万能ではない。

 そもそも高威力を実現しているのは弾頭が一つであることであり、本来のショットガンはライフリングもなく真っ直ぐに飛んでいかないし、そもそも散弾を使用するのにライフリングが邪魔になる。

 一応装填されている弾丸はライフルドスラッグで弾頭に切り込みを入れることによって、発射時の風圧で回転運動を付与けることが可能であるが、それでも安定しない。

 だからこそここまで至近距離になって指をかけたのである。

 安定しない、それでも破壊力は絶大で機械生命体が受けた衝撃で大きく吹き飛んだ。よく見れば装甲に多大な亀裂が奔っている。

 が、銃弾は内部まで達せず生命活動は停止していない。


「海斗君そっちに1体くぅ……こんの2体くらいでっ」

「精華さん!?」


 ガン!と金属が当たる音が響きもくすれば刃を散弾銃で受け止めている姿があった。

 両腕がふさがれていながらも後ろに回った敵をうまく足でさばいているが、いつまで耐えられるかはわからない。

 いや、違う精華さんは何と言っていた。そっちに1体……。


「つぅ………」


 視界の端には白銀の人が間合いを詰めているのを捉えていた。

 急いで拳銃を構え直し銃撃を行うために引き金を引くが、聞こえるのは銃声ではなく樹脂プラスチックの軋んだ音だけだった。

 訝しむと既に弾切れホールドオープンを示している。

 ――しまった……っ!残弾を確認していなかった。

 後悔しながら視線を上げればすでに機械生命体が刃を振り上げている所だった。

 大丈夫だ。相手は脳無い生物、見れば大ぶりな攻撃しか出さない……これなら俺にも避けられる。

 半歩身を引いて右に逸れる。たったそれだけでこの攻撃は脅威ではなくなる、それなのに足は鉛がかったように動かない。

 腕に一体化した凶器からきらりと光る光沢に本能で身がすくんでしまったのか力が入らない。

「あ」

 眼前にはすでに死が広がっていた。

 ――

 ――――

 ――――――

 目を開ければ……それは一振りのつるぎだった。

 敵を吹き飛ばしながら漆黒の刃が弧を描く。

 黒髪の髪を流し、胸にかかるほどの三つ編みをし。来ている服は体に密着し黒いエナメルの輝き。腕にはブレスレットに足には戦闘に適さないハイヒール。

 全身を黒く統一し、胸元の部分にはクリスタルが埋め込まれており、その中から眼球のようなものがぎょろりとこちらを向いた。

 けれどそんなことは些細な出来事で、俺にとって大切だったのは危機を助けてくれたのは。


「大丈夫……?」

「礼……?」


 妹に寄り添わせていた文月礼の姿だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る