8節 改造

「で、ここが覆道式射撃場ね」


 次に連れて来られたのは暑いコンクリートで覆われた射撃場であった。


「ふくどうしき?って言うからには難しい物を想像してたけど、ゲームとかでよく見る室内射撃場じゃん」


 人型の的にその手前には長テーブルが置かれており2m間隔で透明な仕切り版が設置されている。


「覆ぐ道と書いて覆道式よ。弾道をふさげば人にあたらないでしょう。それに野外は国の許可が必要だったりするから、こっちのほうが楽なのよ」


 今では、公務員以外でも銃を所持てるようにはなったが日本の法律はアメリカと比べ強固なのは変わりない。

 射撃場もその一つだ。

 射撃場、特に野外射撃場でも大きな制限がいまだにある。

 公道から一定以上離れたところに作らなければならない。建設時は政府が認めなければならないとか。一定以上の高さの柵や空白地帯を作るなどしなければならない。

 逆に覆道式では厚いコンクリートなどで囲わなければいけないが、囲ってしまえば公道とか関係なく作れてしまう。

 ここまで銃が生活に浸透しているのにもかかわらず今だ一般からの偏見の目がすくなくない。


「じゃあせっかくだし撃っちゃいましょうか」

「え?いいんですか」

「誰かが使わないとこの施設の作った意味ないっすからね」

「兄ばっかずるい。いいな私も撃ちたい」


 ぼっけとする礼を他所に興奮する妹。

 苦笑いを浮かべながら精華さんは俺の手のひらにマガジンを載せてきた。

 重量はそこまででもない。質感も偽物モデルガンと変わらないが、弾倉から見える9mm弾が金属独特の光沢を見せる。

 火器操作の資格は撃つために取ったものではなくアルバイトでパーツなどを扱うためだった。アメリカ市場のように5万で買えるわけではない。

 ここで今、銃を撃つのだと実感がわく。

 精華さんがパネルを操作し的の距離をセット。

 弾倉ををグリップに叩き込み、グロックを模した安全装置を下げスライドを引けばシリンダーに弾丸が挿入される。

 右手でグリップを支える左手を押さえ、トリガーセーフティを押さえながら引き金を引く。

 パンと子気味良い音が響き渡った。

 映画や動画みたいに音が大きくて鼓膜が破れるだとか、マズルフラッシュが視線を塞ぐだとかそういうのはなかった。

 夢見心地のまま、それでも機械は想定道理にスライドが後退し排莢を促す。飛び出された金色の筒は仕切り版に当たり、暫く地面を飛び跳ねたのち靴に寄り添う世に転がってきた。

 何と言うか実にあっけなかった。

 本当に俺は撃ったのかと疑いたくなるが、この型に響いた反動も燃焼した火薬のにおいも現実リアルだった。


「どうだったっすか感想は」

「あ、あーなんかしょぼいなと」

「まぁ、派手でいい事なんて少ないしね。一様全部撃ち切っていいわよ」


 銃をもう一度構えなおす。

 |こいつ(SIGP320C)は準備満タンのようで頼もしく重みを伝えてくる。

 一定のリズムが14回を超えた後、俺はマガジンを抜きホルスターに収納した。


「で、どうっすか」

「はいはいちょっと待っていてね」


 精華さんが液晶に現れたスライドを動かす。その指につられるかのように、オーターの動作音が響き遠くにあった円状の的が眼前に近づいてくる。


「んー、全部的に入ってるけど……中心には一つもないね。近くて7点だけどこれだったら私が撃った方がいいんじゃないの。ゲームで鍛えた腕が火を噴くぜ」

「いいえ結構すごいわよ。初めて拳銃でしかも照準補助機も無いのに全弾的に入るなんて」

「そうっすね。それに海斗君は眼鏡かけてないすっから」


 弾痕に指をさし自分の事のようにはしゃぐ精華さん。

 先程の的の距離は45mであり拳銃の有効射撃距離は50mほどと言われている。それを聞けばすごい事かわかるだろう。


「海斗って……強いの?」


 ずっと口をつぐんでいた礼がやっと動かす。

 その瞳は鋭い光を内包しているかのように思える。


「えぇ、そうね。訓練兵としては・・・・・・・一人前だと思うわ」

「なるほど……」

「れいちゃん急にどうしたのかしら」

「死ぬのはダメだから」

「……大丈夫おねぇさんがちゃんと見てますから」

「そう」

「何してんだ礼。精華さんにたかってんのか?」


 ふと周りを見渡しちょっと離れたところにいるのに気が付き俺は二人に声をかけた。一様ここの施設を使わしてもらってる身だし、床には薬きょうだらけだ。さすがにこのままと言うか訳にはいかない。


「別にそんなんじゃないわよ。掃除はしなくてもいいから」

「え」

「それ専用の清掃人がいるの、せっかく銃を手に入れたんだし改造したいでしょ」

「金ないんですけどそれは」


 と言うわけでついてきなさい。その言葉とともに勢いよく腕を引っ張られた。

 白くシミ一つない細腕には男子高校生では想像できないような腕力が備わっているようで抵抗することなく俺は身を任した。


「……僕は」


 三つ編みを垂らした少女は小さな手をほのかに光る胸元に手を置いた。

 もう一人の私ホンノウがささやいている。人間を殺さなくては、人間を滅亡させなければ。

 いや大丈夫。大丈夫。僕は人間の体リセイを取り戻しただから。


「何してんすか。もう行っちゃたんすよ礼さん。追いかけないとはぐれるっすよ」

「うひゃい!」


 振り向けば瞳孔を大きく開き肩から両手を離す藍沢……さん。


「お、かわいい声で鳴くじゃないっすか」

「おお、お驚かさないで……」

「そんな顔も出来たんすか。そそるっすねぇ」

「茶化さ……ないで」


 じゃあ行くっすよ。そう呼びかけながら彼女は、一足早く道を進む。

 もう一つの声は鳴りを潜めていた。




「で、ここがショップ兼整備場よ」


 次に連れ出された場所は複数の仕切りがある場所であった。

 雰囲気で言えばショッピングモールの店舗だろうか。だが普段見られない工具の金属光沢きらめきや油のにおい、そして重火器のカスタムパーツが出品されている。


「見てわかるだろうけど、ここでは8店舗のお店と専属契約しているの。彼らは私たちに物資を納入し、オプションパーツを売れる場所を出せるってこと。正直お店が遠いからね大手は大体こんな感じよ」

「つまり外出ていくめんどくさいから室内にお店作っちゃいましたーってこと?」

「雑に言うとそうなるわね」


 無論出れでも買えるわけではない。この傭兵団に所属し重火器を扱う国家試験に合格した者だけが商品を変えるのだ。


「海斗君が持っている拳銃それにはピカティニーレールがフレーム下部に搭載されているから、カスタマイズはしやすいはずよ」

「ぴかてぃにー……れーる?」

「お、れいちゃんがこう言うの気になる何て珍しい。試射あの時全然しゃべってなかったのに。ゲームとかでよく出るのに知らない?てかゲームやったことある」


 それに対して無言でうなずく。

 その様子を見てやっと自分の活躍する機会を与えられたと思ったのかややうわずいた声を出しながら話し始める。

 ピカティニーレール。

 簡単に言えばオプション取り付け台であり、光学こうがくスコープ、特殊スコープ、タクティカルライトなど、増え続ける小火器付属品に対応するためアメリカで開発されたものである

 1991年からアメリカ軍で普及し今では世界各国の軍隊で採用されている。

 これらの理由としてはまず部品の規格を統一することが可能である。それ以前の銃器では各銃ごとに専門のパーツが存在し、大量受注により原材料費の低下が見込まれない、対応した銃を持っていないとメーカーが売れないなど問題点があった。

 これらの標準化は画期的だったようで、今でも使用され続けられている。


「まぁ重心が前方になるからあんまりつけたくないがな」


 手のひらいっぱいにパーツを持ってくる妹をいなしながら、店内を見渡す。

 棚には所狭しと商品が並べられている。整理整頓と言う言葉が脳内辞書にはないのだろうか、今にも床に零れ落ちそうなくらい散乱していた。


「やぁ少年……探し物かい?」


 と可憐な女性の声が奥から響く。俺たちのものではない。こんなところに似つかわしくない落ち着いた音だった。


「あれか……」


 視線の先にはLEDが赤く点滅する金属の箱があった。視界が遮られる中どうやって少年の認識したのか、つまり監視カメラで見ていたのだろう。

 さて、あまり見られるのも気持ちが悪い。相手もご所望だしとっとと顔をおがむとしよう。

 積まれたものを崩さないように慎重に進んでいくと、ある程度開けた場所に出た。


「こんにちはぁ少年。ようこそ我が店へ歓迎するよ」


 そこにはテーブルに肘をついた白髪の少女であった。加齢によって色素が抜けたのではない。その輝きは失われていないつまり天然なのだろう。青色の瞳に尚且なおかつ引きこもりの妹より白く澄んだ肌。いや日にあたってないというレベルではない日本人にはできない色素だ。つまり欧州や北米からきた白色人種コーカソイドなのだろう。


「彼女はうちに所属する傭兵の一人なんだけど武器の改造や制作が趣味なのよ。名前は……」

「いい……自己紹介は自分でする」


 よっこいしょと、動かしていない体をほぐすように立ち上がる。2つに分けて結ばれた髪が跳ねるように舞い、薄く紅を塗った唇が開く。


「私の名前はノヴァラティア・アイヒヘルヒェン。主に武器の改造とか制作とか、あと戦闘では防衛陣地の作成とか土木建築の補佐とかいわゆる工兵をやってるよ」


 ――工兵。

 実際の戦闘において戦う歩兵や機械化機構部隊がいればいいというわけでない。頑丈な障害物に塹壕の作成、爆破工作に地雷原の除去など後方支援のスペシャリストが工兵である。

 また滑落した道路を修復し市民を避難させるのも仕事である。

 が、この雰囲気がつかめない不思議っこが力仕事を必要とする支援兵科の一人なのか……?


「私がするのは機械の作成とか支援装備。陣地作成、障害物作成、地雷探知機、爆薬の作成、上陸戦の支援、化学兵器の運用とかそういうのを作って実際に使ってるだけだよ」

「なるほどね。機器の作成が主なのか」

「まぁ、武器のカスタマイズとかの試運転で前線に出る事があるだけだよ」


 それは、支援兵科と言うのだろうか?


「まぁ、彼女は引きこもり……けど外出したりするしでもほら普段はラボに引きこもってるし何と言えばいいんだろう」

「ロマンを求める女の子が妥当っすね」

「彼女の勤務態度について社長わたしからは特にないわね。それに自由にさせた方が何かと都合がいいし、逆に拘束すると暴れるわよ」

「ぶい」


 ……大丈夫なのだろうか?


「く、癖の強い人だけど大丈夫だから」


 ほんっとに大丈夫なのだろうか?


「とにかく、あなたのエモノよこしなさい。初めてなんでしょ?だったらおねいさんにまかせなさい……フフ」


 胡散臭うさんくささを理由に取り出すのを拒否しようと口を開きかけるが、ためらったって自分にはこいつはいじれない。それに一応精華さんが進めてくれたんだ。

 左腕でレッグホルスターから相棒を取り出し無言で差し出した。

 外見に似合わずそっと受け取った。繊細にフレームに指先を添えている。まるで爪先に目が付いているようだ。

 そしてある刻印をなぞりこちらを一瞥した。


「で、カスタマイズはどうするの。お金をちゃんと払ってくれるなら守秘義務守るけど」


 やはり国防軍関連の銃だと言うことは見てわかるのだろう。守秘義務うんぬんは脅しなのは明白だ。


「うーん私の感が言ってるのよね海斗君と礼ちゃんこのこたちは面倒なことに巻き込まれるってだから瞬間火力を向上させるものにしてちょうだい」

「お金は?」

「私が出すわ。今後の事考えてメリットの方が多そうだし」

「つまり経費で?」


 海斗が関わる暇もなくとんとん拍子に会話が進んでいく。

 しばらく話し合ったあとノヴァは店の裏に戻りあるものを取り出してみてきた。

 それはSIGP320Cのスライド部分のパーツである。茶色に近いカーキ色で今まで装着されたものだ。ただグロックのようなセレクターレバーを除けばの話だが。


「これはいったい?」

「これは拳銃に3点バースト機能を持たせるための部品。まぁ機関部もいじらないとだめだけど」

「へー」


 もうすでにバラして機関部にパーツを嵌め込み、組み立てている。


「はい、終わり。射撃場で撃って異常がないか確かめてみて。」

「あ、はい」


 ノヴァはグリップを差し出した。銃口を向けないように配慮しているのはさすがと言うべきか。

 受け取ったハンドガンを仕舞い言われた通りに射撃場に向かおうと踵をかいした。


「ちょっとまって」


 と、ポケットの中から何かを取り出した。それは9mm弾であったがブレットが銅色ではなく白銀であった。それにいくらか重い気がする。


「これは?」

「タングステン弾。あなたには徹甲(AP)弾と言った方がわかりやすいと思うよ」

「へぇ。こんなの歩兵用火器にあるんだ。徹甲弾と聞くと戦車辺りがうかぶけど」

「そもそも市場に出ている既存の銃は銃身バレル施条ライフリングが掘られているはわかる?銃弾に使われる鉛と言う金属は、柔らかくて変形しやすい。外径が内径より大きい事でジャイロ操作を受け、目標に命中しやすくするというものなんだけど」

「タングステンは鉛より硬い。つまりライフリングによって弾頭が変形しながら飛んでいかないから弾道が安定しない」

「そう。それに硬いからライフリングをえぐってしまうことがある。そうなったら即交換リコール。費用もばかになんないから小さくしてみた」


 つまりこの銀の弾丸もどきは8.5mm弾と言うことらしい。これなら溝に干渉はしないし壊れる心配はないが、逆にジャイロ効果が得られないため有効射程距離が25m弱と半減してしまったらしい。

 それでも威力は折り紙付きらしい。


「うまく使ってね」


 そう話しツインテールを揺らしながら銃に持たさられている少年を見送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る