異世界百合、プロロログス零式 02
くまたんが写り込んだ監視カメラの設置されているコンビニは学校から歩いて10分のところにあった。
私たちの使う駅やバス停とは反対方向にあったため、こんな場所に小さなコンビニが建っているとは知らなかった。
「さて、到着~! くまたんおるか~」
「おらんよ。はぁ、明日先生に午後はどうしたんですか? って詰められる……」
「まぁまぁ1、2回授業すっぽかした程度で怒られないよ。ほら、学校の先生ってモンスターペアレントの対応に必死じゃん。ちょっと生徒に注意してその親にブチギレたら溜まったもんじゃない、って強く言えないんだよ」
へへへっ、と憎たらしい顔で笑ってる。
まぁ今更戻って音楽の授業に乗り込むのは気が引ける……。
レイはコンビニの周りをキョロキョロしながら探している──フリをしていた。午後の授業という縛りから開放され、いつの間にか買っていたお菓子をボリボリと美味しそうに食べている。やっぱりサボりたかっただけじゃない。
「一つ頂戴」
「最後の一個なんだけど、食べる?」
「食べる」
「普通遠慮するだろ!」
「それ以外全部食べてるんだからいいじゃない」
「しょうがないな~」
レイはクッキーを指で摘むと、私の口に近づける。
私はレイの腕を掴んだ。こいつのことだから、私の口に放り込むと見せかけて自分の口に持っていくはずだ。そんな非道いことしないよ! と目を潤ませながら訴えてくるけど騙さない。
私があ~と口を開いた途端、びゅううっ! と風が吹き荒れた。
「あっ……」
レイはそのクッキーを地面に落としてしまった。
泥が付着した。
「サクラ、三秒ルール」「食えるか。ってか風がすごいから私は中で待ってるわ。見つけたら教えてね」
「いやだよ、私も入る。飛ばされちゃう」
びゅうびゅう! と吹き荒れる風から避難するように、コンビニの中に入った。
大学生くらいの店員さんが、レジの中でタバコの補充をしていた。私たち以外にお客さんはいない。私たちに気づかないのか、いらっしゃいませ~、と言わなかった。
「最後の一個が食べられなかったことが悔やまれる。だからお菓子奢って」
「え~~別にいいけど」
「やった、サクラ様ありがとうござ……待って、その手に掴んだのは何!」
レイは私の手首をぐっと掴んでひねり上げる。
私の指先には、スマホ用のギフトカードがいつの間にか挟まっていた。「何すっとぼけとんじゃ! 今まっすぐに掴み取ってすごい目で睨んでたじゃん!」
「いや、普通に買うのよ」
「……それ、1万」
「えぇ」
「普通の一般的なJKが、授業サボってコンビニ寄って課金カードに1万は出さないだろ」
「仕方ないでしょう……そう仕方ないのよ」仕方ないじゃない
「何も理由がない。心の声も仕方ないじゃない、としか言ってない!」
来週、私が遊んでいるスマホゲーム”ブレスト”がハーフアニバーサリーを迎える。その時に復刻ガチャや追加武器ガチャなどが色々とイベントが開催され、どうしてもガチャを回すための石が必要だった。
「この前も回してた!」
「あれは限定ガチャだから回さないといけないのよ」
「いけなくはないでしょ。うわ~もう回すことに何も抵抗が無い。葛藤するけど乗り越える速度が早い。そのお金だって……サクラのお金じゃないのに」
「生活費から出してるから、一応私のお金です」本当は母に友達と遊ぶお金がもっとほしい、とお願いして仕送りを増やしてもらったのだけど──。
「うぅぅ……。どーりで快く奢ってくれると思った。やれやれ、このままじゃサクラがSSR完凸をスクショしてSNSにあげて射幸心を満たすような廃課金ガチャ回しになってしまう……。その原因の発端は私にあるから責任感じるよ~。やだ~私までクズにしないでくれ~」
「変な妄想拗らせて心配しないで。ただゲームを攻略するための戦力集めているだけだから」
レイの食らいつくような視線を浴びながら、課金カードとお菓子を購入した。
「あの店員さん……完全に無言だったね」
「そうね」
「やっぱJKが1万する課金カードを澄ました顔で買うからびびったのかな」
早速コンビニの飲食コーナーでカードの番号を確認しようとしたけど「お願いだからコンビニの片隅で課金カードの裏を血走った目で睨みながらコインで一心不乱に擦るのだけは勘弁してください……」とレイに涙目で止められたので諦めた。
レイもくまたん探しに飽きていたようなので、とりあえずコンビニから出て私かレイの家に向かうことにした。
私はカードをビニール袋に戻そうとした瞬間、びゅう! とまた突風が吹いた。
「あっ!!!」
課金カードを手放してしまう。
ひらひらと回転しながら宙を舞う課金カード。
私は思わず飛びつくようにしながら、課金カードを追いかけた。
地面に課金カードが落ちた。でもまた風が吹いたらどこかに吹き飛んでしまう。
その時、すっと何かが課金カードを抑え込む。誰か、親切な方が抑えてくれた。
「あ、ありがとうございま──ひ、ひぇぇえええええええええ!!!!!!」
私の口から素っ頓狂な悲鳴が響いた。
自分の声の反動でどしん! とお尻から尻もちをついた。
だって、
だって……
私の課金カードを抑えていた人物は、まさかの「く……くま、……くくくくくまたん!?」だったからだ。
まず恐ろしいのは、そのサイズ感だった。
40~50センチくらいの人の形をした物体。
例えば、これが私たちくらいの背丈があれば、なんだ中に人が入っているキグルミじゃない、と安心できるけど、このサイズでそれはあり得ない。子どもが入っているのも無理がある大きさ。
そのデフォルメされた体で、私の課金カードを足で押さえつけていた。
ジロリ……と目が合う。
ぞわっと鳥肌が立つ。
その大きな瞳から異様な生物感がにじみ出ていた。このサイズのロボットにしてはあまりにも生々しい……。ロボット、それかラジコンの可能性もあるかもしれないけど、ゆっくりと腰を屈めて、課金カードを拾う姿に淀みがなくて、二足歩行の類人猿とはまた違う──人間っぽさを感じた。
「あ、あぁぁ……く、くまた……た……くま……な、なんでぇぇ……くまたんなんでぇぇ!?!?」
突然のショックで私の口は上手く回らなかった。
腰が抜けて立ち上がれないわ。
じーっと私を見つめる顔から、何を考えているのか読み取れない。いや、元からとぼけた面してるけど、もっと……思考の読み取れない生物と対面している緊張感。
そのくまたんの視線が、私から隣に移る。
……レイ!
そうよ、レイが隣に居るじゃない。ある種の期待を込めてレイを見やると──。
「うっわぁ、マジでくまたんおるじゃん」と冷めた声と表情だった。
「いや、なんでっ!!!」
足に力が入らないはずなのに、レイのくまたんを見つけて喜ぶどころか若干引いているレイの姿に驚き、私は両手でぐいっと体を持ち上げて立ち上がっていた。
「ひぃ、なになに!?」レイに詰め寄ると震えながら逃げようとする。
「お、おかしいでしょ! あんたあれだけくまたん見つけるぞ~! って可愛くはしゃいでいたのに、その反応は違うじゃない!」
「え~~だって、世界観が違う」
「世界観──」
「そ。ってか私のはファンタジーを追いかけている。ロマンってやつ? 未知の生物を追い求める時の感覚。実際には存在しない、もちろん理解しているけど万が一の可能性にかける、という体ではしゃいでいるわけでして、そこでガチでくまたんが登場してきたらさ、ちょっと反応に困るよね……」
「そんな……」
いや、
あの、
ちょっと、
ねぇ……待って、
もっと喜びなさいよ……。
全身を使って爆発するみたいにぴょんぴょん跳ねて……。
何故か、私は泣きそうだった。
心のどこかでうっわ~~~くまたんがおるよ~~~~! と夜空に輝く星々のように瞳を輝かせて喜ぶレイの姿を想像していた。裏切られたことで、自分でも驚くほどショックを受けた、から?
え、納得いかない。
「でも……いる、くまたん……いる! こ、これ……ロボットかしら?」
「う~ん、この世界の人形ロボットってさ、この前テレビ見たけど倒れても自分で起き上がってダンスする! 程度で話題になるレベルだから、この自然体な佇まいはありえないないと思うな」
「やっぱり、そうよね……」
「そう、つまりくまたんという生物は、実在したんだよ」
くまたんが実在する──。
まだこの世界に魔法や超能力が溢れる世界とかだったら納得できるかもしれないけど、空を飛ぶ車は存在せず、スマホが世界を支配し、ずんぐりむっくりした国民的タヌキ型のロボットはもちろん存在せず、最近はAIが描いたイラストの是非についてネットで日々熱い議論が交わされている程度の、世界なのよ、ここは。
くまたんはレイからも視線を外すと、手元の課金カードを一瞥して、そそくさと走り始めた。
とっとっとっと! と道を駆けていく。
「あ……ちょっと。くまたんが逃げるわ」
「ホントだ、どうしよ」
「どうしよって、追いかけましょう。だって──私のカード、奪われたのよ」
私たちは逃げるくまたんを追いかける。
くまたんは住宅街をすいすいと進んでいく。
早いけど、追いつけない速度じゃないわ。
けど、曲がり角を二つ続けて曲がったところで、くまたんを見失ってしまった。
二人で息を整えながら辺りを見回すと「サクラ……あそこ」
レイが指差すと、くまたんは道の真ん中で立ち止まっていた。
まるで課金カードを私たちに見せつけるように指に挟みながら、私たちの様子を伺っている。
私がその方向に足を踏み出すと、再び駆けようとする。
でも立ち止まると、くまたんも……止まった。
誘っているの?
ただ一目散に逃げていると思ったら、意志を持って私たちを誘い込んでいるの?
何故?
どうして?
……罠?
膝くらいの高さしかない存在なのに、冷水を背中に浴びるような恐怖を覚えた。
「レイ~~」私は思わずレイにしがみついていた。レイはよしよしと私の頭を撫でてくれる。優しい、好き……。
「はいはい怖いね。はぁ、サクラ、今日は怖くて眠れないよ。もう諦める?」
「で、でも……カード」
「え、サクラが恐怖を乗り越えようとしている!? お金のちからってすげぇ……」
その後もまるでどこかに誘い込まれるかのように跡を辿った。
いつの間にか学校の裏側にある商店街に迷い込んでいた。
いや、ここまで……商店街があったのかしら?
知らない風景。
記憶に存在しない街並み。
だんだん不安になる。
でも、もう今更戻れない気がした。
人気の少ない寂れた道を進む。ぐねぐねと一本の長い道を抜けると──。
「……穴」
なんていうか、人工的に抉られたような巨大な穴だった。どうして商店街の先にこんな穴が? と不思議で堪らない。直径2メートルほどで、その中に……くまたんはいない。どこかにまた消えてしまった。
レイは穴の前で立ちすくんでいる。
私はレイの隣まで進み、そっと穴を覗いた。
まだお昼を過ぎたばかりで、太陽はほぼ真上から照らしているはずなのに、この街の商店街が日光を遮っているかのように暗闇が穴の中に溜まっているみたいだった。
穴の中はどれだけ深いかわからない。
「くまたん、この中に落ちたりして……」レイがくまたーん! と言いながら覗いている。
「じゃあ、私のカードも」
「もう諦めよ。30連回したけど全部ノーマルだけだった、ということにしよう。梯子もついてないし、それにこの中に落ちたら危険だよ」
「……はぁ、そうね……」
すると、ちょうど穴を挟むようにして、向かい側にくまたんが現れた。
私たちと目が合うと、ひゅっ! と腕を揺らして課金カードを私めがけて投げつけてきた。
穴の上をくるくると回転しながら通過する。
私の手元に……と思ったところで、また風が吹いた。反射的に手を伸ばした。届かない。嗚呼そんな。え、待ってそれよりバランスが、崩れる。反転しながら腕を伸ばすけど、レイに届かない。離れていく。やだ、うそ……。「サクラ!?」「レイっ」「もう……」
レイが私目掛けて飛び込んできた。ゆっくりと倒れるように落ちる私を抱きしめた。ぎゅっと指が重なった。落ちる最中に空を見上げると、雲ひとつ無い晴天だったはずなのに、なんか……赤色と黄色の絵の具を無理やり引き伸ばしたみたいな不思議な色に染まっていた。
// 【異世界JK百合物語】に続く
// 異世界編は本作と異なる設定が多いため、本作から独立させてカクヨムと小説家になろうに投稿しております。
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