異世界百合、プロロログス零式 01

「大ニュ~~~~~~~ス!」


 旧校舎と新校舎が重なり合うように建設されたことで発生した空間で、私たちは毎日お昼ご飯を食べる。

 私たち以外はこの場所の存在を知らないため、人知れずレイを堪能できる憩いの場だった。


 突き出たコンクリートを椅子代わりにして座り、卵焼きを頬張ったところで、レイが血相を変えて飛び込んできた。


「あら、コロッケパン買えたの?」


 先週ひっそりと発売されたコロッケパンは、お昼休みに丁度間に合うよう計算されたコロッケの揚げたて具合が口コミで話題となり、連日生徒が列を成して群がっていた。


 私はお弁当があるからいいけど、レイのように校内でパンを求める生徒にとっては1日限定50個という宣伝文句にも唆られるのか、最近はパンの奪い合いに挑んでいた。


「ううん、買えなかった」レイは肩を落としていつものサンドイッチを掲げる。

「じゃあなに?」

「ねぇ見てよ!」


 レイは私の隣に座るとポケットからスマホを取り出して私に見せつける。

 距離が……近い。

 ふわりと煌めくボブカット。

 つり上がった大きな瞳はぐるぐると表情に合わせて愉快に動く。

 整った顔立ちは側面から見ても立体的な造形が施され、ホント非の打ち所のない美少女。


 私に寄り添うように密着し、肩から腰、スカートから伸びる太腿がひしっ! とくっつく。

 レイと出会った当初はその距離感の近さに驚くこともあったけど、こうして半年以上ほぼ毎日べたべたと密着されると流石に慣れた。

 ……でもレイの柔らかい感触や匂い、ぬくい温度がじわっと体に染み込む感覚に未だにドキっと胸が高鳴った。

 私の太股に指を置く。

 がしっと掴んで体重を預ける。

 直接肌が触れ合うとピリピリした寒気を感じるのよね。

 特に手を握られた時は──。


「え? ……盗撮?」

「違う違う、監視カメラの動画! 盗撮って寝ている時に私を撮りまくるサクラじゃあるまいし」

「そうね……いや、撮ってないわよ!」


 嘘だった。

 声が震えた。

 お泊りする時など、レイの寝顔をそっとスマホで撮影している。レイの愛らしい姿を眺めるのが好きだった。

 レイの可愛い姿を鮮明に美しく撮るために、スマホはカメラの性能が凄いと評判の最新機種に変更した。レイの画像は鍵つきフォルダに保管しているので絶対に見られていないはず。でも知っているってことは、もしかして私が写真を撮っている間、起きていたの?


 レイは私を冷めた目で睨んだ後、動画を再生させた。

 やや粗いカラー動画は、とあるコンビニのレジを映している。

 店員がタバコの整理をしていた。

 一体何が始まるのか──もしかして強盗? 

 しかし、しばらく眺めても何も起こらなかった。映像終了のバーが終了しかけたところで「あ、ほら!」とレイが声を上げる。


「……え? どこ?」

「あ~レジじゃなくて、自動ドアのところをもう一度見てよ」


 今度は途中から再生する。

 自動ドアに注目していると……何か、丸っこい物体がさっと通り抜けた。

 数秒しか映らなかったそれは「くまたん、だよね?」


 ──くまたん。

 この地方だけで細々とした活動を続ける”ゆるキャラ”だった。クマらしいが、丸み帯びたデフォルメの体型にダルメシアンのような斑点模様を持ち、間の抜けた表情をしている。

 パンダと言うと怒る、という設定があるらしい。


 レイはくまたんの大ファンだった。お小遣いを殆どつぎ込んでグッズを集め、部屋にはくまたんフィギュアがずらっと並んでいる。初めてレイの部屋を訪れた時は、白黒の斑模様の人形が所狭しと犇めく光景に鳥肌がぞわっと立った。


「一瞬で、よくわからないわ」

「も~目ン玉かっぽじってよ~~く見なさい!」

「うん……これは──」

「ね、ね? 絶対くまたんだよね!」


 レイはキラキラと瞳を輝かせて言う。

 その眩しさに目を瞑りそうになるも、……これがまだレイが年端もいかない幼い小学生程度の年齢であれば、可愛いわね(女子高校生のレイも可愛いけど)と頷ける。

 が、私たちはJKだった。

 そんなサンタさんを信じる子どもみたいに目をキラキラ輝かせるの辞めなさいよ。


「──猫よ」

「猫はこんな大きくないよ」

「それじゃあ犬。ほら、くまたんみたいな模様の犬いるじゃない」

「だってこれもっと丸っこいでしょ。くまたん以外ありえん」

「……そうね、そうかも──わかった、うん、レイがそう信じるならそれで良しとしましょう。でね、今度の土曜日なんだけど――」

「ちょっと待って話を終わらせようとするな。冗談じゃないんです! ほらほら、このくまたんサイトでね」


 くまたんはこの地方の片隅でレイという人間が唯一応援しているゆるキャラなのだが、妙なところでファンが居るらしい。

 くまたんの情報サイトでは、こうして定期的に新規くまたんグッズや営業での活動などが小まめに更新されていた。

 レイ以外にも好きな人が存在する……と驚きつつ、その掲示板では先程の動画が投稿され、普段は数個スレッドがついて終了している掲示板が珍しく伸びていた。


「……そもそもくまたんって、UMA、的な存在だったの。一ゆるキャラでしょう?」

「UMA、その可能性は大いにある」

「ねぇよ、ってか元はクマでしょ」

「だってこんなにも鮮明に写り込んだんだよ」

「合成に決まってるじゃない」

「くまたんのためにわざわざ凝った動画作る奴おるか?」

「確かに」

「……いや、否定しろ!」


 レイはいつの間にかサンドイッチをぺろりと平らげると、スリスリと私に身を更に寄せてくる。……来たッ、と私は内心歓喜に酔いしれる。

 レイは可愛い……。

 ホント可愛い。

 冗談抜きで可愛い。

 大好き。

 肌はマシュマロみたいにもちもちしている。

 ふにゃっと私の体に寄り掛かるだけで思考が緩むのがわかる。

 同級生の友人、

 私達は女の子、

 ──そういう壁をぶち破ってくる可愛らしさをレイは備えている。


 レイは私の膝を割って座り、私を座椅子にするようにして凭れてくる。ふわっと靡く髪から、シャンプーとレイの香りが私に襲いかかる。私はレイの背後から腰に手を回して抱きかかえる。

 最近はずっとこれ……。

 食べ終わった後は、ずっとレイを抱きしめている。

 夏は通り過ぎ、肌寒くなってきたので、レイのぬくもりが心地良い……。髪に鼻を埋めながら、ぐっと手を持ち上げるとレイの胸を下から持ち上げる感じになり、なんか、すごく、幸せな気分に浸る。一度この状態でレイを抱っこしていたら、あまりの気持ち良さに眠ってしまい(レイは起きていた!)、そのまま授業をサボってしまったことがある。


「ねぇ、探しに行こ~」体をくねらせ、頭をスリスリと私に擦り付けるながら言う。意識が飛びそう……。

「だからくまたんは……ゆるキャラでしょ? 存在しないのよ」

「やれやれサクラさん。私だってそれくらいはわかっとる。もうサンタさんはこの世に実在しねぇって理解もしてる。見くびるな」

「……だったら何故? 現実を思い知りたいの?」

「違う、そんな、そんな……寂しい気持ちじゃない。──正体を突き止めたいの」嘘だ、と思った。


「まぁいいけど」

「じゃあ行こうか」

「え、これから?」と面食らう。けど、内心そう来ると身構えていたから実は余裕がある。レイは私の手をぎゅっと握る。じわぁ……とレイの体温が広がると思った瞬間、ピリピリとした冷たさが迸る。

 冷たい。

 レイは体温が低いから──だけでは納得できない寒さを、絡まる指先の皮膚から味わう。

 細い指。

 私のなんか不格好な指が、レイの指にがぶっと噛みつかれた。

 いや、刺してくる。

 ただ握られただけなのに、鋭利な刃をズブリ……と突き立てられる気分。


「うん、だって~午後は音楽──あ! ごめんね、違うの、別に変な意味じゃなくて~」

「わざとらしい大根演技しなくていいから」

「だって、ほら、サクラのトラウマじゃん。和気藹々としたクラスのテンションを一気に奈落の底へと叩き落とした大事件!」

「大げさ」


 ──サボる、その口実。

 だからさっきの動画、見せてきたのね。

 納得しつつも、正直なところ未だに音楽の授業は苦手だった。

 正確に言うと、ピアノが悠然と構えている姿が気に食わない。……気に食わないなんて、違う違う、嫌悪していわけじゃないわ。ただ怖い。思い出すだけで裂けた皮膚から……「サクラ、行こうよ」

「はいはい、しょうがないわね」

「でたでた、仕方ねぇな~って顔してるのに、内心サボるの喜んでる。はぁ、なんか寒いからサボるじゃない~とか言いそう」

「そこまで雑な理由でサボらないから」


 レイはにぃっと笑う。

 愛くるしい笑顔にぞわっと鳥肌が立つ。一瞬のけぞるような恐怖を覚えたその隙間を突き進むように、レイの指が私の傷跡に触れた。スリスリ──と優しくなぞる。

 その感触が心地良くて思わず声を上げそうになる。


☆★☆★



// 02に続く

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