脚と足、露出 03



「そのスカート、クローゼットの中に干してた奴でしょ?」

「えぇ」

「絶対冷たいよ。穿いたら風邪ひいちゃう」

「スカートなんだから、大して影響ないわよ」

「無理無理、腰に来る! ……サクラが今穿いてるスカートを貸してよ」

「はぁ?」

「サクラがその冷たいスカートを穿いて、私がサクラの穿いていたサクラの温もりぽかぽかスカートを穿く。ね? いいでしょ? なんだその顔は! じゃねーと、スラックス穿いて毎日登校するぞコラ!」


 レイは凄みながら言う。でもまるで小型犬の子犬が一生懸命威嚇しているようで可愛すぎる……。

 なんて小悪魔的な取引なの。

 レイがスラックスに足を通す、その光景を思い浮かべるだけで虫唾が走るのに、毎日登校するなんて絶対に許さない。今日交換したら、流石に処分まではしないけど、タンスの奥の奥にねじ込んで隠し、もう二度と穿かせないつもりだった。


「別にいいけど」私はスカートを脱いで、レイに渡す。

「ふふっ、ありがと~。じゃあ……次はタイツを私に装着してくれたまえ。もちろん、サクラの穿いてるやつ」

「いや、それは流石に……。ほんといい加減にしなさい」

「あれれ~そんな反抗的な態度取っていいのかな? 穿くぞ、スラックス穿いちゃうぞ!」

「くっ……」


 それを言われると辛い。「今度からサクラを脅す時はスラックス使おう」と学習し始めてるし、これ以上レイの好きにはさせないわ。

 と、思いながらタイツを脱ぎ捨てた。

 私は丸まったタイツをレイにわたす。すると、レイはタイツをぽいっと放り投げる。え? と思った瞬間に、ぎゅっと抱きしめられた。マズイ! と思った時には、もうレイの胸の間に私の顔が埋まっている。


「今度は何?」

「寒い……」

「下履いてないからでしょ。せっかくタイツ脱いだんだから穿きなさいよ」

「サクラのムレムレタイツか……売れそう」

「売れるか」でもレイの脱ぎ捨てたタイツだったら私は買ってしまうかも……。

「おぞましい妄想被せてこなくていいから。……嗚呼もう寒くて動けないので、サクラが私の足に通してください」

「……やるから、この拘束を解いて」

「え~ヤダ」


 レイの豊かな胸の厚みを顔で受け止めながら、全身がレイに密着している。互いに下半身は下着だけなので、素肌が触れる面積が大きい……。

 脚のつるりとした感触。冷たい肌の中に弾力を秘めた暖かみがある。脚が絡まると、普段よりも肌と肉と骨が噛み合う。足がブルブル震えるほど、レイのピリピリした感触に犯される。


 どうにかレイを振りほどいてベッドから抜け出て、放り投げたタイツを見つけてレイの足に通す……と私の意識は指示を出しているのに、体が言う事を全く聞かない。

 レイの弾力を感じ、レイに沈み込み、トクン……トクン……と耳に響くレイの心音に惑わされる。

 ぎゅうっ、と私もレイを抱きしめてしまう。

 私の意識に反した動作。まるでレイに操られている。そんなはずない。私が、自分の意思で、レイに身を寄せているだけ。

 息をするたびに、レイの体温を纏う匂いを吸い込んだ。脳の奥からじわっと甘ったるい蜂蜜みたいな快楽が滲み出てくる……。いつもこれ。どうにかしないと、レイのペースに嵌らないの! と毎回反省するけど全然ダメ。

 しかも、絡まった足が私の太腿の間に挟まってくる。

 あぁ……もう、こいつ。


「レイ……」

「無理だよ。こんな寒い中、学校なんて行けません。休もうサクラ」

「金曜日なんだから、今日行けば明日明後日休めるでしょう」

「金曜日だからこそ、休もう! 素敵な三連休が始まる。……あっ! ほら、雪降ってる! 都会の交通網は雪に弱すぎ(嘲笑)っていつも雪下ろし大好きな雪国の民に雪マウント取られるくらいに貧弱だから、学校まで到達は不可能だよ」

「都会じゃないから平気」

「雪の上歩いて転ぶと危ないし」

「ペンギン歩きしたら、危なくないわ……」

「ってか、さっきから私はぜ~んぜん力入れてないよ。なのにサクラは逃げない」


 耳元でそう伝えられ、確かにレイの拘束から逃げる努力を私は怠っていた。

 だって……。

 トドメを指すように片腕の指が絡まり、そこからピリピリとした感触が私を支配する。

 もう私の体は完全にレイに掌握されているから……。

 私の命令を無視して、レイから受ける刺激を求めてじっとしている。

 自分でも情けないというか、もう少し抵抗したら? 頑張れ! と応援してしまう。


「どうせ動こうとした瞬間に、がばって押さえつけるんでしょ?」

「しないよ。5秒間私は何もしないであげる」

「え……」

「はい、行くよ~」


 そう言いながらレイは私の耳元に口を近づけて、「1、2、3……」と音を耳に注ぎ入れるように口にする。今がチャンス! 意識はクリアなはずなのに、私の体は全神経を尖らせてレイの声に集中していた。


「4……5! はい、ざ~んねん。全く動かないということは、今日はサボるでOKってことだよね?」

「……午後に行く」

「一人で?」「レイも」「午後から行ったところでおいおい重役出勤か~? って皆に呆れられる。あの授業の途中で皆の視線を矢のように受けながら入る空気に耐えられる気がしない。それにさ、私たちの机もサボった奴の机ねぇーから! って教室の外に放り投げられたら? ……あ、そうだ! 午後に音楽あるじゃん! サクラ音楽の授業は絶対にイヤでしょ? そういう設定あったよね?」

「設定違う……」

「あの時の空気ほんとやばいから。黒板に先生の顔を叩きつけたサクラに、クラスの皆はおいおい面白い奴が入ってきやがったじゃねーか! って少年漫画っぽくワクワクしてたよ」

「してない。驚いて凍ってました」

「あっははは! そうそう、懐かしい~!」


 レイはケラケラ笑いながら、私の傷跡を指でスリスリと撫でる。

 傷の分だけ皮膚が薄いから、レイのピリピリした感触が深く入ってくる。

 脚のひやりとする肌の絡みがムズムズする……。

 さっきから、太腿を私の股の前に近づける。

 ……当たってるわけじゃない。

 でも、じーんと何か響く、ようなプレッシャーを感じる。レイが僅かでも体勢を変えようと体を揺らすだけで、当たってしまうかもしれない。声が出るかも。その時のレイの反応が、怖い。そうならないように、私は意識を下半身にも割きながら、レイにしがみつく。


 私の頭部を抱える腕が蠢き、指先が耳を触ってくる。こうするとサクラが暖かくなるから! と口にしながら、指の感触を耳から頬、首筋と滑らせる。ずぶって、私の皮膚を通り越してレイの指が入り込む気分。むき出しの神経を虐める。その微かな愛撫の一つ一つに私は反応する。抑えていた何かがゆっくりと崩れる。脚から力がぼやけるように抜けて、レイの足を求めるように……。


 ──ガチャっ


 その時、1階の玄関の扉が開く音が聞こえた。

 レイの指が止まり、私もはっとして思わずレイの胸から顔を離した。


「鍵、閉めたよね?」

「多分」

「誰か入ってきた? ……閉め忘れたとか?」


 わからない。

 ドクンドクンドクン! 私の心音が跳ね上がる。思わずベッドから降りようとした。でもレイは離れた私の頭を再び抱きしめ、力を込めて抱擁する。


 ドクンドクンドクンドクンっ!


 レイの心音も鼓動を早めた。埋めた胸の感触が私の顔を包むようにしながら、その心音を私に響かせる。頭の中で心音が鳴るたびに、私の体がその音に従うように脈を変更する。


 ──トントントン


 2階に上がってきた。

 近づいてくる。

 危険かもしれない。

 逃げないと──。

 でも、もうレイから離れたくない。自分の生命に危機が迫っているかもしれないのに、私の体はそれすら放り投げて、レイの感触を浴びようと集中している。私から身を揺すってレイを抱きしめると、レイも私に絡みついてくる。心臓の音が私たちを繋いだ。二人で息をひそめて、迫り来る誰かに恐怖しながら、その恐怖心を利用するかのようにお互いの体を重ねていた。


 その侵入者は、扉の前に立ち止まる。

 ふぅ……。

 と、息を吸う音が聞こえてきた。

 

 ──サクちゃん? と声にならない小さな振動が響く。


「奏さん、ですか……」


 ──学校は?


「今日は、そのレイが……ダサいスラックスを穿いてきたので、私のスカートとタイツを貸すために戻ってきました」

「お邪魔してまーす!」


 扉の向こうから、小さな笑い声が聞こえた。奏さん──家を空けている母の代わりにお手伝いさんを買って出て、大学の空いた時間などに家事をしてくれる。母の弟子、みたいな人。

 まぁ、監視だと思うけど。

 私がまた……手を切ったりしないように──。


 奏さんはクリーニングで回収したスカートをクローゼットに戻したのか確認するために寄った、学校はサボらないようにね、と言い残して消えた。


 ──ガチャン

 玄関の扉が閉まると、私たちは同時にため息をついた……。緊張の糸が途切れるように、ふにゃっと体がベッドの上に崩れ落ちる。


「はぁ~~~~びっくりした~~」

「レイの心臓バクバクだったわね」

「サクラも人のこと言えないだろ! 向こうもびびっただろうね、誰もいないはずの家に誰かいる!? 強盗? って……」

「まぁ私たちの靴があるから、それ見てサボったの? と思ったんじゃない」

「あ、そっか。……でもさ、部屋の扉も開けられたら何してるの? とびっくりしただろうね」

「なんで──」


 聞いた瞬間に理解する。

 お互いにスカートを脱ぎ捨て、下半身は下着だけの状態で、ベッドの上で抱き合っている……。

 もしも目撃されたら、二人で何してるの? と聞かれたら──。


 寒いから……。そう! 寒いので、暖房もつけずにお互いの体をこすり合って暖を取ってました。私たち、いつもこれするんですよ。寒いから、って──言い訳に……して、

 待って、

 そんなの、

 そんなの──言い訳になるはずがないじゃない!


「お、なんか体が一気に暖かくなった」

「と、とにかく……学校に向かいましょう。今なら二時間目には間に合うから」

「……ん~、なんで? サボるって言ったじゃん」

「目が覚めたわ。もう音楽があっても気にしないから。ほら、私のタイツを穿いて──」


 でも、レイは私を逃さないと言わんばかりに強く強く抱きしめる。

 動けない──。

 でも、そう何度もレイに負けるわけには……。

 また思考にモヤがかかる。

 レイの匂い……好き。

 にく……やわらか……。

 私、レイに弱すぎるわ!


「よし、サクラ締め完了、と」

「学校……」

「駄・目・です。今日はサボるの!」

「数学は小テストがあるわよ」

「じ、次回二人で受けよう」

「寒いから、暖房つけるわ……」

「いや、その隙に逃げようって魂胆なのバレバレですから。思考が読めなくてもわかります。私の命令……じゃなくて、お願いを聞いてよ。ってかサクラも、本当は私に抱っこされたいんでしょ~? さっきからすり寄って甘えてくるし」

「でも……」

「ほら、じゃあ今日、明日、明後日の3日連続で、サクラが抱っこされる番でいいから!」


 ──つまり、就寝時、3日連続でレイの胸に顔を埋めながら眠りに落ちることができる。

 私の鋼の意思を捻じ曲げる「硬度豆腐以下だろ」なんて魅力的な甘言なの。


 普段お泊りする時は、私がレイの胸に埋まった場合、その翌日は私の胸にレイが張り付く格好で眠る──と交互に頭の位置を替えながら眠りにつくのが暗黙の了解だった。もちろん、レイの柔らかいもちもちおっぱいに顔をこすりつけ、レイの心音を聞きながらまどろむのは至高の幸せだけど、レイのさらりとした髪に覆われた丸い頭部に頬を押し付け、可愛いレイをぎゅっと抱きしめながら眠るのも究極の幸せだった。どちらも甲乙つけがたい。

 ただ、連続はなかなか無い……。

 たった一晩レイの胸を味わうだけでも、時々変な川を渡るような夢を見るほどの幸福感に包まれるのに、3日も連続でレイに抱きしめられた場合、私が……どうなってしまうのか、私自身もわからない。


 私がもう完全に抵抗しないのを悟ると、レイはニコニコと満面の笑みを浮かべて私は抱え込む。

 どうせレイには敵わないのよ……。

 初めからわかっていた。

 でも抵抗してしまう。

 だって抵抗すると、その分レイが私を追い詰めてくれるから──。


 ──当初は、スキンシップが過剰な子だとは思っていた。

 ベタベタと触れ合うことも多いし、レイと過ごすたびに、レイは私に更にまとわりつくようになった。

 でも、やっぱりあの……ライブ以降から、一段と深くなった気がする。

 今までは私の表面上を撫で、時々ずぶっと中に食い込ませて誂うような感覚だったわ。犬みたいにはぁはぁしながら迫ってくる時もあれば、ニコニコしながらも私の様子を伺うようにして立ち回るなど、その勢いにはムラがあった。でも今は常に120%を超えているような怖さを感じる。ぞわっと大きな波が私を飲み込まれる気分。


 スラックスを穿かせない、そのためにうちに戻ったはずなのに……。

 凍りつくような部屋の中で、私たちはベッドの上で重なっていた。

 レイの人差し指が、そっと私の人差し指の先と軽く触れ合う。スリスリ……と指を揺らした。……あれするの? と心の中で問うと、レイはくすっと笑って微笑み、私の人指し指をぱくりと咥えた。舌で舐める。びりっと痺れた。

 私も……レイの指を口にして、その指先をそっと舐める。

 お互いの指を舐めているだけなのに、まるで……私たちの口の中で、舌が絡まっている気がした。



// 終

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