脚と足、露出 02



「ホントに戻るの? 学校は?」

「……少し遅れるくらい、大丈夫よ」

「遅刻だよ、遅刻! あー今まで遅刻したことなかったのにぃぃ!」

「授業はすぐサボろうとするじゃない」

「1人じゃサボらんし」そう、絶対に私を誘う。私も抗えずにサボってしまう……。


 喚くレイを引きずるようにして、私たちは駅から遠ざかる。

 目指すは私の家。

 なぜなら、私のタイツをレイに穿かせるため。スカートも貸す。


「ねぇ、そんなに似合わない?」


 ほれ、とレイはコートを捲ってスラックスを私に見せつける。

 ベキベキベキッ! と私の中で何かが音を立てながらぶっ壊れる音が響いた。今まで聞いたことの無い、感情がねじ曲がったことで発生した歪みの果て。


「ひょぇ……、また凄い……。やだよぉ、私が今までコツコツ積み上げてきた感情以上の何かを引き出さないでくれ……」

「隠して! 隠さないとまた脱がすわよ」

「感情と言葉が一致してる。ガチじゃん……」


 レイは私から距離を取ろうとする。が、手を繋いでいるので少し離れただけ。でも、その僅かな隙間が冬の冷気よりも寒い孤独を私に浴びせた。体よりも先に心が凍てつく気分。だからか、レイはすぐにくっついてくる。まるで磁石がパチンと重なるように私たちの肩と肩が触れあった。指がレイの感情を読み取るように重なる。どんなに寒くても、手袋は片手だけ――。


「朝のHRは完全に間に合わない。私たちが到着しないからクラスも騒然としてるよ」

「体調悪いから遅れます、ってさっき連絡したから大丈夫」

「手際良いデスネ。どっちも健康なのに」

「私は立ってるのもやっとなの」

「大げさ~~じゃない、だと!?」


 レイは私のプルプル震える生まれたての子牛みたいな脚を見て驚愕しながら、チラチラとコートを捲ってはスラックスを見せつけて、私の反応を試してくる。寒空の下、まるで柔道家が組み合うように、私はレイのコートをグイッと押さえ込み、レイは必死に捲るため力を込めて2人でプルプルと震えていた。


 ──びゅぅぅう! と風が吹いた。

 その瞬間私たちは我に返り、身を寄せ合って耐える。


「サボったらさ、サクラみたいに不良認定されちゃう……」

「私が不良? どこが?」模範的な普通の真面目な生徒じゃない。

「え〜最近なんかギャル感が増してるし」

「ギャルって、別に髪を染めた程度でしょ」

「メイクも見違えるように上手になって垢抜けたし。まぁ私がその分犠牲になったのですが」


 髪は、染めようかなとレイに相談したら「いいんじゃない!」と背中を後押ししてくれたので試しに染めたら、レイが「え~~~~~似合う~~~!!!!」と喜んだので染め始めた。


 メイクは、時間があれば動画サイトを参考にして、レイの顔を借りて色々試した。当初は渋るレイだったけど、合法的にレイの顔を間近で堪能できる! ……じゃなくて「まるっと言ってる!」、レイを可愛くするために私は技術を磨いた。その技術のお下がりが私のメイクにも役立っているだけなのよ。


「メイクの練習をお願いしたら、快く引き受けてくれるじゃない」

 

 今では「レイちょっと顔貸して」「はいわかりましたよろこんで!」と快く了承してくれる。


「ねぇ! どう考えてもその返事はおかしいだろ! 私が死んだ魚みたいな目で頷く姿、サクラの”着せ替えレイちゃん”に堕ちるまでの悲しい歴史を無かったことにしないで!」

「感謝してるわ。これからもよろしく……」


☆★☆★


 まるで雪が降りそうなほど、空は灰色の雲に覆われている。

 陽の光が雲に遮られ、早朝とは思えないほど薄暗い。


「まぁタイツ借りれるならいいけど、サクラのスカートはもう膝上40センチくらいまで切ってるからな〜」

「パンツ見えるでしょ。ってか切ってないし、折ってるだけでよ」


 びゅうっ、と吹き荒れる寒風に身を寄せ合って進む。

 指先に絡まるレイの体温を頼りに。


「ってかさ、スラックスだったらさ〜、じろじろ見られることも無さそう」

「……は、え!?」

「ほら、結構さ、見られるじゃん? 胸とか足とか……」


 ぽつりとレイは口にする。

 一瞬の間を置いて、レイの言わんとすることの意味を理解する。

 確かに、レイは魅力的だわ。

 整った見麗しい顔立ちはもちろん、まん丸に膨らんだ胸や健康的な張りのある太股も目を引く。私と同じくらいの身長なのに抜群のスタイル。非の打ち所のない美少女だった。

 だからこそ……男性からの視線を強く浴びるはず。

 言われてはっとした。

 はっとして、ブルブルと体が震える。寒さのためではなく、私の不甲斐なさが情けなくて――。


 なんでもっと早く気づかなかったのよ。

 ガツン、と頭を殴られたようなショックを覚えた。だってレイは厭らしい視線を浴びて、精神的に消耗していた? そうに違いないわ。私はレイの隣にいながら全くその事実に気づけなかった。もう何ヶ月もレイの隣にいて、誰よりもレイのこと想っている、そういう自負もあった。でも私の一方通行な思い違い。


 私も男性からジロリと恐い目で見つめられることもある。やっぱり恐怖を抱くし、何もされなくても不快感がじわじわと汗みたいに滲んだ。レイは、その視線をより多く浴びていた。

 ……守らないと――。

 隣に突っ立っているだけじゃなくて、どうにか視線を遮り、レイが不快に思わないよう、レイの盾に私はなる!


 とりあえず、レイに薄気味悪い視線を浴びせる野郎に対してどうにか制裁を……。


「あの……色々シリアス&ホラーなこと考えてるところ悪いけど、それはいいよ」

「生爪剥ぐこと?」

「ヒィ、だから想像だけでもするな! 生々しい描写が再生されるの!」

「でも……」

「だって──自分にやるのはイヤでしょ?」


 レイは真っ直ぐ私を見つめながら口にする。


「自分って……私自身ってこと?」

「そ」

「意味が、わからないのだけど」

「ここ数ヶ月の私の足をジロジロ舐めるように見てくるランキングトップは、サクラさん、あなただ!」


 レイはビシッ! と人差し指を私に突きつけながら宣言する。

 その指を払い除けながら、「とにかく、寒いから早く私の家に向かいましょう」

「ちなみに胸を見てくるランキングトップもサクラさんです〜! 二冠おめでとうございま〜す!」私の頬を指先でぐりぐりしながら言う。

「どうも……」

「皮肉だぞ」

「仕方ないでしょ、いつも隣にいるんだから勝手に視界に入るのよ。胸も大きいし」

「たまたま視界に入った数はカウントしてません。明らかに……あ、こいつ私のおっぱい見てる! と感じた時の回数だけ!」

「イヤなら、もう見ないように努めるから」もしくはお金払います。

「え〜、しょうがないなぁ、サクラだけ特別に許そう」 


 確かに、良く見てしまう。

 でもそれはレイの体の造形美の美しさに感動して眺めているだけで、淫猥な感情はあまり抱いていない……でも最近は──。

 あと、もしもレイの顔を見てしまうランキングもあったら、私がトップなはず。三冠、レイが可愛いからふと視界に入れてしまう。抗いようのない強い引力をレイは放っているの。


 ようやく私の家に到着した。

 私たちは襲い掛かる冷気から逃れるように入り込む。


「風は無くなったけど、サクラんちも寒い! どう言うこと!?」

「朝は暖房つけたけど、もう冷えたのね」

「つけよう」

「着替えるだけだから暖まる前に終わるでしょ。2階に向かうわよ」


 呻くレイを引っ張りながら2階に駆け上がる。

 タイツはタンスの中にしまったはず──。すぐに見つかった。けど、替えのスカートが見つからないわ。この前クリーニングに出して、でもあれは……お手伝いさんに行ってもらった。私じゃないから、どこに入れたのか……わからない。


「おーい、まだですか〜」

「スカートが、見つからないわ……」

「言っとくけどタイツだけはダメだよ。下着とほぼほぼ変わらんからね」

「……そうね」でもスラックスよりもマシかも。

「まぁそれでもいっか、みたいなこと考えたでしょ」


 微妙にズレた返答に、どこにいるの? と思って振り返ると、私のベッドの上で掛け布団に体を埋め、顔だけ出している。


「何してるの」

「寒いんだよぉ」

「寝ないでよね」

「寒くて眠れない……サクラ〜、こっち来て」


 指先を掛け布団から僅かに出して私を誘う。

 にぃっとレイの大きな瞳が蠱惑的に歪んだ。

 ゾワッと心臓が悶える。

 レイの見えない指がすっと私まで伸びて、私の首に纏わりつく気分。私は首を振ってレイの引力を振り切る。


「……あ、こんなところに」


 クローゼットの奥の方でコートに紛れるようにハンガーにかかっていた。

 スカート+タイツのレイの足、楽しみ! たくさん見てもOK! とさっきの会話の中で許可を得た気がするので、早速レイに穿かせましょう。


「サクラ〜!」

「なに」

「布団じゃ足りない。こっち来て暖めて」


 普段私を呼ぶ時よりも、僅かに声色が高い。

 歌う時に近い振動がビリビリと空間丸ごと揺らしながら、私に伝わる。

 さっきとは段違いの強制力にグギギっ、と首が軋むようにして振り返る。


 レイは上半身だけを起こして私を誘っている。

 部屋の明かりはつけていないから妙に薄暗い。

 夜や夕方とはまた異なる色の乏しい暗闇──。

 その中で、レイだけ光を纏っているように映る。

 さっきの意味深な笑みは消え失せ、にっこりとまるで子供みたいな表情。でもその笑顔の隙間、顔の輪郭や瞳を模る線から、何かがこぼれ落ちるのを感じた。


 いつの間にか、私はベッドに上がり、レイに密着するように近づいていた。

 2人で掛け布団に潜り込み、寄生する生物みたいに絡まってくるレイをぎゅっと抱きしめる。糸がもうグチャグチャに絡まるように私たちの足や腕が交わってる気がした。この後学校に向かうの、朝っぱらからレイにしがみついたら……。


「はぁ〜〜あったけぇよ」

「暖まったらスラックス脱いで、タイツとスカート穿きなさいよ」

「まだ寒い。足が凍り付くよ。いいのか凍傷になっても!」

「それはダメだけど……」

「じゃあ、もっと熱くなって……そうだ、コートとブレザー邪魔だから脱いでよ」とレイが囁く。

「なんでよ、すぐに外に出るんだから……」

「厚みが邪魔。サクラの熱が来ないの!」


 既にレイはコートとブレザーを脱ぎ捨てていた。私は躊躇したけど、レイが私のコートのボタンを外し、するっとエビの殻を剥くようにブレザーまで取り払った。レイの思惑通りに進んでしまう。遅刻はするけど学校に行くのよ、と自分に言い聞かせて意識を保とうと拳に力を込める。


 レイは私を胸元に引き寄せる。私よりも低い温度や甘い香りが私を掴んで離さない。

 耳元にかかるレイの吐息がこそばゆくて、まだ寒いならもっと暖かくなるまで私を抱っこしなさいよ、と私もレイにしがみつく。

 レイに取り込まれる、どうにか振り払って……と抗うも、すっと顔を正面から見つめられて動けない。その可愛くて綺麗な笑顔を向けられるだけで、私は何も抵抗できないとレイは知っている。


 しばらくの間、お互いの体が離れなかった。

 レイも、なんか最初はふざけて言ってる感じだったのに、割と強い力で私を束縛する。凍てついた部屋の中で、レイの体温と私の体温を重ねて熱を保っていた。ふわっと浮き上がる感覚。思わずため息をつく。凄く、気持ちいいわ……。頭の中がドロドロのバターのように溶かされる気分。このままレイに──。

 

「ねぇ、スラックス脱がして」

「じ、自分で脱げるでしょ」

「脱げな〜い。サクラお願い。コートとブレザー脱がしたあげたじゃん」


 舞い上がった掛け布団の内側に潜り込み、クスクスと嘲笑うレイに見つめられながら、レイのスラックスにそっと指を伸ばしていた。自分でも私は何をやってるのよ、すぐレイの命令に従わないの! と悲鳴が聞こえる……。

 でも、でも──。


「私の太腿舐め回すように卑しい目でジロジロ見てくるランキングトップのサクラさんから見て、私の太腿の評価ってどんな感じなの?」


 程よく膨らみ、けどムチムチっと丸太みたいに太いわけでもなく、本当に絶妙なラインを描く美しすぎる太腿です。

 色の少ない世界の中で、レイの太腿が妙に浮かび上がって見える。

 ジロジロ見てしまうのも、納得できる綺麗な太腿だった。

 というか、やっぱり最近の私はなんかおかしい。

 レイと出会った頃は、別にレイの体を……一緒にお風呂入ったりしても、何も感じることはなかったはず。可愛い、スタイルすごい! と感じはするけど、それだけ……。でも今は、レイの体のパーツを見るたびに、言い知れない不思議な感情が脳を支配する。


 まるでグラスを優雅に持ち上げるかのように、レイは私の首を指で支えた。私の思考を読み取るのと、首を掴むのは私を従わせるため。

 別に、もうそんなことしなくても、レイの命令なら何でも従ってしまうのに。


★☆★☆



//続く


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