殺す、選択 01

「殺すの?」

「うん」

「ホントに?」

「はい」

「ねぇ……もっとよく考えた方がいいと思うよ」

「考えに考えた末の決断なのよ」


 そう宣言すると、レイはぐぬぬ……と体を震わせる。


「この悪魔、鬼、極悪非道の悪鬼、くそマゾ、むっつりドスケベ、私の体ジロジロ舐めるように見てくる選手権三冠王、M女、サイコレ――」


 罵倒をかき消すように、私はスティックに力を込めた。

 カーソルを横に移動して『はい』を選択する。

 その瞬間、まるでイソギンチャクに絡まる鮮やかな魚のように私の足の間でうねっていたレイは、不意に飛び上がった。勢いそのままゲーム機をスタンドから引っこ抜く。


 テレビに映っていたゲーム画面はぷつっと途切れた。

 テレビの前で仁王立ちするレイがカワイイ表情で私を睨んでいる。


「ちょっと、何するのよ」

「それはこっちの台詞! サクラこそ、自分が今何をしようとしてるのかわかっているの?」

「『はい』か『いいえ』のどちらかを選択するように問われたから、『はい』を選ぼうとしただけ」

「だけって……おい~それが感情を持った人間のセリフか? サクラ感情あるでしょ!?」

「……ないわ。機械みたいにクールってよく言われる」

「あるよ! そもそも感情ってなんだよ。ってか慈悲深いサクラさんがそんな非道いこと、できるはずがない、よね……」

「できます、します」

「胸に……おっぱいに手を当ててよぉ~く考えて」

「考えたわ」

「おいおいおい……だって『はい』を選んだら敵を攻撃ルートに入る、つまり……あの子と戦うことになるんだよ」

「そうね」

「殺すんだよ!」

「そうよ」

「ひぇ~あんなに仲良しだった二人を引き裂いただけじゃ飽き足らず、今度は戦わせて殺し合わせるなんて、そこらの魔王よりも残虐性に満ちてる。異世界転生したら魔王になれるよ、絶対」

「転生なんてしないから」


 レイはワナワナと震えている。

 私は手を伸ばすが、レイはゲーム機を遠ざける。返す気は無いらしい。徹底抗戦の顔、可愛い!


 ……私は、スティックを指でぐりぐりと操作した。レイが持つゲーム機側のディスプレイの中で、カーソルが左右に動き回る。最近流行っているこのゲーム機は、テレビに表示するだけじゃなく、携帯機として遊ぶことも可能なハイブリットなゲーム機だった。コントローラーは遠隔操作にも対応しているため、本体を抜き取ったところで無駄なのよ。


「ひぃ、辞めろ! 止めて、ダメ~~~~っ!」


 レイは手元の画面に向かって叫んだ。

 その悲痛に歪む表情に、ぞわっと言い知れない快感を覚えた。


★☆★☆


 ──先日、私が遊んでいたゲーム、スプラッシューンの続編の『も~っと! スプラッシューン』が発売された。前作では最上位ランクまで上り詰めた経験があるので、今作もそれほど苦戦しないわね、と高をくくっていた。が、前作のセーブデータが本体に残っていると、同レベルの相手と対戦するように振り分けられるらしく、低ランク帯なのに敵の強さがおかしかった。少しでも気を抜いたらやられる。他にもラグやバグや武器バランスや使えない味方のせいもあり「すぐ人のせいにする!(byレイ)」勝てない日々が続いた。最終兵器のレイのおっぱいブースト(レイの胸を私の後頭部に当て、活力を得る。レイは人を道具にするな、と嫌がる)を使っても上位には食い込めず、ふてくされてやる気を失っていた。


 そんな時に、ぼーっとゲームストアを眺めていると、綺羅びやかな男女が剣や魔法を使って戦うシミュレーションゲームが割引されているのを見つけ、試しに購入した。『フレイムエンペラー -花鳥風月-』という作品名で、序盤に三つある国のうち一つを選び、三つ巴の戦いの中で大陸の覇者となるべく戦争を繰り広げるゲームだった。


 私は頭を使うよりもスプラッシューンなどのアクションゲームの方が好みだけど、難易度を下げ、殆どストーリーを楽しむ感じで攻略するのはいい箸休めになった。因みに音ゲーは……色々思い出すから、無理。


 レイは私を座椅子代わりにして絡みつき、二人で一緒にストーリーを楽しみ……そうそう私よりもレイの方が夢中だったわ。序盤のまったりとした雰囲気から一転、中盤から始まる激動の展開や、終盤明かされるこの世界の秘密についてなど、ドキドキハラハラしながらエンディングを迎えた。


 クリア後、すぐに二週目を始めた。

 今度は別の国を選択した。すると、また別の視点から物語が展開され、一週目の時とは異なるストーリーが描かれる。


 今はもう終盤に入っている。

 迫り来る敵国を迎え撃つか、それとも和平を結ぶために交渉するかの二者択一。ストーリーのエンディングに連なる分岐点に到達した。


 で、私はそこで迎え撃つ選択を選ぼうとしたのに、レイが阻止してくる。


「このまま戦う方が別のエンディングに進むの。共闘ルートは、多分流れ的に一週目と同じになるわ。レイも異なる結末を見たいでしょう?」

「そうかもだけど、私の道徳観念がそれを許さない」

「ふふっ」

「いや鼻で笑うな。ロボットみたいな感情無しマシーンにはわからないだろうけど、あるんだよ、私には……豊かな道徳心を備えた優しい感情が。二人の運命を引き裂いただけでもう十分でしょ。ってかサクラが変なストーリー進めるから、二人は戦う羽目に……」

「だって仕方ないじゃない。もう一人魔法アタッカーが欲しかったのよ」

「なんちゅー言い草……。人を駒としか見ていない」


 一週目を遊んでいる中で、剣士や騎士を前線において戦わせるよりも、弓使いや魔術師を後方に置いて、遠距離から一方的に殲滅した方が効率が良いことに気づいた。なので二週目は狙撃や魔法使いを優先して育てることに決めた。でも、私が二週目で選んだ国は、魔法使いの数が少ない。……仕方なく、他の国からキャラをスカウトすることにしたのよ。


 最初に選択した国以外は敵となるため、後半争うことになるのだけど、序盤は他の国とも仲良く関係を保っている。その間に他国のキャラクターとのイベントを発生させることで、自国に引き入れることが可能、というシステムがあった。


 一週目で活躍した魔法が使える女性キャラクターを二週目でも使うために、イベントクリアして仲間として迎い入れたの。


「村を盗賊に襲わせて孤独にさせて引き込むなんて……。動きが悪役のそれだよ……」

「条件だから仕方ないでしょう。でも、一週目よりも慎重に育成したから、最強の魔法アタッカーに育ったわ」


 独自の紫色に光る高威力な電撃攻撃を操り、ステータスも徹底的に鍛えたことで、遠距離から一方的に攻撃できる優秀なアタッカーに育った。


「そのせいで、あの仲良かった子と離れ離れになったじゃん」

「そうだけど……」

「あーあ、仲良しエンドで二人はいつまでも仲良く過ごしましたとさ、って平和で楽しく愉快に幸せだったのに……」


 その魔法使いのキャラクターには、幼馴染みの女の子がいた。

 二人はまるで姉妹のように仲が良い。

 二人だけの会話イベントも豊富にあった。戦火に翻弄されながらも、互いを励まし、時には喧嘩もして、でもすぐに仲直り。手を取り合って逞しく生きる姿が描かれる。


 攻略中に好感度を高めたキャラは、エンディングでその後について簡単に語られる。二人を隣同士に配置して戦闘に参加したため、互いの高感度は最大まで上昇した。クリア後、二人はどちらも他のキャラクターと結婚したり行方不明になったりすることはなく、慎ましくも一緒に過ごしましたとさ、とハッピーエンドが描かれた。


「さっきの映像で、この城は最後まで守り抜く! ってあの子が登場したから、はぁ……絶対戦うよ」

「大丈夫よ、負けないわ」

「そうじゃない、そういうことを言ってるんじゃないんだよ」

「別のエンディングを見たら周回に使える報酬が手に入るし……。あ、それじゃあ今セーブするから、その時に別のセーブデータを作る。で、今回はレイがくっそうるさいから共闘ルートに進み、戦闘ルートは私一人の時に進む、それならいいでしょ?」

「え~でも、サクラが一人でクリアした後に【仲良しの関係を引き裂いて殺し合わせるの……た、楽しい……じゃない……くっひっひっひ!】って感じで悶えてるのを知るの怖いよ」

「感想言わないから」

「私ほら、触るとわかるし」

 じゃあ触るな……とは言えない。レイのピリピリを感じないなんてありえない。「なるべく考えないようにするから……。さ、返しなさい」

「……ふぅ、その条件で手を打つとするか。ね、セーブってここからでもできる?」

「スタートってどこかに表示されてるはず──」

「え、これかな、あっ──」


 ピコン! と選択肢を選んだ後のSEが鳴り、フルボイスなので声優さんの力演が聞こえてくる。

 そのゲーム機にはタッチパネルが搭載されているため、レイの指先が画面に触れてしまい――。


「……ウソ」

「まだ私は押してないわよ」

「え、ええぇぇえええええええええええええ!?!? ヤバいヤバい止まらない! サクラこれ戻せる?」

「……オートセーブだから、多分無理よ」

「試して!」


 私はゲーム機を受け取り、ソフトを一旦終了させて再起動した。予想通り、先ほどの選択肢の後から物語が始まった。


「あわわわ……」

「ほら、もう観念してこっち来なさい。邪魔だから」あと、レイを抱っこしてないと不安になるから。

「わ、私はなんてことを……」


 項垂れるレイを足で挟み込みながら、ストーリーを進める。

 戦闘マップに入ると、生き別れた幼馴染みのキャラが敵を引き連れて登場した。本来なら、この時点で二人並んで登場するはずだったのか、隣にぽっかりとスペースが空いていた。


「隣には……いつも一緒にいたのに。一人ぼっちの寂しい姿──サクラ、しかと目に焼き付けて」

「わぁホント悲しいわ」

「感情ゼロ過ぎて震える……。迂回して、どうにか戦いを避けよう」

「無理よ、勝利条件が敵将を全て倒せだから、戦って倒すしか選択肢はないの」


 私が育てた魔法アタッカーは、一方的に敵を倒しながらマップを進める。その先には……。


「ダメだ、かち合う、殺さないで~」

「捕虜になる可能性もあるわよ」

「いやもう無いでしょ、こんな終盤で仲間に入って和解して一緒に戦おうぜ! ってそう都合良く話は進まない」

「でしょうね。ってかあんた、この前殺しをしないキャラにぶつくさ殺せ殺せ殺せ! って文句垂れてたじゃない」

「あ、あれは……」


 ――先日レイと一緒に見ていたアニメの中で、殺し屋なのに人を殺さないキャラクターが登場した。他の殺し屋はナイフで切り裂くけど、その子だけは電撃のショックを与えるだけのスタンナイフを使って気絶させるだけ。「はぁ~~出た出た、いるよね~こういうちょっと自分は違います~、特別です~って調子こいてキャラ作る奴。そんでもっていい子ぶってさ~、周りと違うことしてトラブル引き起こすけどなんか主人公だからご都合主義で許されちゃう。やれやれ、てめぇは殺し屋なんだからよぉ、そんな日和ったナイフ使ってないで、しっかり人を殺めなさい!」とやけに吠えていた。


「なんかあのキャラが、気に食わなかっただけ……」

「ふーん」


 私は別に気にならず、寧ろそのキャラクターだけの特別感が好みだった。強いし何より可愛いし。そうレイに伝えると更に喚く。まるでキャンキャン吠える子犬のように可愛い。


 そういえば、レイと好みが合わないケースが多い。

 その殺し屋だけじゃなく、他にも私が可愛いと思ったキャラに対して辛辣な言葉をぶつけることがあった。クソザコメンタルのアイドルには「人前に立って歌って踊るんだからもっとメンタル鍛えなさい! 逃げるな、しゃんとしろ!」と捲し立て、仮想世界で怪獣を作り街を壊す敵キャラには「怪獣趣味のJKなんておらん! 今度はDIYや機動ロボ? 何でもかんでもJKに背負わせるな。サクラは太股細いままでいて……」とやかましく叫んだ。


 私がどちらも健気に頑張ってるじゃない、とフォローすると火に油を注ぐように不機嫌になる。「サクラは髪の短い女に甘い!」とうねうねと私に体を擦りつけながら抗議する。

 

 髪の短い女……。

 私がこの子可愛い……と思うキャラは、基本的にボブカット。

 レイもさらりと綺麗に靡くボブカット。

 似ているわけじゃないけど、その輪郭が、丸っこいレイが好きだからその余波でボブカット可愛い、と思う。

 だって……なんかレイっぽい雰囲気を感じ取ると、その部分から可愛い……と共鳴するような愛情を抱いてしまうから。

 もちろん、一番可愛いのはレイよ。

 そのレイの片鱗みたいな部分から受けるのは所詮は架空の話。レイと触れ合い、レイのピリピリを浴びているとやっぱりレイが最凶ね、と思い知る。

 でも、レイは私が好むキャラを嫌う。同族嫌悪? それとも──。


☆★☆★



// 続く

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