◆ 貫けスキン・ライトニング 03 ◇

◆◇◆◇

──電車。

──夕日。

──サクラ。

◆◇◆◇


 夕焼けが最後の断末魔を上げるように地平線の彼方に消えそうだ。

 と、サクラに言うと「比喩が下手くそ」【でもそういうところが可愛すぎて堪らない、はぁ……尊さで頭が割れそう】と本気で悩むから結構怖い。


 口ではやれやれじゃない、ってスカした顔してるのに、中身は私大好き過ぎる。でもそれって本当に? って少し怖くなる。ぎゅ〜〜って手を繋いでいると、サクラからの何かがジワジワ漏れ出るから安心する。


 車内には誰もいなかった。

 まるで私たち以外は全て消え去った寂しい世界に迷い込んだみたい。

 自動的に走り続ける電車の無機質さがそれを際立てている。

 一瞬イヤな感覚が過る。

 記憶に存在しないはずの恐怖。

 ただ、不安……とは感じなかった。

 だってサクラが隣に居るから。

 手を握っているから。

 トロッとしたサクラの愛情を感じることができるから。


 さっきまでの一人バタバタ落ち着きがない感覚がウソみたいで、すごく安心する。

 ……やばい、このまま寝てしまう、かも。


「眠いの?」

「な、何でわかった!?」

「なんかレイの体が少し暖かくなったから」

「私は子どもかよ! とツッコミたいところだけど、実は眠いの。なんか知らんけど監視されたストレスで疲れたかも。サクラの肩をお借りしてもいいかい?」

「……だめ」「ありがとう」


 サクラの細い体に身を預けて目を瞑る。

 サクラの体が一瞬だけ強張る。

 けどすぐにふにゃりとチーズみたいにサクラの体がとろけた。私を受け入れる。まるで私が誘われたみたいじゃん。

 暖かい。

 絶対サクラの方が暖かいよ。私が触れるだけでポカポカする。

 暖かい……。

 だからサクラに触れる。

 ──暖かいから、って言い訳も擦りすぎてる。もうボロボロにすり減った穴の空いた靴下みたいだ。


「すぅぅ……はぁ、すぅぅ…はぁ」と狸寝入りを仕掛けた。

 サクラはスマホを見つめながら、少しだけ首を回して私を観察している。

 あくまでに自然に……別にレイのことなんか観察してないけど? って雰囲気醸してるけどさ、繋がってる手から【あら、ホントに眠ってる。これはチャンスッッ!( ̄∇ ̄)】ってなんか邪悪な闘志燃やしてるの丸わかりなんだよ。


 でも、サクラはすぐには行動に移さない。

 まず、私を観察する。

 じ〜〜〜っと見てくる。僅かでも私が怪しい動きを見せたら「寝顔のレイも可愛過ぎる……」違った、ただ眺めているだけだった。知能とか、もうそういうのはもう消えかかっている。

 私のことを空いてくれるのは嬉しいけど、なんか時々欲望と本能の赴くまま行動するから恐怖します。


 サクラが私に少しだけ寄りかかる。

 二人で寄り添って、まるで”人”という字みたいだ。なるほど、お笑い芸人のネタでしか知らないけど、”人"という字は支えあっているという話を理解できた。

 ただ、更にサクラが顔を近づける。

 ウソ、何する気? と喉をゴクリと鳴らしそうになった瞬間【可愛い寝顔のレイとツーショットを──】といつもの盗撮だった。


 こいつ、無防備なところを狙って。

 知っているんですよ、あなたのスマホに私の盗撮画像を溜め込んだ隠しフォルダが存在することを。

 時々、無性に、言いたくなる。

 私にはサクラの思考を読み取れる能力があるって。

 いや結構言ってるけど、サクラははいはいと冷めた感じで流す。でも真面目に説明して、今まで私がサクラに触れている間は思考読み取り放題だったんだよ、って言ったらどうなるか……。

 サクラが私に対してどんな想いを抱いているのか。

 全部伝えたら、サクラはどうなるんだろう。

 ……もちろんそんなことしない。それをしてどうなるか、超能力を持つ漫画アニメ映画小説に囲まれた現代っ子なら容易に想像できる。きっと政府の機関に捕まって実験台として過酷な日々を送るのだろう。


 サクラが腕を伸ばした。

 スマホを持ち上げて、自撮りカメラで私達をフレームに入れようとしている。

 サクラがシャッターボタンを押す瞬間に私は──。


【ふふっ、眠っているレイと一緒に撮れた撮れた……え?】「ひぃぃ……」


 サクラが可愛い悲鳴を上げる。

 なぜなら、


【( ^ω^ )(ꈍ﹃ ꈍ) という感じで撮ったはずなのに、

 ( ^ω^ )(๑╹ꇴ◠๑)⌒☆とレイが超ドッキリ☆可愛いウインクを決めている!!??】


「……あんた、起きてるの?」

「ん……もう食べられないよぉ……むにゃむにゃ」

「なんだ、寝てるのね」「んなわけあるかいっ!! こんなベタ? な寝言を私が言うはずが……あっ」


 やられた。

 思わずツッコんでしまった。

 サクラと目が合う。怖い目だ。

 一呼吸置いて、私は再び目を閉じた。感じるサクラの重々しい視線の圧力。……パシャ、パシャパシャ! とカメラのシャッター音が響き渡る。


「撮りすぎ! 盗撮ダメ絶対!」と顔を手で隠しながら訴える。

「外の風景を撮ってるだけ」

「私が入ってたら肖像権侵害だ。金取るぞコラ」「払うわよ」「目が本気! それじゃあ……いや、違くて、ダメ……、ダメなんです。はぁはぁ……うわぁぁぁぁぁ! 負けないで私の良心。サクラさんの極悪非道で邪な誘惑を振り切れ!」


 正直なところ、心が揺れた。

 私の切ない財源問題に対して、サクラを利用すれば改善することに気づいた。けど、それは禁断の行為。初めは服を着た普通の姿を撮らせるだろうけど、サクラの底なし淫欲を満たすためにだんだんとエスカレートしてえっちな姿にさせられてしまうんだ……。

 強靭な意志でサクラの誘惑から逃れる。

 

「……めんね」

「?」

「ごめんね、くまたん。サクラを搾り取ればもっとたくさんくまたんグッズを集められるのに。私の正義の心が、勝ったよ」

「……」

「ってか今撮ったの見せてよ!」

「え~~イヤ」

「なんで渋るの」

「私の顔が変にぶれてたから。消去したわ」


 ピキーン! と宇宙空間で響くような直感でサクラのスマホを奪い取ろうとした。が、サクラも同じく私の驚異を感じ取ったのか、スマホをポケットに隠してしまった。


 沈黙。

 ゴトンガタンと電車の音だけが私達の間で響いた。

 強引に襲いかかろうか迷う。

 でも、【まさか起きているとは。……私が、レイの頬に向かって唇を近づけようとしている写真を見られるわけにはいかない──】と感情が伝わってきたので寸前のところで押さえた。


 な、なにぃ……。

 危なかった、もしも私がサクラを押しつぶして強引にスマホを奪い取り、まだ隠しフォルダに移動してないはずだからアプリを起動してその画像を見たら──。


「えぇ〜じゃあいっか。──でもサクラなんか眠くない? 私の肩に頭乗せて寝ていいよ」

「眠くないから大丈夫」

「疲れてない? サクラも今日は一日私を探し回って大変だったよね?」

「すぐ見つかったから別に……」

「けどその後しばらく尾行したじゃん」

「レイの歩く速度が早くてなかなか追いつけなかっただけよ」【嘘だけど】

「今嘘だけど、って聞こえました!」

「あら、声に出してた?」


 開き直るサクラ。

 思わずサクラに飛びかかろうとした瞬間、電車のスピードが下がった。え? まだ次の駅まで時間あるのに? と思ったら、この先の停車駅で何かあったらしいから徐行運転すると聞こえてきた。サクラも何事? と一瞬私から意識を外した。


 今だ──。

 私はブレーキがかかった反動を利用して、サクラを押し倒す。

 長椅子にサクラが倒れ、私がその上にのしかかる。

 サクラの長い髪がふわりと広がった。

 見下ろすサクラの瞳に夕日が灯り、黄金色の瞳がじっと私を見つめている。


「もう、レイ! 危ないじゃない」

「電車が突然ブレーキかけるから……」

「それにしては勢いが……。ちょっと、何?」


 片手は手を繋いでいるので、もう片方の手を伸ばす。

 だが、その手はサクラに掴まれた。


「今何時だっけ? スマホ貸して」

「自分の使いなさい」

「電池切れちゃった」

「嘘つけ。重いから、どきなさい」


 サクラの細くて柔らかい体に体重を乗せる。

 無様に落ちないように、片足を長椅子の外に出して床を踏みながら。

 さっきまで肩と指でしか感じ取れなかったサクラの情報が大量に流れ込んでくる。

 息遣いや体温、サクラの匂いが鮮明に──。


 ・視覚、

  ──頬が僅かに赤くなったサクラの顔を見つめる。

 ・聴覚、

  ──「聞いてる?」と焦った声と早くなる心臓の音を聞く。

 ・触覚、

  ──握りしめた指をぎゅっと握る。

 ・嗅覚、

  ──ふわっと広がるサクラの匂いを嗅ぐ。

 ・味覚、

  ──サクラを押さえつけて、「え、なになになに? ひぅぅっ!?」耳を舐める。


 プラス、サクラの心情がドロドロと流れ込む。


「降りてよ、誰かに見られたら……」

「誰もいないから大丈夫だよ」

「レイ……」


 嫌がりながらも、私がサクラの体を抱きしめると動くことを辞めた。

 すぅぅ──はぁ~、って私達の呼吸が重なる。

サクラの情報がひしひしと私に流れ込む。トクトクトク……って心臓がうるさい。

 いつもはお互いの家に泊まる時はこんな感じで抱きついてるから慣れてしまったけど、抱き合うって結構すごい。


 サクラに張り付くと、落ち着く感覚と緊張が入り交じる……。

 でもいつもより緊張感が強い。

 眠ってる時は、お互いにリラックスしてるからそんなに気にしないけど、こうして外で……誰かに見られるかもしれない状況で抱き合ってると、普段気づかない部分も感じ取ってしまうというか、恥ずかしい、かも。


 しかも、サクラの感情が普段よりも研ぎ澄まされてる気がする。

 どうして?

 私と離れ離れになって、その反動とか?

 サクラの可愛らしい感情を一纏めにして愛でるのが好きなんだけど、今は突き刺さる。最近サクラからの感情の強さを味わうのに、勇気が必要なんだよ。凄まじい衝撃に意識が弾け飛びそうになることもある。昔のアニメが再放送されてさ、主人公の放つ極太レーザーを浴びて絶叫しながら消し飛ぶ敵キャラの姿を見ると……これ、私だ、って自分を重ねてしまう。


 ポケットからスマホを抜き取りたいけど、片手は掴まれている。

 どうしよう。もっと耳をペロペロしてサクラを服従させるか、それとも首を押さえて行動を縛る。でも首はサクラに後遺症みたいになんか残るが怖い。

 悩んだ瞬間、そっか、握り合っている手を離せばいいことに気づく。

 けど、名残惜しい。

 でもやるしかない。

 ──ここで止めるべきだと自分でもわかるよ。あはは、ごめんね~ってサクラから離れれば、何事もなかったような日常に戻れるんだ。でも、時々あるよね、テンプレ通りの道じゃなくて、知らない場所に迷い込んでしまいたくなるような蛮行を犯すことも。


 指を離す。

 サクラの意識から途絶えた。

 私が、正気に戻る。

 サクラから切り離されて、私にかかっていたサクラ・フィルターが消えた。

 サクラは一瞬硬直した。私と同じ感覚を味わっているのだろうか。

 瞬間、ポケットに指を突っ込む。スマホを掴んだ。サクラの意識が私に戻る前に取り出して起動する。ロック解除の番号は知ってる。


「え、ちょっと! レイ! 返しなさい!」

「あ~~~~、やっぱり画像残ってるんじゃん」

「あ……」


 サクラは絶句した。

 私は再びサクラに寄り添いながら、長椅子の背もたれにスマホを立て掛けて、サクラの顔をぐいっと回す。スマホに写る二人の画像をよく見えるように──。


 そこには、ウインク&ピースを決める私の顔に向かって、目を閉じ唇を突き出すサクラの顔が写っていた。想像以上。どう見ても言い訳のしようがない表情でした。サクラの顔が発火したみたいに真っ赤になった。体もあっつい。ドクンドクンって強く震えた。私も一瞬かっとなる温度を感じたけど、サクラの姿を見ていると冷水をぶっかけられたみたいに冷静になった。


「ねぇ、何してるの、これ」


 自分でも驚くほど冷たい声だった。

 サクラの耳元に口を近づけて、さっき舐めて濡れてる耳に向かって吐息と一緒に響かせる。私の声が、意味が、そのすべてをサクラの脳に染み込ませる声。

 手を、もう一度掴んで。

 サクラのパニックした感情が巡っていた。言葉にならない悲鳴が轟く。


「サクラ、聞いてる? ほらほらよく見て……サクラの口が──」


 画像を指で拡大する。

 ブルブルってサクラが悶えた。

 

 あ、

 あ、

 あぁぁ……サクラが、物凄く可哀想。

 誰だ、サクラをこんな非道い目に合わせてる奴は? って、はい私だ。

 私です。

 なんでだろう。

 ??????

 サクラのこと、大好きなのに。

 サクラには、不愉快な感情を抱いてほしくないって願っているのに。

 今日だって私を探して一人彷徨うサクラを思うだけで胸がしくしく痛むのに。


 なんか後悔している。

 真っ赤に染まる顔と、瞳に薄っすらと光の膜が覆う。

 別に意地悪したいわけじゃないよ。

 サクラが私のことを大好きって思う以上に私はサクラのこと大好きなのは嘘じゃないから。信じて。お願い。サクラも私の感情を読み取れるようになれって。

 ごめんね……。

 辞められないの。

 サクラの皮膚を裂いて、その中身が露出するような感覚を覚えると、私の体の奥底でぬるっとした熱を感じてしまうんだ。

 ごめんね、ごめんなさい──。


 拡大縮小を繰り返しながら、再び電車が加速するまでの間サクラにしがみついていた。



◆◇◆◇

ep.貫けスキン・ライトニング

03

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