◆ 貫けスキン・ライトニング 02 ◇

◆◇◆◇

──響き渡る私の絶叫。

──驚いて腰を抜かすサクラ。

──逃げる猫。

◆◇◆◇


「にゃーん」

「なに?」「おら、さっきみたいに猫の真似しろ」「してないわ」「サクラちゃんの猫かぶりした猫なで声をまた聞きたいなぁ〜」「どっちも違うし、ただの猫のマネ、でしょ」

「ほら言ったじゃん」

「……あの黒い猫が、鳴いたのよ」

「ありえない。だってあの猫、私の顔にビビり散らかしてたから。なんかシャー!って威嚇っぽい感じで構えていたし、まぁサクラが突然にゃーって猫のマネし始めて、私が絹を引き裂くような悲鳴を上げたから逃げてしまったのだけど……」

「突然湧いては無いわよ」

「ん、ってことは私をストーキングしていたの!!!」


 私はサクラの耳に声を注ぎ込むように言い放つ。

 サクラは、はい!その通りでございます! と宣言するみたいにわかりやす〜くビクっ! と体を揺らした。


「だから、さっきから言ってるでしょう。偶然レイを見かけたのよ」

「へぇ……」


 もちろん、嘘ってわかります。

 サクラちゃんよぉ、あのなぁ、思考はぜ〜んぶお見通しなんだよ。

 くけけけ、と私は内心ほくそ笑みながら思わず笑い声を漏らしてしまう。


 あ、油断したね。

 サクラは私笑顔を見た瞬間、どきりと胸を鳴らしてしまったのさ。

 腕を伸ばした。

 もちろんサクラを捉えるため。

 私の指でサクラを掴み上げ、その思考をグワッと読み込む。いつものように。

 だが、なんとサクラはひらりと躱しやがった。ってか避けてる自分で驚いてるじゃん。

 普段なら嗚呼レイに触れられるとピリピリするけどその感覚が癖になって辞められないじゃない! って可愛らしく嘆くのに、本能をクソ雑魚理性が振り切ったというのか?


 もちろん、私は諦めない!

 悔しさでグッと歯を食いしばりながら、再び手を伸ばした。

 だが遅い動きだ。

 ゆっくり。

 ノロノロ。

 トンボやセミが止まってしまう"儚さ"すら秘めている危うい感じ。

 もちろん、敢えて、です。

 サクラがその大きな瞳でしっかり視認できるように。

 一度避けただけで自信満々なところ悪いけどさ、それを利用させてもらいます。

 レイの指を避けた私凄すぎるじゃない! もう高速で空を舞う飛行物体だろうと巧みに避けちゃうじゃない! って粋がってると思うけどさ、甘すぎる!


「あっ!?」

「フハハ、かかったな! 今の動きはサクラを動かせるための手なんです」


 そう、ゆったり雅な腕は囮。

 本命の腕がサクラの顎を真下から捉えたのだ。

 レイに完全勝利じゃない! って調子こいてる時に味う敗北感は可哀想だと思う。でも仕方ない。私との知恵比べに負けたサクラが悪いのだから。


「フムフム、なるほど……ね」

「擽ったいわ」

「へぇふうんほーん」

「もう、ほら離して……」

【レイのスリスリ最高すぎるわ……。頬が溶けそう……崩れる…ヒィィィィ】


 ホント口と意識がバラバラだよ。

 もっと私にスリスリされたいクセに、口では必死に離してとかなんとか言ってるよ。

 けど、このスリスリも実は囮だった。

 サクラをもっと油断させるため。

 無防備に。

 完全に心のガードを一瞬緩ませる。

 ふっとサクラの顎から指を離す。ひらひらって。本当はもっと触ってもいいのにって雰囲気をサクラから感じた瞬間、がら空きの指をぎゅっと掴む。


 ドクン。

 サクラの指に心臓が生まれたみたいに強く震えた。

 一瞬の間を置いて、サクラから安心感と喜びと不安と……まぁ色々な感情がカオスに混ざって突撃してくる。バケツに入った冷水を顔にぶち撒かれた気分に近いと思う。

 ただ、私も……安心感を覚えたことに、

 え、

 待って、

 ちょっと、

 今なんか気づいた気がする……。


 初めの頃は、ふわふわした綿飴みたいな感覚だったのに、気がつけば綺麗な輪郭を纏って私の中で私に何かを強く凛々しく破廉恥に訴えかけてくる。


 サクラに触りたい。


 ──何度も何度もサクラに触れ、サクラから私に流れ込む鋭利な刃と殆ど近しい感情を味うたびに錬成されたんだ。そりゃそうでしょー。もう半年以上毎日サクラからレイ大好き感情を浴びるんだ。私も影響される。

 サクラが私のピリピリを求めるように、私もサクラの愛情に浸ってないと不安だった。

 嗚呼、そうです、不安でした。

 やっと気づいた。サクラの指を味わってそれを思い知る。衝撃だ!

 今日みたいに独りぼっちになって、サクラがいないだけで私は地団駄踏むみたいに落ち着きがなくなってた。

 自分でも気づかない感情だった。

 なんかムカつく。

 私よりもサクラが思うべき感情のはずなのに。

 認めたくない。

 だって、この気持ちを私が私の中で肯定してしまったら、もう私はサクラを──。


【……離して、なんてもう言えない。言いたくない】


 サクラの指から螺旋を描きながらグルグル伝わってくる感情に殴られる。

 深々と体の芯まで伝わる。

 足から力が抜けて、一瞬体が浮き上がるような浮遊感。

 フラフラのボクサーもこんな感じなのだろうか。

 サクラの指を私から掴んでおきながら、縋るような気分でぎゅっと力を込める。サクラも強く握ってくれる。私の指先が、サクラのちんまりとした指を認識する。骨の厚みや関節の曲がり具合皮膚の滑らかさ手のひらを裂く傷の痕。


「私が何を考えてるか、わかったの?」

「そりゃもちろん。サクラの思考なんて骨の髄までお見通しだよ」

「じゃあ教えてよ」

「自分の胸に訊いてみてください」


【レイが誰とも会話しなくてよかった。髪を切り一回り頭の小さくなったレイは相変わらず可愛い。ストーキングしてレイを追いかけるのは怖くて、あの時、私を追跡するレイは今以上に恐怖に震えていたと思うと……】


 そうだよ、

 いや、そうかな?

 そうかも。

 確かにあの時は絶望のドン底におりました。

 けどさ、喉元過ぎれば何とやらで、本当に大丈夫。

 だって、サクラが今私の隣に居るから。

 無敵過ぎる。

 無限のパワーを秘めている。

 理解した瞬間、私の中で巣食って渦巻いて立ち籠めていた不快な感情は綺麗さっぱり消え去ってしまうのだから。今私は黒々とした雲が裂け、差し込む陽の光の輝きの中に堂々と立っている。


 だから本当に「もう気にしてないのに」は嘘ではないのさ。

「……何、を?」「ううん何でも。いやしかし、サクラが一人になったらこんなにボロボロになっちゃうとは」

「なってません」【もしかしたらレイの言う通り憔悴しているのかもしれない。レイに手を握られた幸福感で不快感が吹き飛んでしまったので、自分ではもうわからないけど】


「やれやれ、次から一人で行動する時は、一分毎に連絡入れよう。じゃないと、サクラが不安で爆発するから」

「爆発しないわよ」


 サクラはありえないほど嬉しそうに笑うから私まで嬉しくなる。


◆◇◆◇

ep.貫けスキン・ライトニング

02

続く

◆◇◆◇

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