追跡、ネコ 01
……あたたかい。
朗らか陽光がこの校舎と校舎に狭間にできあがった空間に注がれ、灰色の壁を淡く照らしながら光が溢れ落ちてくる。
温もりが緩やかに体を撫でるように広がり、その心地良さに思わず溜息をつきそうになる。
けど、堪えた。
寸前のところで。
──何故なら「ねぇ膝枕代わってよ~」と私はレイの膝に頭部を乗せているから。溜息ついたら、はぁはぁするな! とレイは怒る。
──お昼休み。
昼食を食べ終えた私は、強い睡魔に襲われた。まぁ仕方ないわ。だってお昼前の授業は体育、バレーボールだったから。レイとは……異なるチームになってしまった。けどレイはスポーツ万能なので、元気いっぱいにコートを走り、バレー部顔負けの活躍を魅せ、レイが試合中の時は思う存分レイを応援することができて寧ろ最高だった。スパイクやファインプレーを決めるたびにレイ可愛い綺麗美しい大好き! と思いながら内心歓声を上げた。もちろん授業中はスマホを持つことはできないので、網膜に焼き付けるようにレイの姿を記憶していた。
「サクラがフラフラ頭揺らして眠たそうだったから私の膝を貸してやったのに、もう10分経ってる」
「あと……3……」
「3分?」
「いや、15分だけ」「休み時間終わる!」「うぅぅ……」
レイの膝に頭を乗せ、スカート越しのレイの太腿を堪能していると思考がとろける。
理性が、レイの太腿に、阻害される。
あと10数分で午後の授業が始まる。それまでにレイから離れなければならないのに──。
「うわ、私のお腹に顔埋めて固まりやがった! てこでも動かないつもりだな」
「大丈夫」
「何が大丈夫なの!」
「大丈夫だから……安心して」
「会話になってないです……」
レイは何か言いながら片手で私の頭部を撫でる。
微かに触れるだけ。
それでもピリピリとした感覚が頭に響く。
指先が掠るような触り方なので、寧ろ痺れる感触が余計強く感じる。
レイのお腹に顔を埋めながら、頭部から響く圧力に耐えていた。シャツの上からレイのお腹に顔を埋める。呼吸するたびに前後に動いた。その圧迫感を感じるたびに嬉しくなる。
すぅぅ……はぁ……。
すぅぅぅぅ……はぁぁぁ……。
レイのお腹に合わせて呼吸をする。
あ、私は今とても気持ち悪いことをしている、と自覚した。でもそんなことどうでもいいのよ。もっとレイと一緒に、レイの一部に──。
レイの指がずぼっと私の髪の中に入り込み、ぐいっと私の顔をお腹から引き剥がした。
「こら、お腹でハァハァするな」
「してない……」
「してる~! ネコみたいにおとなしくなればいいのに、ハァハァ荒々しく呼吸しやがって。あ、そうだ、にゃ~ん! って鳴いたら許してやる。サクラはネコだからしっくり来るよね」
「……イヤだ」意味がよくわからないけど、なんかイヤな予感がした。
「強情だな」
レイは呆れた顔で注意する。
仰向けになり、レイと目が合う。大きな瞳の中に炎が揺らぐように光を灯している。というか、この大勢だとレイの大きな胸が視界を遮り、それもまた凄い光景でドキドキワクワクと胸が弾む。
顔に影が入ったレイに見下されるのはとても……。
「あと……5分……」
「ってか少し眠るって言ったのに起きてるし」
「すみません……」
そうだった。
本当は眠りたかった。
でも眠るわけにはいかなかった。
だってこうしてレイの膝枕を味わっているのよ。この状態で眠ったら、それはとても心地よいとは思う。けど、それ以上に意識を保ってレイを感じていたい。私の中の欲望が私の肉体や精神を操作していた。
レイを見上げていると、いつの間にか片手を握られていることに気づいた。
気づくと、私の心臓がドキリと反応してしまう。
まるでそれを感じ取ったよ、と返事するようにレイは強く握った。爪が傷に軽く触れる。すり……と擦られた。ゾクゾクっと背筋を冷たい感覚が走り抜ける。レイの視線から逃げたい衝動にかられるも、頭部を撫で──いや、掴まれて動かせない。レイのピリピリが指と頭からじわっと和紙に墨汁が染み込んでくるみたいに私に広がる。
ドクン……ドクン……と広がる胸の音が強く響く。
私が我儘言ってレイの膝枕を堪能しているから、そのお仕置きと言わんばかりだ。
このままだと危険な気がする。
レイに主導権を握られた状態が長く続くと、色々不味い事態に陥る気がした。
──それに、レイに気づかれる。
いや、もうとっくに気づかれているかもしれないけど、そろそろレイも私の想いに対して言い逃れできなくなるかもしれない。
どうにかして、逃れる術を思いつかないと。
「レ、レイ……」
「なに?」
「その……」「膝枕交代?」「それはイヤ」
「なんだと」
「レイ……その、髪が、長いかも」
「私?」
「うん」
出会った当初の頃を思い返した。当時は丸みを帯びた小綺麗なボブカットだけど、それから髪は伸び続け、前髪が瞳を遮るほど伸びている。それでもさらりとした髪質は陽光を纏うように煌めき、微かに漂うような大人っぽい雰囲気でこれまた史上最高に可愛い。
「あ、そうそう、最近髪が目玉に入りまくって邪魔なんだよ」
「切らないの?」
「そろそろ切ろうかな~。でも私短かった頃と今の長い方、どっちが似合う?」「え、どっちも」
反射的に答えていた。
そんなの決められるわけないじゃない。
甲乙つけがたいというか、可愛さを数値化するとどちらも無限以上あるためどっちも可愛いとしか言えないのよ。
「即答。じゃあこのまま伸ばしてもいいけど、やっぱ邪魔かな~。ピンで止めても重くて外れそうで怖いんだよね。またなくしたらサクラに捜索を要請しないと」
「自分で探しなさい」
「もう膝枕させねぇぞ」「私も一緒に探します」「そう、それでいいの……いや、いいのか? ねぇ私時々サクラのその素の返しで不安になるよ。もっとさ、自我を意識を強く持って」
私も私自身が滑稽だと思うことがある。
けど、レイの膝枕の破壊力が凄まじいの。
レイははぁ……と溜息をついて、スマホを取り出し、耳に当てる。「あ、もしもし~天彩レイです、こんにちは~。あの~カットお願いしたいんですけど──」
レイは美容院にカットの予約の電話を入れた。
不意にレイと会話ができなくななって心細くなる。が、レイは私の髪を指でクルクルと弄りながら会話し始めた。私の髪が、レイの指に絡め取られる。その感覚が妙にむず痒くて……でも気持ちよくて、震えなよう必死に我慢しながら内心悶ていた。
☆★☆★
// 続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます