無味、甘い 03

「なるほど、キャラクターが描かれた量の少ないシリアルよりも量が大きくて無地なシリアルを選ぶよう『レイはお姉さんだから、こっちの方が似合うわよ』と誘導して毎回無地なシリアルを選んでいたから、キャラクターの描かれたシリアルは食べてはいけない、と思い込むようになった、と」

「うん。お母さんの手に触れ……うんん、お母さんのその小綺麗な笑顔を見るだけでわかった、子供ながら……ウソだ、って。絶対に【それ量が少ないクセに妙に高い。こっちの方が長持ちするからレイにはこれを食べさせよう……。どうせ味も対して変わらないしレイもそんなの気にするはずがないし】って思ってるって」

「そこまでわかるの?」

「私、人の思考を読める能力持ちだから」レイは自慢げな顔で言う。

「ふーん」


 レイの話を適当に聞き流しながら、幼い頃のレイを思い浮かべていた。

 今現在も超とびっきり史上最強に可愛いレイが、更に可愛い幼い姿なんて想像もつかないじゃない。「サクラお姉ちゃ~ん!」と満面の笑みを浮かべてレイがとてちてと駆け寄ってきたら幸せ濃度が高まり過ぎて、私は木っ端微塵に破裂すると思う。

 レイのお母さんは、こんな可愛いレイに迫られても平常心を保っていたの? 凄い、と本気で尊敬する。


「ふふふ、私の儚くも切ない姿に涙ちょちょぎれたでしょ?」

「えぇ、脱水症状に陥りかけたわ。見なさい肌カサカサよ」

「瑞々しい肌! ってか簡単に納得しちゃってさ、私の鬼気迫る波乱万丈な回想を訊いていたの? 10分はべらべら喋ったよ、訊いてた? 冒頭3行くらいで流してないよね?」

「影響されやすいんでしょ?」

「うん、そうなの……。私はちょっと褒めらたりするといい気になってはしゃいでその気になって夢見て絶望する幼気な少女なのさ──」レイは甘えるような目でか細く声を出し、その愛らしさでざっくりと胸が抉られた。

「ズルいって言ったのも、キャラクター付きシリアルは食べてはいけない、と自己暗示したから」

「そりゃ思わず口走るってもんよ」

「なるほど」

「繋がった?」

「はい」

「哀しい話でしょ?」


 私は頷きながらシリアルを頬張る。

 レイも同調するように口にした。

 レイの膨らんだ頬はまるでハムスターのようだった。


「フレークの他にもたくさんドライフルーツが入ってるぅぅ。こんなことが許されていいのか……」

「こっちの玄米も栄養満点よ」

「牛乳だけで栄養グラフを飛び越えているのにさらなる栄養? 栄養に貪欲だよ。──ウソ!? ……え~~これってチョコの中にクリーム入ってるの?」

「サクサクした食感に、中から甘いクリームが口の中に広がって美味しいわよ」

「しかも抹茶味もある。……あ、こっちは鉄分とビタミンをたくさん補給できちゃうの。シリアルの癖に小癪なんだけど!」

「食べたかったら皆食べてもいいのよ」

「いいの?」


 レイは戸惑いの表情を浮かべた。


「えぇ。封開けてもしっかり閉じれば暫く持つし」

「開けたいのは山々だけど……。見て、手が震えて本能的に拒否してます!」

「頑張れ~」

「もっと真剣に応援してよ」

「頑張れ~」


 レイは唸りながら開けると少しずつ食べては喜びに酔いしれている。

 いちいちリアクション大げさ、と想いつつも可愛いから無限に眺めてしまう。動画に収めておこう。


「サクラはもう食べないの?」

「お腹いっぱいだから」

「まだまだたくさんあるから食べていいんだよ」

「……いやウチの」

「はぁ、一般家庭にこんなたくさんの種類のシリアルがあるなんて凄いことなんだよ」

「そうかしら……」

「今までサクラとはどうしようもない差を感じることが多々々々あったけど、今日がいっちばん強い」

「もっと他にあるでしょ!」

「だってスーパーのシリアルコーナーそのものだよ。さっきから視界が近所のスーパーと重なって混乱する!」

「なんかそれはイヤ」

「スーパーを舐めるな! コンビニなんかよりも安くて大きくて凄いんだよ! 庶民の味方! すぐコンビニでたくさん買おうするなんてブルジョワ!」


 レイは憤慨した後、じーっと他のシリアルを見つめ始めた。

 チラっと私を見やる。その視線から逃れるように顔を反らすと、体を無理やり移動させて私を睨んでくる。


「はいはいどうぞどうぞ。朝はそこまで食べないし、これも……あの人が適当に残しただけだから」

「あの人?」

「……お手伝いさん」

「あぁ、あの──」


 レイはそこで言葉を切り、もぐもぐとシリアルを口に詰め込む。わざとらしい。何を言いかけたのか、とても興味が湧いた。私は、何も答えずに、レイが続きを言葉に出すのを待つことにした。


 モグモグモグ。

 モグモグモグ。

 もぐ……もぐ………………ごっくん。


「あのぉ……なんすか?」レイは私の意図に気づいた。

「ううん、なんでも無いわよ」

「めっちゃ見てくるんですけど~」

「レイが、何を言いかけたのか、気になっただけよ」


 レイはえ? と目を大きく見開いて、「さっきので終わりだよ」と言う。


「嘘」

「じゃあ、あの……綺麗な人。サクラママの後に別荘に来た人だよね」

「そうよ」

「……なんでお手伝いさん、って言うの」

「だって自分でそう言うから。まぁ一応院生で今年は暇で、バイト代はもらっていると言っていたし……」

「ふ~~ん」


 お手伝い、ってそんなの言い訳で、私は監視するため。

 また、あの時みたいに。

 というか、あの時から、ずっと……あの人は私を──。

 ぞわっ、と汗が吹き出てきた。

 色々思い出してしまったわ。

 グサッ、と手のひらの傷が疼く。

 記憶から逃れようと思うたびに、ズブズブと沼に浸かるように潜ろうとする。

 なぜ?


「サクラ?」

「ん」

「寒いの?」

「うん」私は素直に頷いた。泣きそうだった。

「しょうがないな、じゃあまた温めてあげるよ──」


 あの日、

 妙に暑いけど冷めた世界で、

 ──聞き慣れたピアノの音に酔った逃げた私は、部屋に入って、ベッドに落ちて……。

 実の娘が顔を真っ青にして逃げても全く気にせず、ピアノは愉快で楽しい世界を構築して、私はそこから仲間外れ、逃げ出すしか私を保てる気がしなかった。

 レイは、

 レイは……戻ってこないと思った。母のピアノに掴み取られ、母がまるで才覚という臭いをレイから嗅ぎ取ったみたいにピアノを弾いて、レイを別の世界に奪い去ろうとした。


 けど、レイは私の下に戻ってくれた。

 奈落の底に落ちる最中、不意にレイのピリピリした感触に呼び戻される。

 レイのあたたかくて柔らかい指の感触を懸命に求めた。


「やれやれ、いつもと逆だよね」


 せっかくの休日、本当はどこかに遊びに行くつもりだったけど、朝ごはんを食べて歯を磨いた私達は、再びベッドに戻った。そっとベッドに倒れ込むと、レイは私の傷が残る手を優しく握ってくれた。あの時のように。温かい。暖かい──。はぁぁ……と溜息をつく。レイは何も言わず、ただ微笑みながら私を受け入れてくれた。


 まるで、私を離さないよう、レイ自身に私を繋ぎ止めるかのように。



//終

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