何故、レイの部屋に官能小説? 01

「緑茶でいい? ってか緑茶かお水しか選択肢ないけど」

「うん。あれ……でも今まで麦茶だったわよね?」

「昨日ふと気づいたの。──私、緑茶はペットボトルしか知らない、と。でなんか勢い余って緑茶パックを購入したのでした」

「ふうん。ペットボトルと味とかやっぱり違う?」

「わかんない。そもそも緑茶あまり呑まないし……」


 レイはそう言い残して部屋を後にした。今日は、先日レイが風邪で学校を休んだので、その分のノートを写させてあげるためにレイの家に訪れた。ホントは喫茶店やファーストフード店を誘ったけど、うちにしない? と半ば強引に連れてこられた。


 ――何かあるの?


 とレイを疑ってしまう。「新種のくまたん人形を購入した!」や「くまたんの新たな製品」等など、まぁくまたん関連? それか珍しいお菓子でも手に入れたの? と期待もしたけど、レイはいつもと変わらない、気がする。


 トタトタと足音を鳴らしながら階段を降りる音が離れていく。

 はぁ、と溜息をつき、私はそっとベッドに寄りかかろうとした。未だにレイの家、レイの部屋は緊張する。人の家はいつも緊張するけど、何故かレイの部屋は……どうしても二人きりになるから……。いや、どうしてレイと二人になると緊張するの? 友達でしょ? と自分に突っ込む……。


「あ……れっ」


 私は床に座り、部屋の中央に置かれた小さなテーブルでレイと向かい合うように座っていた。で、私の背後にベッドがある、はずだった。背中を預けようとしたけど、私が想像していたよりも距離があり、そのまま仰向けに倒れてしまう。

 ゴン、と鈍い音が背中に響く。

 知ってる天井。

 最近よく見かける──レイの家にお泊りした時に目覚めると映る天井が広がる。


「いた……」


 はぁ、レイに目撃されないで助かった。三日はネタにされる、と胸をなでおろしたところで、ベッドの下に何か落ちているのを見つけた。目を凝らすと、暗がりの中、一冊の本が落ちている。


 ――珍しいじゃない!


 驚いた。何故なら、レイは本を読まないタイプの人間だから。私は高校生になってから貪るように本を――電子書籍を読んでいる。けど、レイは本を読まず、教科書か参考書程度しか読もうとしない。読書中の私に「何読んでんの~?」と聴き、私が題名を返しても適当に流すだけだった。


 手を伸ばして掴んだ。埃などで汚れていないことから結構新しいわ。文庫サイズのそれは、カバーがかかっている。漫画、かしら? あぁ、くまたんがゲスト出演する? だったらレイが購入してもおかしくない。


 でも、ページを開くと、小説だった。

 題名は……【淡い果実】。どんな内容か、気になるわね……。私はパラパラと適当に捲っていると――「えっ」と思わず声を上げてしまった。

 何故なら、突如飛び出てきた挿絵には、二人の女性――の裸体が描かれていたから……。

 ドキン、ドキンと心臓の音が響いてはっと我に返る。思わず顔を上げたけど、まだレイは戻ってこない。

 恐る恐るもう一度ページを眺めるけど……あぁ、やっぱり私の見間違いなんかじゃないわ。二人の……女子高校生くらいの女の子が、裸で抱き合っている。

 えっと……その、そういう本、なの? なんだっけ、官能小説だっけ? って誰に訊いてるのよ──。

 

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仰向けになっている乳房は綺麗な形を保っていたが、やんわりと揉み解されることで形を崩す。「あっ」と微かな声が吐息に混じって広がった。誰に教わったわけでもないのにかかわらず、慈愛に満ち溢れた乳房の揉み方だった。


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 他のページも捲って確認したけど、挿絵の部分は裸体か半脱ぎの状態で絡み合ってる……。そこには読んでて思わず赤面しちゃうような文章がつらつらと書かれていて、一回閉じる。深呼吸をする。……閉じた後、そっと読む。登場人物は先輩と後輩で、初心でちんちくりんな後輩が、大人っぽい先輩に導かれて――。


 トントントンッ


 レイの足音が聴こえてきた。部屋に戻ってくる。ぎゅぽッ! と心臓が掴まれるような恐怖を覚えた。ぞわっと身の毛がよだち、私は咄嗟に本を私の鞄に隠していた。その瞬間、レイが部屋にコップを二つ掴みながら入ってくる。


「お待たせ~。お菓子あるかと思ったけど見つかんなかった。昨日私が食べたっぽい」

「そう……」

「緑茶も最初は新鮮なんだけど、慣れるとやっぱりお茶だね。気がついたら麦茶に戻るよ」


 ぐびぐびと勢い良く飲み干し、「ぷはぁ!」とおじさんみたいにわざとらしい声を出す。


「ナニソレ」

「気分だけでも、お酒っぽくしてみたかった」「飲んだことあるの?」「お酒?」「そ」「ないよ~。私ね、お酒とタバコは二十歳までぜっっったい我慢するの!」「どうして? 楽しみにとっとくの?」「ううん、私、真面目、だから」


 見事なドヤ顔で言うので思わず吹き出した。笑いながら……そっと鞄から本を取り出そうとした「サクラッ!」「な……に?」「どうしたの? 今のわざとらしい笑い方、サクラっぽくな~い」


 瞳を普段よりも大きく見開き、じーっと私を見つめている。


「別に、普通に笑っただけなんだけど」

「なんか隠してない?」

「もう急にどうしたの?」

「昨日探偵が犯人を追い詰めるミステリー・ドラマやってたから、ちょっとマネしてる」


 にぃっと笑いながらレイは答えた。そういえば、再放送でやっていたような気がする。けど、ダークテイストな雰囲気が好ましくなく、私はもちろん見なかった。


「そう」「おかしい――。普段なら、レイはお気楽あんぽんたんでいいわねぇ~って小馬鹿にしてくるのに、普段よりも口数少ない……」

「変わんないでしょ。それよりノート写さないの?」

「サクラやっていいよ」「……自分でやりなさい」「無理ぃ。数学のセンセー滅茶苦茶板書するんだもん……。ほらやっぱり、サクラのノートびっしりじゃん。……お願い、サクラ!」

「その顔しても絶対拒否。あのね、流石にワンパターンよ」

「へいへい、仕方ないなぁ」


 レイはフラフラと千鳥足のように動くと……何故か私の隣に座る。


「向こうに行きなさいよ」

「寒い」「私は暑い」「ひんやりするでしょ?」「真夏にひっつくな」


 いくらクーラーが効いているとはいえ限度がある。でも、レイは動こうとしない。肩を合わせ、そっと指を掴んでくる。


「はいはい次は何?」「……脈の動きからサクラの心理を探ってます」「……それ、言ったらダメでしょ」

「ふふっ、訓練してるならともかく素人が脈を制御なんかできないからね」

「あんたも素人じゃない」

「サクラに関しては玄人だもん。ふむふむ……レイの指はすべすべ柔らかくて最高じゃない! じゅるり……思わず食べてしまいそうだわ、……こわっ」

「そんな趣味ありません」


 確かに食べたい──なんて思うことはもちろん一度も無いけど、レイの指がすべすべで柔らかいのはホント。微妙に思っていたことを当てられ、ちょっとドキッとした。


「なるほど……なるほど」

「もういいから。さっさと始めなさい」「レイ一人で写させるの可哀想でたまらなすぎるじゃない。あぁもう! 私が手伝ってあげないと! ……サクラさん優しすぎでは?」「ノートこうして開いてあげるから」「それ意味ねぇ」「いいから写せ」


 ドスの利いた声で促すと、レイはぶつくさ文句を言いながらもシャーペンを持ち、せっせと写し始める。……で、その隙に本を元の場所へ戻さないと。しかし、私がそっと鞄に手を差し込もうとすると、レイが「あ、サクラ!」と私を呼ぶ。ノートに書いてある問題やくまたんについて等など、都度話題を振ってくる。

 私を見つめながら。

 まるで、私がレイの官能小説を持っていることを知っているかのように。さっきの心理を探る行為で、突き当てたっていうの? そんなわけないじゃない。私が嘘ついているのを見抜くならともかく……。まさか、勘付いたとか? 私の不審な態度で? そんな……それだけで――。


 その日のレイは私を解放してくれなかった。私の隙を全て潰すかのように、話しかけてきたりくっついてきたりする。まぁいつもと同じなんだけど、今日はレイに対して不思議な違和感を覚えていた。私は身動きが取れない状態が続き、終いにはもう無理……と諦めてしまった。

 気がついたら、私は帰路についている。

 鞄には、レイの部屋で見つけた官能小説がまだ入っている。何故か、鞄がズッシリと重たい。


☆★☆★



//続く

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