何故、レイの部屋に官能小説? 02



 帰宅後、鞄を床に放り投げようとして中に本が入っていることに気づく。そっと下ろし、中を開くと……ある。いや当たり前でしょ。

 取り出して可愛い表紙を眺める。淫猥な展開を知った後に見るのでは、受ける印象がかなり異なった。微笑みながら見つめ合う姿もどこか官能的に映る。


 明日、レイに返さないと……。

 どうやって?

 ってか、これ盗んでる、じゃない。……ち、違う、レイがなんか私が戻そうとするのを阻止して──。

 どうしよう、本が消えていることにレイが気づいて、明日探りを入れられたら……。レイのねちっこい追求から逃れられるはずがないじゃない。それに、なんか──やっぱり申し訳ない。もし、レイがこの本に何かしらの思い入れがあったりしたら……。大事な本で、レイがベッドの下に隠すある重大な理由が存在したら? 官能小説、を? 

 私は理由はどうあれ盗んでしまった。レイがその事実に気づき、私を責めたら……嫌悪感を抱いたら、どうしよう……どうしよう……。

 

 レイに嫌われたくない──。

 

 ブブブブッ! とスマホが震えてびくっと体が揺れた。……レイからのメッセージが届いている。本について? と思ったけど、くまたんスタンプが無造作に貼られているだけだった。暇、という合図だった。私は返事をする気になれず、ベッドに転がる。


 ……本を掴みながら。

 明日返す、それは決まった。延ばすのはそれだけ不利になる。


 で、やっぱりその……内容が気になる。少し読んだところでレイがそれに気づかないし……。汚さなければ……。でも人の本を勝手に悪いわ……。悪い、悪いけど……官能小説。

 しかも、お、女の子同士って……。


 なぜ?


 ゴクリと唾が喉を通り抜ける音がうるさい。

 私はそっとページを捲る。最初の方にカラーのイラストページがあり、そこにはお風呂で抱き合う女の子の姿が描かれている。アニメっぽい描き方だけど可愛い。年上の大人っぽい人と、ちんちくりんな美少女が絡み合っている。

 私の知らない語彙がたくさん並び、でも何故か妙にイメージが頭の中で広がってしまう。……加えて、挿絵もキャラクター設定も全然全く欠片も──私とレイと被っていないのに、私は──。

 ドクン……と微かな、でも全身に響き渡るような脈動を感じた直後、体が熱を帯びるのを感じる。まず落ち着きなさい……と深呼吸をしようにも、寧ろ息が荒くなる。ぬるま湯に浸かるような温度を覚えた。読み進める内に、ハッキリとイメージが浮かぶ。私と……私と──。レイの家に泊まった際に、ぎゅっと抱きしめられる記憶がフラッシュバックした。「サクラ……」と耳元で囁かれる快感が脳に突き刺さり、あの後、帰宅した私は──。


 パンッ!

 と音を鳴らして本を閉じた。

 ……ありえない、馬鹿、アホ……クズ、と私自身を責めつつ、本を鞄に戻す。別にまぁ……お互いの家に泊まり合う時とか一緒にお風呂入ることもあるけど、あんな……破廉恥な行為に及んだこともなく、レイのスタイルは良いけど、裸に興奮することもないし、そうよ、そうよね、サクラ? 脳裏に浮かび上がるレイのスタイルが良すぎる四肢……。思わず見とれていた。ゾクッと胸が高なった。


 私はブルブルと頭を左右に振り、何度も何度も深呼吸を繰り返す。

 明日、どうやってレイに返そう。こっそり、鞄に入れるとか? 難しいし、あの子勘が鋭いから即座に気づかれる。ホント、時々私の思考読まれてるんじゃないの? と怖くなる。だからとりあえず明日レイに謝ろう。変に嘘ついたりしたら後が怖いので、正直に……。


 ふと、スマホを見やると「私の本返してよ」と表示が浮かび上がる。


☆★☆★


 次の日。


「ホントはさ、サクラにノート写させて貰いつつ、この前こんな本買ったんだ~表紙が可愛くて~とサクラに読ませて、反応を見るつもりだったの。だけど私が部屋に戻ったらサクラはなんか超焦った顔してるし、そっとベッドの下を見ると本が消えてるし……」

「──どうしてベッドの下に?」

「だって、えっちな本はベッドの下がデフォルトなんでしょう?」

「愚直に従うな」

「で……どうでした?」


 にひひ、とレイは不気味な笑みを浮かべて、私を観察する。

 私はレイの視線から逃げるようにため息をつき、「さぁ、少ししか読んでないからわからない」

「エロ本ソムリエのサクラさんの評価は?」

「私が読むのは真っ当な文芸小説です!」

「いや絶対エロシーンとかじっくりねっとり読んでエロい妄想してそう」

「あ~もう、まぁ……その勝手に持って帰って悪かったわね」


 私が本をレイに差し出すと、レイは本ではなく、私の腕を掴み、にぃっと微笑んだ。


「──そうか、そうかつまり君はそんなやつなんだな」

「懐かしいセリフ吐いてないで、早くしまいなさいよ」

「あのさ、一応聴くけど、してないよね」「……何を?」「──アレ」「は?」「エロ本読んだらするんじゃないの?」「だから何?」「……オナニー」「して、ま……せん!」「じゃあ自慰は?」「しない」「あとあと……マスターベーション」「全部同じ!」


「あれれ~強く否定しないってことは、やっぱり?」

「……怒るわよ」


 私が凄むと、レイはおどけながらも何故か満足げな表情を浮かべて私から手を離し、本を受け取る。


「ウソウソじょーだんですよ~。サクラちゃん怒りんぼ!」「じゃあいちいちアホなこと言わないで」「そもそもサクラが盗まなきゃ良かったのに」

「元はと言えば、レイがこんな本……買うから」


 そうよ、なぜレイは購入したの?

 ──普通に興味があるから?

 ──私に悪戯をしかける、そのために?

 

 ──女の子同士の同性愛小説。


「まぁ、参考に必要だったんだ」

「……参考」

「うん」


 レイは不敵な笑みを浮かべた後、一枚のチラシを私に見せつける。


「これは」

「ゆるキャラオンリーイベント」

「……はい?」「私はこれに参加して、そして──くまたん本を出すの」


 レイは瞳に轟々と炎を燃やすようにしてそう宣言する。

 私は、

 私は……本気で意味がわからず、握りこぶしをぎゅっと作るレイを眺めていた。


「とりあえず、R18描写を入れたくてね、その参考に購入したの。まぁサクラに悪戯は今回はオマケかな」

「あの理解が追いつかないんだけど……。その、ゆるキャラオンリーイベントって何?」

「もちろんゆるキャラを愛する方が集うイベント」

「……ファンが、集まる、イベント」

「で、私はそこに参加する。本を、出します。あ、薄い本って知ってる?」


 私が首を横に振ると、レイは簡単に説明してくれた。

 とりあえず、くまたん関連の本やグッズをアマチュア・プロ関係無くファンが作り、それを頒布するイベントとのこと。バザー的なアットホームで和気藹々とした感じ、らしい。知らないけど。

 ……いや、まだそこに参加するのに官能小説を購入する意味が私には理解できない。


「今回私が作る本は、まぁくまたんの麗らかな生活──とはかけ離れた、ある種の裏側を抉る物語なんだよね。その描写を書くため、参考に買ったの。これで理解できた?」

「……まぁ、よくわかんないけど、一応」


 ──この時は、まだ私は他人事だと思っていた。レイが参加して、まぁ……楽しいの? って感じ。それよりも、私一人で色々一晩悩んだ時間が惜しくて堪らない。私は真面目に色々と考えたのに──。私からレイへの思い。レイから、私……。友達だけど、でも──とかね。

 それが無意味だった、という安心感と期待を裏切られた辛さが押し寄せてきて、まともな思考が行えない。


 で、この後参加するそのイベントに、私は……巻き込まれてしまうのだった。



//終

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